素直がいちばん映画『記憶にございません!』感想文(ラサール石井の悪口あり注意)

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《推定睡眠時間:0分》

ちょっとした笑いどころの1つに過ぎないのですが中井貴一の演じる記憶をなくした総理が自分で記者会見を開いて暴言を謝罪するシーン、なんだか涙腺が危うくなってしまった。「えー、このあいだ私が女性記者をチンパンジーと呼んだ件ですが、その後チンパンジーのように可愛らしいという意味だと説明しましたが、あれやっぱり無理ありました」。だろうよ。それはそうだろうよ。それはそうだろうがそうではないと強弁する政治家や扇動家が幅を利かせる世の中なので、こうストレートに言われると結構響いてしまう。

やっぱ悪いことをしたり言ったりしたら素直にごめんなさいって言ったほうがいいんですよ。疲れるでしょう俺は悪くないとか記憶にないとか言い続けるのは。ごめんなさいを言うのは基本的には1回で済みますけど記憶にないが1回で済むことは絶対ないですからね。人の信頼も失うし良いことない。言う方も疲れるが言われる方も疲れる。

この映画の場合は更に記憶にない記憶にないと言い続けていたら大衆から石を投げられてそのショックで本当に記憶を失ってしまっていたので、その場しのぎにはなるとしても確実に割に合わない、ごめんなさい戦術よりも圧倒的にコスパの悪い記憶にない戦術なのだ。悪いことをしたらみんな素直にごめんなさいって言っていこうな。あの浅田彰でさえ素直がいちばんと言っているんだから…。

で映画の内容ですがなんか最近の三谷幸喜作品っていうか昔のやつみたいでした。昔の、フジテレビでやってた三谷幸喜脚本のテレビドラマ。『総理と呼ばないで』とか『合い言葉は勇気』とか。上映時間2時間なのでテレビドラマ1クール10話のダイジェスト版という感じ。政治ネタですがフジドラマ的にドロ感薄し、胃痛感ゼロ、ベタでチャイルディッシュな軽い笑いをちょこちょこ出して淡々進行、最後はほろ苦くもちゃんとハッピー。映画やってるぞ的な気負いもなければこれぞ映画みたいな大仕掛けもないので気楽に見られる。

なんだか悪口を書いているようですが俺は『総理と呼ばないで』の頃の三谷幸喜がいちばん好きなのでむしろ推し言葉、素直におもしろかったですよ『記憶にございません!』。
いいじゃないですかこういう素朴で悪人のいない風刺映画。それはフランク・キャプ流の甘ったるい大衆向け理想主義かもしれないが、理想が理想と鼻で笑われるような世の中でこそ大衆に理想は必要なのだ。常識と言い換えても良い。

国民的人気(こんな言葉はもう死語かもしれない)のあったあの頃の三谷ドラマのトーンで暴言はやっぱ暴言だよねって笑いに包んで訴えたり、わからないことがあったら素直にわからないと認めて勉強しようってバカをバカにしないで勉強を促したり、人気や任期も大事かもしれないが本当にそれが政治家の一番大事なことなのかなぁと子供の視点で問いかけたりすることの意義を思うと、やはりグっときてしまうのだ。

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以下ストーリー。詳しい経緯はわからないが官邸だか国会のバルコニー的なところから一般聴衆に向けてクソヤローと怒鳴り散らしていたらこんな今時誰かが投石、石を受けた日本国総理大臣・黒田くん(中井貴一)は病院に搬送されるが目覚めると都合良く政治家になってからの記憶だけ(家族の記憶も含む)を失っていた。子供の頃の記憶は残ってるので逆コナンくん状態である。

わけもわからずとりあえず病院から逃げ出した黒田くんが遭遇するのは自分の知らない自分へのそこらの庶民の怨嗟の声、声、声。消費税上げやがって! 約束なんか守ったことねぇじゃねぇか! めっちゃ嫌われていたのでめっちゃ凹む。

文字通りの意味で路頭に迷った黒田くんはひとまずSPに回収されて一安心となるが記憶の方はやはり戻らない。これいかんだろ失脚しちゃうじゃんっていうんで総理の右腕秘書官コンビ、井坂と番場(ディーン・フジオカと小池栄子)は全力で隠蔽にかかる。

かくして記憶を失ったまま小学生マインドで魑魅魍魎の跋扈する政界に放り出された黒田くんはそのカオス人間関係っぷりと政治モラルの崩壊っぷりと永田町ルールの複雑怪奇っぷりに大困惑しながらも記憶を失ってございませんな態度を貫こうとするのだった。

ネタとしてはたぶんやはりフランク・キャプラの『群衆』とか、あとプレストン・スタージェスの『サリヴァンの旅』とか、ハリウッド黄金期の(いつが黄金期かという議論はここでは受け付けない)ヒューマニスティックな風刺喜劇がベースにあるんでしょね。

なんでも映画好きな安部総理が試写で観て現実と違うので素直に楽しめた的な感想を述べたそうですが、ベースがそのへんなので描かれるのはえげつなくもファンタジックなコミック政界、『新聞記者』がそうであったように現今の政治状況で政治ネタの映画を作ろうとするととかく硬く重苦しくなりがちですがそんな感じでは全然ない総理も太鼓判の愉快な小品だった。

でありつつ、でもトランプ訪日をネタにしてさっそく織り込んだり(今年5月のあれとしか思えないがスケジュール的にどうやって撮ったんだろう)、不意に小学校の頃の恩師に会いたくなった黒田くんが恩師を呼んで社会科の授業を受け直す(三権分立を学ぶ)シーンがあったり、悪かった頃の黒田くんがなにかの建設を巡って横山ノック風の旧知の友人(梶原善)とよからぬこと企んでいた設定があったりと、時事ネタの毒針も随所に仕込まれていたので鋭利な批判精神を感じたりもするのだった。

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いちばん意外な面白ポイントだったのは草刈正雄でしたね。中井貴一を筆頭に俳優の人はみんな良かったんですけど鶴丸官房長官役の草刈正雄は別格というか、別種の面白さ。麻生太郎なんです草刈正雄。その似せっぷりが最高。委員会質疑で野党第二党党首・山西(吉田羊)の質問に答弁する黒田くんの後ろで笑いながら偉そうに手を叩いてるところとか超麻生。

モノマネ芝居っていうんじゃなくて仕草とか喋り方とかを似せた上で別のキャラにしてるからこれはもう麻生よりも麻生ですね。麻生の完全体。リアル麻生は今ひとつ生かせていない『ゴルゴ13』知識が見事役に立つ終盤の展開、笑ってしまうよな。麻生を演るのが草刈というのも言外のブラックジョークだ。偶然でしょうが。

記憶喪失を補おうと頑張るうちに理想主義の政治家になってしまった黒田くんはやがて理想なんて糞食らえなこの鶴丸官房長官と対立するようになる。政治家は人のためになることをすべきじゃないんですか派VS政治家は政治家生命を守ることが仕事なんだ派。

基本、軽い喜劇ですがこのへん中井の弱々しい誠実と草刈の悪の色気でなかなかの迫力、国会議事堂の廊下で二人がすれ違う場面はちょっとだけ『振り返れば奴がいる』ライクの硬派なシーンになっていた。
その顛末はぬるーいのでズコーですがそこから黒田くんの、というか権力者の孤独が透けて見えてきて思いのほかしんみりしてしまう。

黒田くんだって好きで記憶にございません型の政治家になったわけではないのだ。政界の荒波に揉まれ誰が敵か味方かもわからない状況で日々やり合ううちにどうしたら自分が生き残れるかということばかりを考えるようになってしまって、その結果、暴言上等保身第一の強権総理黒田啓介が出来上がったのだった。実はかわいそうな黒田くんなんである。

結局演劇人なんて左翼しかいないんだから朗らかコメディを装っておいてこれも痛烈な現政権批判の映画なわけですがその批判の手つきはラサール石井の言葉の石斧で殴りかかるようなツイッターなんかよりも遙かにスマートで的確に思える。

なぜ唐突にラサール石井ディスに走ったかといえばなんとなく思いついたからでしかないがいやそんなことはどうでもいいとして、急進左派のオリバー・ストーンが(意外なことに)『ブッシュ』で試みたように、強権的な政治家の顔面をぶっ叩いて溜飲を下げるのではなく強権的な政治家が出来上がる土壌を批判するのが今回の三谷幸喜なんである。

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そう考えると見た目に反して立派な映画だ。前作が『ギャラクシー街道』とはとても思えない。三谷幸喜にいったいなにがあったんだ。自身ギョーカイの権力者として俺こんなんでいいのかなぁとか思うところでもあったのか。『THE 有頂天ホテル』以降のつまらない自作映画を全部やり直したいとか思ったのか。

確かに、三谷スタイルと言える従来のとくに面白くもない演劇的な長回しとかは明らかに減って、今回はもっと一般的な映像スタイルを採用していた…三谷幸喜は黒田くんに自分を投影しているのだろうか。劇中で黒田くんは妻の「聡子」との冷め切った夫婦関係をなんとか修復しようとしていたが…変な忖度はするな! しない!

何故か横山ノック風の梶原善。え、お前ROLLYだったのかよっていうROLLY(エンドロールでびっくりする)。トランプ外交を展開する合衆国大統領は木村佳乃で顔の恐い通訳は宮澤エマ。史上初の英語の出来ない外務大臣は枝野幸男を超えた超福耳のずんの飯尾。令和どころか平成も迎えられていない政治ゴロの佐藤浩市はハマってますなぁ。チンピラ警官の田中圭のガラの悪さも堂々だ。ディーン・フジオカはイケメン。ディーン・フジオカはイケメン。おもしろいおもしろい。

幼児的な攻撃性と表裏一体になった弱さと純粋さを喜劇の枠の中で表現する中井貴一の芝居はむろんむろん素晴らしかったのですが、黒田くんがちゃんとした政治家に変わっていくにつれて表情が明るく動きが柔らかくなっていくマシニックな秘書の小池栄子もとても良かった。大仕掛けに頼らないで役者の人の面白い芝居を丁寧に掬い上げていくのイイっすね。好感度すごく大。やっぱこういう三谷作品が俺好きですよ。

ゲームばかりやっている黒田くんの息子の部屋に置いてあるのがニンテンドー64のコントローラーとか、黒田くんが唐突に憲法の三大原理はなんでしょうクイズを家政婦の寿賀さん(これも斉藤由貴の脇に徹したコメディエンヌっぷりが見事なのだ)に出題するとか、なんだそりゃ的なシーンはあれど、まぁなんにせよラサール石井のツイッターよりは全然傑作、とてもよろしかったです。比較対象がおかしいけれど。

【ママー!これ買ってー!】


総理と呼ばないで DVD-BOX

今リンク貼ろうとして商品説明で気付きましたけど『総理と呼ばないで』も史上最低の支持率の総理が主人公だったんだ。あぁじゃあやっぱり黒田くんと同じように色々やり直したいって思って『記憶にございません!』作ったんじゃないすかね三谷幸喜。これ全然視聴率取れなかったらしいので。

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さるこ

こんにちは。
もう、ジブリみたいなもんで、三谷さんってだけで観に行ってます。
『ギャラクシー』より良くてホッとしたなあ…。
記憶を失った総理が拠り所にしたのが小学校時代の先生だった、ってとこが何か切なくて、ヒトってそういう記憶で生かされてるのかもなあ、私には何だろうなあ、なんて思いました。
だから、先生にはハッピーターンではなくバームクーヘンがお茶菓子で出されたのですな。
奥さんの名前が「聡子」ってのも、うん、深く考えないようにします。