映画非感想『コンフィデンスマンJP プリンセス編』(悪口注意)

《推定睡眠時間:45分》

上映中にお腹が痛くなってしまってスクリーンの明かりで腕時計を見ると上映時間残り20分。我慢してそのまま観るか、今トイレに行っておいて残り15分ぐらいをノン腹痛で観るか。ぶっちゃけもう45分とか寝てるんだから5分ちょっとのトイレ脱出なんか屁でもないだろう便だし、とは思ったがせっかくだからこのまま最後まで観てしまおう、姿勢をちょっとズラすなどしてケツの爆弾に刺激を与えないようにすれば問題なかろうと判断してしまったのがウンの尽きで、まぁ結果的に液体がちょっと出始めた時点でなんとか便座に収まることができたので大惨事にはならなかったが、ダー子同様こちらのウー子も危機一髪であった。

いやあ厳しい戦いでしたね。やはりエンドロール後の映像が効いた。我慢して我慢して精神を集中させて精神を集中させてよし終わったァァァ! と席を立とうとした瞬間に始まる謎の茶番。次回予告的なものなのかもしれないがわざわざエンドロール後に付ける必要性はまったく感じられないし前作の劇場版だけ観たから一応乗りかかった船ってことでこの映画も観てはみたが俺べつに『コンフィデンスマンJP』に興味ないのでそれどうでもいい。緩んだ緊張と肛門に飛び込んでくるどうでもいい約3分間は少なくともその3倍は長く感じられたし2時間超の上映時間の中でいちばん真剣に観ていた。気分はもう戦争。俺が出すか長澤まさみが出すか。俺が出すのはともかく長澤まさみは何を出すんだよ。

そんなにまでして最後まで観たのは先ごろ亡くなった俳優さんが出ている映画ということで「○○さんのご冥福をお祈りします」的なしゃらくせぇ急ごしらえの追加テロップが映画終わりに付け足されていやしないだろうなと俺の美談化センサーがレッドゾーンを示していたからであった。実際に観ると特に何も付いていなかったのでこれは杞憂だったが、なにせフジテレビがネット局を巻き込んで製作した社内的一大プロジェクトということでここぞとばかりに有名俳優の死を涙稼ぎに利用したとしてもおかしくはない。

老若男女だれもが楽しめる豪華俳優大集結の笑いあり謎ありサスペンスありアクションありそしてなにより涙ありの超☆王道的テレビドラマ映画にして超☆規定路線のメジャー邦画である。すべての道が涙に通じるレーティングなしのテレビドラマ映画/メジャー邦画においては涙が倫理や論理を超越する。最終的に泣けりゃぶっちゃけ内容なんかなんでもよく、泣かせるためにはなんでも使う涙至上主義がどこまで醜悪になれるのか、俺はンコ漏らしの危険を冒してでも映画館で確認したかったのである。確認してどうなるのか。まぁどうもならないわけだが。

なんか今回はシンガポールロケしたみたいですよ。フジのドラマって映画になると意味も無く海外行きますよね。フジに限ったことでもないか。まったく嫌になる。作ってる方は海外ロケすりゃ適当にゴージャス感が出ると思ってるだけで、いやもしかすると思ってさえいなくて、ただそれがテレビドラマ映画の定番だからって理由でルーチン的に無意味な海外ロケに行く。

観客の方はどうか。俺はテレビドラマは基本的に観ないのでわかりませんが時節柄海外旅行には行きにくいとはいえ…高度経済成長期じゃないんだから今時海外ロケをありがたがる観客なんかいないんじゃないすかね。だからそこも海外ロケに驚いたり喜んだりとかしないわけですよ。定番なんですよ結局。良いとか悪いとかじゃなくて自分の知ってる定番をただ惰性で消費してるだけなんです。

なんて低俗で堕落した不毛な映画興行。これではまるでマク○ドナルドじゃあないですか。そりゃ確かにマクドナルドもおいしいけどマクドナルドばっか食ってたら身体壊すだろ確実に。メジャー日本映画本当こんなんばっかになったよな。何が嫌ってそのニヒリズムですよ。作る側はこれをマクドナルドだってわかって「あえて」作ってるし、観る側だってこんなのマクドナルドだってわかって「あえて」観てるんだよ。邦画なんてこんもんでしょっていう上限を自分の中に作ってさ、どこかネタ的に映画を捉えてるんです。

映画をネタとして捉えるって楽なんですよ。絶対に本気にならなくていいすからね。なんか言われたら「ネタにマジレス」とか言って草でも生やせばいいし、それは以上はなにも考えなくていいんです。ネタとして観ているから心の底から感動することなんてない。ネタとして観ているから自分の価値観が揺らぐようなこともない。ネタとして観ているから新しいものは別に求めないし、そもそも変に向上なんかしてほしくない。映画を観てその出来に怒ることも残念に思うこともない。ネタとして観ているから。

内容の感想なんてないよ。いつものテレビドラマ映画だよ。クソみたいなキャラとクソみたいなシナリオとクソみたいな演出でクソみたいな泣かせエンドに持ってって終わりだよ。こんな映画の感想なんてないんだよ。マクドナルドのハンバーガーの食レポしろって言われても言うことなんか別にないだろ、パサパサしてますね~ぐらいしか。

でもそうだな、ちょっと面白かったのはシンガポールの世界的大富豪一家をJテレビドラマの映画版だから全員日本の有名タレントとか俳優が演じていたことだな。一家の執事なんか柴田恭兵ですよ。バカじゃないのと思うけど結局そういう映画なんだから仕方がないね。日本のテレビを観る人が日本のテレビの感覚で面白がってくれればそれでいいって映画だし、お海外では役柄と俳優の人種やジェンダーの不一致が議論になったりならなかったりしてますが、それ以前の問題っていうか。

逆にポリコレから解放された表現の自由の理想郷だよね。こういう映画はハリウッド映画とかと違って日本人がどこの国の人を演じても絶対に怒られは発生しないわけじゃないですか。この映画にはたぶん出てこなかったと思いますけど人種とかジェンダーに関する不謹慎ジョークみたいのも全然まだオッケーだと思いますよ、こういう映画なら。だって怒るような人は観ないもん。怒るような人は観ないし、そもそもその層では話題にすらならないんだよ。相手にされてないんだ完全に。

でも別に、作り手も観客もそういう層には相手にされなくていいよって思ってるだろうから虚しいよな。なんだかガラパゴスの本気を見た気がするよ。このポリコレから解放された孤島の楽園では大抵のことは自由にできるが、大抵のこと以上のことは絶対にできない。でもそれで良いっていう人がたくさん住んでるのでとくにそれが問題にはならないんです。

もしこの楽園にポリコレの黒船が押し寄せてきたらどうなるだろう。きっとシンガポール人大富豪一家の役はシンガポール人とまでは言わずとも、仮に日本で知名度が低くても中国系の俳優にやってもらうことになるだろう。映画に絶対的な善し悪しの基準などないとしても、そのことで結果的に映画のクオリティが上がるのなら、たとえばポリコレに対するアンチを表明する際に用いられる陳腐化した「表現の自由」とは一体何なのか、むしろカギ括弧付きの表現の自由こそが表現の可能性を狭めているのではないかとさえ言いたくなる。

そう考えさせてくれるのもこんなしょうもないテレビドラマ映画が現に日本中のシネコンのスクリーンを埋めまくってくれているおかげなので表現の自由サマサマである。表現の自由を擁護するとは最低のゴミでも拒絶しないということだ。こんなしょうもないニヒリスティックでファストフードなお遊戯映画にこそ表現の自由の神髄があるというものだろう。表現の自由大国ニッポン・バンザイ!

※日本の有名俳優が演じる都合、大富豪一家は全員日本語がペラペラとかいうペラペラに薄い設定なのだが、その長女の日本語カタコトっぷりが日本語話者のくせになかなか自然で見事、こんなしょうもない映画でもちゃんと役柄に合わせて演技を作り込むすごい俳優さんもいるんだな~と思っていたらビビアン・スーだったらしいです。ビビアンいつまでもかわいいな。

【ママー!これ買ってー!】


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前作を観たときの自分の感想を読み返したらゲロ吐いたみたいなこと書いててゲロとかウンコとかお前の感想も大概しょうもないなって自分で思ったね。

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2020年7月31日 9:11 PM

いつもの三倍以上笑わせてもらいました。
ありがとうございました。