【ネッフリ】『ザ・ホーンティング・オブ・ブライマナー』感想文(途中からネタバレあり注意)

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《推定ながら見時間:0分》

見て下さいよこのながら見時間0分の文字! 初めてじゃないだろうか、ネット配信ドラマを1シーズンながら見なし睡眠もなしで観たのは…やればできるもんですね! みんなの普通が俺のすごい! まぁでもこれはひとえに俺の頑張りの成果なので面白すぎて見入ってしまったということではなく、良く出来ているとは思いますが『ザ・ホーンティング・オブ・ブライマナー』、そこまで面白い感じのドラマではなかったです。そこまで面白い感じではないと言っても超完成度だった前シーズンの『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』と比べてという意味ですが。

やっぱりね、どこがあれかって、『ブライマナー』怖くない。『ヒルハウス』怖かったからなー。あれだって怖くないって人はいると思うんですけど俺はすごい怖かったんですよ。幽霊が出るときの間とか、廊下を徘徊する幽霊の動きとか、アグレッシブに人間に襲いかかってくる感じじゃなくて幽霊がただそこに居るっていうJホラー的な見せ方がめちゃくちゃ厭。そのただ居るだけの幽霊に徐々に精神が蝕まれて壊れていく家庭の感じもめちゃくちゃリアルで厭でしたよ。幽霊にリアルとかないんですけど。

で、『ブライマナー』はラストでそういう台詞も出てくるんですけど幽霊話と思わせておいて幽霊話じゃないんすよね。だからこれも怖いっちゃ怖いんですけど怖いの方向性がだいぶ違う。『ヒルハウス』は幽霊が怖い。『ブライマナー』はあえて言うなら人生が怖いというか…なんと言ったらいいかですがともかく、もっと抽象的で曖昧な恐怖を描いているし、そのためにミステリアスな人間ドラマの面が強くなっているので、『ヒルハウス』のシーズン2を期待するとちょっと肩すかしを食らう。

ただストーリーは非常によくできていて、エピソード5からは(早いな!)基本的に泣きながら観ているし、ラストエピソードの幕引きっぷりときたら見事と言うほかないのですが、まぁ何が見事かというとこれはネタバレなしで説明することはできないので後回しにするとして…とりあえず、そういうドラマ。

原作は何度も映画化されたヘンリー・ジェイムズの『ねじの回転』、およびその映画化作品のジャック・クレイトン『回転』、その前日譚のマイケル・ウィナー『妖精たちの森』。アメリカのどこかでやってる結婚パーティの場で一人の初老の女がこんな怪談話を語り出す。イギリスの片田舎にある金持ち屋敷に幼い兄妹の世話役としてアメリカ人の女教師がやってきた。金たくさん貰えるし屋敷の人たちは優しいしあと子供もなんとなく気味悪いけど一応可愛いしで良いことずくめじゃんと思いきやこの屋敷はいわく付き物件。果たして女教師はたいへんな目に遭うのであった。そして屋敷に関わる人々もまた…。

以下、どう考えても完全に観た人向けっていうか読んでる人が観てる前提で書き散らすので観てないやつが立ち入って文句とか言うんじゃないぞ。入ってはいけない場所っていうのはあるんです。あるんですよ!

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しっかし最後感動したよな。ネットで他の人の感想読んでたらラストエピソード見てから最初のエピソード観ると泣けるとか書いてあったので素直に従ってみたらこれがもうね、たまらないね。危なかったですよ最初のエピソードの二回目観なかったらこのお話の一番すごいところ見逃すところだったもん。見逃しても切ない人間ドラマとして全然成立しているのだからさすが天才ホラードラマ職人マイク・フラナガン(今回は全話監督ではなく脚本と製作総指揮+エピソード1監督らしい)ですけど、やっぱそこがあるとないとで面白さも感動も全然違いますよ。

最初の結婚パーティで語り手だった初老の女、その正体は屋敷に来た女教師ではなく女教師と恋愛関係にあった屋敷の庭師だったわけですが、この結婚パーティが行われてるアメリカのお屋敷こそ庭師が名前を変えて語っていた例の幽霊屋敷。なんで結婚パーティなんておめでたい場でそんな縁起でもない話をするのだろうと思ったら実はこの新婦が庭師の幽霊物語に出てきた兄妹の妹フローラちゃんで、どうやら兄妹は屋敷で起こった数々の怪事件と一緒に庭師のことも女教師のことも忘れてしまったらしく、最愛の女教師を失って一人孤独な庭師はもしかしたら自分や教師のことをフローラちゃんに思い出してもらえるかも…と一抹の期待を込めて登場人物ほぼ仮名で幽霊物語を語り出したのでした。

そのお屋敷はイギリスに行けばまだ見られるの? と結婚パーティに来ていたおばさん(イギリスといえば幽霊観光である)。初老の庭師はノーと答える。そりゃそうですよだって今わたしたちがいるここがそうだもの、イギリスの片田舎じゃなくて。庭師の話に出てくる屋敷の幽霊のボスは今も形だけ語り継がれているらしいことが結婚パーティの談話から分かる(「この屋敷、修道女の幽霊が出るんだって!」)。しかしその本来の姿や物語を知る者はいない。

なにが切ないってそこが切ないし、なにが怖いってそこが怖いドラマだったよな。どんな人間でも死んだら忘れられちゃうし人によっては死ななくたって忘れられちゃう。忘れられることへのおそれが未練となって人間を「幽霊」にするが、しょせん幽霊だから生きた人間とコミュニケーションを取ることなんかできないし、忘れてほしくないと願えば願うほど忘れられることの苦痛は増すばかりだ。

これはゴーストストーリーじゃないんだよ、とは言うが、やっぱりゴーストストーリーなんだろな。誰が幽霊かといえば庭師自身が「幽霊」なのだ。見えているのに見えない存在。死んだ恋人を想って幽霊のように同じことを繰り返すだけの毎日。果たしてこんな状態が生きていると言えるのだろうか。エエ話やな的に終わるが泣ける話ではあるとしてもエエ話では全然ない。人生の終わった人がとうに過ぎ去った幸せなあの日(それは必ずしも教師との日々ではないだろう。優しい家政婦とコックと憎らしくも可愛らしい子供たちと過ごした日々でもあるはずだ)への回帰を切望する、めちゃくちゃ痛切なドラマであったよ…。

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で、『ブライマナー』は庭師が過去を回想する形式の枠物語なのですが、屋敷とか登場人物の名前が仮名になっているようにそれが純粋な回想にはなっていなくて、回によって視点が教師だったり家政婦だったり兄妹の兄だったりする。兄のエピソードなんかは人づてに聞いた話を再構成したものと捉えることができても、実は死んでました的な家政婦のエピソードはそう捉えるに無理がある。

じゃあこれはなにかと言えば庭師の想像と捉えるしかないのですが、ここが渋いところで、たとえば幽霊に殺されてそのスタンド能力的なやつで屋敷に囚われてしまった家政婦の絶望を描いた物語の転換点となるエピソード5、ここで語られているのって庭師の今の心情だと思うんですよね。コックとの実らなかった恋に仮託されているのは死んだ恋人への恋慕だし、混乱した時間の中で幸せだった過去と見たくもない現実を行ったり来たりするのは「幽霊」化した庭師の現在の日常のアナロジーと見ることができる。

家政婦が自分の死体のある井戸を覗き込む行為もそう。家政婦は井戸の底に自分の死体があるのを知っているから覗き込むのことを恐れるんです。で、庭師もまた自室の洗面台とか風呂に張った水を覗くことを一方では望みつつももう一方では恐れてるんです。覗き込んでもそこにあるのは比喩的な意味でもう死んでしまった自分の顔でしかないって知ってるので。だけど、もしかしたらそこに入水自殺した恋人の顔が浮かぶかもって思って覗き込まずにはいられない。

エピソード8か9で家政婦はキッチンの開いた扉から外に出てボス幽霊に持ってかれた教師を救うようコックに促されるが、なぜ彼女が開いた扉を通ることに躊躇いを覚えたのか理解するには、エピソード9の最後とエピソード1の最初で庭師がいつか幽霊として戻ってくるかもしれない恋人のためにいつも家のドアを開けて寝ていたことを思い出せば充分だろう。

あるいは夜な夜な湖から現われて屋敷を徘徊する(そして通りかかった人間を湖へ連れて行く)屋敷の幽霊のボスの過去の物語も、それが事実ならどのようにして庭師が知り得たのかという疑問が出てくるわけで、庭師の創作なんじゃないだろうかというところがある。とすれば同性愛の関係にあった庭師と教師のふたりと、ボス幽霊の生前の物語に出てくる反目する姉妹ふたりもまたアナロジカルに、庭師の寓話として見ることができるのかもしれない。

精神を病んだ教師と肺を病んだボス幽霊(生前)。何が真実かを決定する描写はこのドラマの中にはない。けれども長い付き合いをしていれば当然仲が悪くなったりすることもあるわけで、庭師はただ美しい過去としてしか仮名でも語れなかった教師との恋人関係の真実が、最初は仲がよかったのに次第にヒビが入って最後には割れてしまう姉妹の物語の中にあったのではないかと個人的には思う。

死後のボス幽霊は部屋に閉じ込められて喪失の失意と再会の待望を抱きながら「起きて、歩いて、眠る」ことだけを繰り返すが、エピソード1とエピソード9でその一端が描かれるように、教師を失った庭師もそんな生活を送っていたのではなかったか? 一人の男の存在が17世紀の仲良し姉妹を引き裂いたように、屋敷の金庫番のクズ男が壊したものも本当は前任教師ではなく庭師と彼女が愛した教師の仲だったのかもしれない。生前のボス幽霊も教師も、最期に赴いたのは湖であった。

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いやぁ、こうやって半ば妄想的に読み解いていくと実に精緻に組み立てられた物語ですなぁ。庭師の幽霊話は実際にあった出来事を基にしてはいても実際の出来事ではないわけですが、そこには真実の片鱗が散りばめられていて、エピソード8~9に至って幽霊話が真に意味するものが見えてくるという構成。本当は幽霊なんかいなかったのかもしれないが、おそらく恋人だった教師が精神的な意味で幽霊に取り憑かれていたのは事実で、それが精神の病に起因するものだったとしても、教師が入水自殺を遂げたこともまた事実なんだろう。

すごいなと思ったのは「語り」そのものを物語に昇華しているところで、吸血鬼とフランケンシュタインという全世界的ホラー・モンスターが創作怪談お披露目会の中で一夜にして誕生してしまった「ディオダティ荘の怪奇談義」の国であり、降霊会が大ブームになった国でもあるイギリスの幽霊話は日本の百物語と似た語りの形式を取ることが多いのが特徴ですが、そうした英国幽霊話の超王道を寓話ないしセラピーとして、そのフィルターを通さないと語れないような痛みに満ちた体験がここでは語られているわけです。

最近だと大ヒット舞台劇の映画化らしい『ゴースト・ストーリーズ 英国幽霊奇談』も同じような仕掛けを用いていたが、こう隅々までロジカルに暗喩や換喩を自在に操って組み立てられてはいなかったからなぁ。本当に知的パズルのようなドラマで、たとえばエピソード2か3だった思うが兄妹の兄マイルズの「鍵を探してるんだ」の台詞にしても二重三重の意味があるし、同じエピソードで神父が聖書のレギオンの話をするのもきっちり伏線になっているわけで(コックの母の認知症設定も無意味ではないのだ)、どこを切っても無駄がないというか…逆に言えば理詰めを徹底し過ぎていてホラー的な怖さはごくごく一部に留まっているわけですが、原作のヘンリー・ジェイムズ自体がそもそもホラー作家ではないのでむしろ原作者精神に忠実なドラマ化だったんじゃないだろうか。まぁ読んだことないから知りませんが。

あとそんな完全理詰め主義の中にもまったく違和感がないので下手をすると見逃すぐらいな感じであれこれのホラーオマージュが象嵌されているのもすごいですよね。ボス幽霊の風貌とか死体の入った井戸とか『リング』じゃんって全話見終った今となれば思いますが観てる間は完璧にスルーしちゃったよ。屋敷の幽霊がみんなのっぺらぼうなのは小泉八雲の影響じゃないかすかねぇ。「水面に映る幽霊」といえば小泉八雲が『茶碗の中』で描いたものだし、『茶碗の中』が取り上げられた小林正樹の小泉八雲原作オムニバス『怪談』はカンヌとかアカデミー賞とかにも行ってるので英語圏で知名度の高い日本映画のひとつ。和ホラー好きなマイク・フラナガンは絶対に観ている。

その正体はムジナであった的なオチはあるにしても小泉八雲の怪談の中ではそれ自体とくに意味の付与されていないのっぺらぼうの無貌は『ブライマナー』では忘れられることの象徴として使われている。「水面に映る幽霊」も単なる不気味なものとしてではなく重層的な意味を帯びる。

あまりにも鮮やかなフラナガンのオマージュ活用術であるが、エピソード1とエピソード9が繋がってある種の円環構造を成している点はおそらく英国オムニバス・ホラーの有名作『夢の中の恐怖』を引用したもので、オマージュを捧げつつ円環的時間に囚われることの恐怖を、ここでは恋人を失った人間の精神状態として解釈している。な…な…なるほどなあああああ! 俺はとくにそういう経験ないですけど確かに失恋系の恋愛映画でそういうのよく見るわああああああ! これはまったく見事なオマージュだと思ったね。

というわけで見た目はぶっちゃけ地味であんま面白くない『ヒルハウス』シーズン2こと『ブライマナー』だったわけですが、シナリオ面では超絶長回しが炸裂していた前作のエピソード5に勝るとも劣らない超絶技巧、たしかに幽霊の怖さを期待すると幽霊ほぼほぼ怖くないので肩すかしは食らうが(でもボス幽霊が人を引っ張ってくときの動きとかはやっぱ怖い。とくに引っ張られながらガコンガコン階段に頭ぶつけるのが怖い)、あの異様な植物相の反射する湖の得も言われぬ気持ち悪さであるとか、子役ふたりの特に兄の方の悪意と無邪気の同居する得体の知れなさとか、穢れを溜め込む場としての屋敷の雰囲気はやはり不気味で、映像や演技の面でダメというわけでは全然ない。

それに怖くないとか地味とか言っても穏やかな人間関係が突如としてぶっ壊れるエピソード5とそこからの急転直下は衝撃でしたよ。うわぁ幽霊になったらこんな感じなんだーって幽霊になるのが怖くなったもん。まず幽霊になることがあるのかよって気もしますがフラナガンは完璧に幽霊の存在を信じてるからね。渋谷とか歩かせたら一日で3000人ぐらい幽霊見つけますよフラナガンなら。あ、あれ幽霊ですよ、あーあれも幽霊っすね、って感じで次々通行人指さしながら…勝手にフラナガンをやばい人扱いするな。

幽霊が怖くないっていうのはこういうフラナガンの幽霊観も関係してるんでしょうね。幽霊なんかそこらへんに普通にいますよ的な。基本的に東洋的な幽霊観で、『ヒルハウス』で示された幽霊との共存というか幽霊っていう概念を受け入れることのその先が『ブライマナー』では描かれていたように思う。その意味では名前も場所も違ってもやっぱ『ブライマナー』は『ヒルハウス』のシーズン2でしたね。痛みに満ちた過去を忘れて前に進みたい心情とそれでも忘れることができない感情のアンビバレンス、その葛藤が生み出した奇妙な幽霊話と幽霊たち。感想の最初の方に『ヒルハウス』に比べたらそんなでもないみたいなこと書きましたけど、結局これも『ヒルハウス』同様に素晴らしいホラードラマでした。はいシーズン3ください。

※あと『ヒルハウス』役者が何人も別の役で続投しているのですが、中でも『ヒルハウス』で可哀想な人だったオリヴァー・ジャクソン=コーエンが今回はメンタルDV系クズ男子をイヤ~な感じで熱演しており、これも見物。ちなみにオリヴァー・ジャクソン=コーエン、『透明人間』でもメンタルDV系クズ男子でした。たしかにメンタルDV顔をしている(どんな顔なんだ)。

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フラナガン映画特有の静謐な恐怖の源泉はキューブリックの『シャイニング』やそれこそ『回転』とかの英国ゴシック・ホラーなどなどいくつか考えられるわけですが、『怪談』もその一つに入れられるんじゃないだろうか。あと溝口の『雨月物語』とかも。俺は『怪談』はとても怖い映画だと思いましたけど、こういうの怖くないっていう人はたぶん『ブライマナー』は怖くも面白くもないんじゃないか。

5 Comments
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lazy
2020年11月16日 12:28 AM

初めまして。感想拝見しました。疑問なのですが、結婚パーティーが開かれている屋敷が例のブライの屋敷って現してる箇所ありましたっけ?
それにしても面白い作品でした。シーズン3が楽しみです。

lazy
Reply to  さわだ
2020年11月17日 2:01 PM

なるほど。鋭い考察に感心いたしました。ありがとうございます。