WAR IS OVER映画『サイレント・トーキョー』感想文

《推定睡眠時間:0分》

ハチ公前に爆弾が仕掛けられた! だが前代未聞の衝撃ニュースは注意喚起とは真逆に作用し騒ぎたい盛りの若者たちは渋谷を目指す。あははバカだなぁとこんなシーンを見た観客のあなたはきっと思うことだろう。いやお前も大差ないだろ。タイトルに「トーキョー」の文字が入っている時点で少なくとも地雷原のcaution看板ぐらいにはなってただろ。それを踏み越えて観に来てるんですからあなたは!

そりゃ確かに地雷撤去は献身的な行為だけれども! 地雷原の中に咲く美しい一輪の花もあろうけれども! その意味で俺は「地雷と知ってて観に行ったんでしょ」的な冷笑的映画自己責任論には断固反対の立場だけれども! でもお前らにあの軽佻浮薄な渋谷ヤングを嘲笑う資格はねぇから! お前らだって一歩踏み間違えれば客席に座りながら地雷食らって死んでましたから! そこは肝に銘じて欲しい! 肝に銘じて欲しいよ! 地雷撤去はあくまで謙虚に慎重に! 我々はあくまで平和維持部隊だからと気を抜いたらダメなんです! なぜならここは戦場だから! なぜならここは「戦場だから」。

戦場だったよ。これは戦場だったね。俺も油断しましたよ最初の50分ぐらいまでは臭いな~って思いつつも結構ちゃんと群像サスペンスしてるから面白く観てましたからね。東映映画ということもあって『新幹線大爆破』の影響は隠しようがないし隠すつもりもそもそもない、あっちが新幹線ならこっちは渋谷大爆破じゃいってことでミステリアスでカオティックな都市群像が渋谷大爆破に集約されていく中盤までの展開は見応えある。謎人物・佐藤浩市の『新幹線大爆破』の高倉健を確実に意識したであろう佇まいも作品に重みを付けていて引き込まれるところだ。

そして待望の渋谷大爆破! つまんねぇYouTubeとかが爆発に巻き込まれて血を吹きながら死んでいく光景はたまりませんね! と言いたいところだが実はもうこのへんから俺の中ではちょっと盛り下がっててあまりに客の欲望を見越した身も蓋もない若者虐殺っぷりに(確かに虐殺は大好きだがこれでは店舗型風俗店の全裸対面オプションまたはサービスデーのようなもので風情も何もあったものではないではないか…)と思ったし、あとその光景をなんていう撮影技法か知りませんけどクイックシルバー効果的なスーパースローのトラック撮影でパノラマ的に収めてるのがぶっちゃけダサかった。爆発の美は爆発の瞬間に宿るのではないか。そんなダラダラと引き延ばしちゃったら爆発の衝撃と高揚がないだろう。

そこからはもう目も当てられない、とまではあえて言わないが、テンションだだ下がりなのは間違いない。その要因は複数あるのだがひとまず当たり障りのないところから言えば犯人捜し&爆弾探しミステリーとしてクソみたいに雑。日本型サスペンスでは感情捜査という独特の捜査手法が度々登場するが最先端の科学捜査をも凌駕するこの感情捜査により捜査官(西島秀俊)が怒鳴ったり怒ったりすると犯人一味が必ずゲロって捜査が進展する。なんでこんな優秀にして合理的な捜査方法を他の国の警察は取り入れないんだろう? やっぱり日本はスゴイ! バカか爆発しろ。

しかしスゴイのは捜査だけではなかった。犯人側の薄っぺらさと飛躍しすぎっぷりも特筆すべきところで、とくに主犯の設定に関してはそんなわけねぇだろとびっくりしたのでめちゃくちゃ書きたい、めちゃくちゃ書きたいのだがこの地雷はやはり映画館で知らずに踏んだ方がこころに傷を残すので、みなさんがちゃんとノーガードで地雷を受けられるようにあえて書かないでおこう。戦場の痛みを知らない人間がなぜ戦争を語れるか!

俺に語れるのはせいぜいせめて爆弾魔にならざるを得なかった犯人たちの関係性ぐらい回想+ボイスオーバーとかでいいから手を抜かないで撮れやということぐらいだ。『新幹線大爆破』はそこをちゃんと時間をかけて丁寧にやっていたから警察と犯人チームの追いかけっこ展開も単なる事件の推移ではなく人間ドラマとして深いエモーションを帯びていたし、爆発にもカタルシスがあったのだ。『サイレント・トーキョー』はそういうのない。中盤までは「あるかも?」と期待させるが結局見つからない。その爆弾は仕込んでいてほしかった。

ところで『新幹線大爆破』ばかり言っているがこれは明らかに…というシナリオ面とかキャラクター面での元ネタ映画がもう一本あり、それは『機動警察パトレイバー 2 the Movie』なのですが、この映画の監督・波多野貴文さんはパトレイバーが大好きで代表作『踊る大捜査線』に湾岸署とか出してパトレイバーをオマージュした本広克行監督の下で助監督をやってた本広チルドレン的な人なので、『パト2』を意識したのは間違いない。

しかしそのオマージュの仕方がきわめて浅薄でしょうもないというのは本広克行と同じで、これはテンションだだ下がりのもう一つの要因とも絡むところだが、本当に『パト2』観たの? というか、なんで『パト2』好きなくせにこんなバカみたいな映画作れるの? というかいやそこまでは思いませんが! 思いませんけれども『パト2』の提起した政治的議論をよくここまで骨抜きに出来たなとかは思いますよ。

なんか最近オルトライト系の暇な人たちがNIKEのCMは反日だーとか言ってバカみたいに騒いでるじゃないですか。その人たちが次に火を投げるやつがこれです。安倍晋三の名前こそ使っていないがその政治思想と「不退転の決意で臨んでいく」などの特徴的な台詞回しからどう見ても安倍晋三モデルな総理大臣というのが出てくる。出てきて犯人の要求するサシ対話に応じないせいで爆弾爆発したじゃないかと記者とかに非難されるが首相これをガンスルーする。空気が乾燥しているせいで何かと燃えやすいこのご時世になにも自分からオルトライト戦士たちに投擲用の火炎瓶を渡さないでも…と呆れるほど下手な風刺である(演じる鶴見辰吾は日本統治下の朝鮮を舞台にした韓国映画『密偵』に出ているからオルトライトなら発狂ものだ)

現代日本映画はどうしてこうも政治家や政治のマトモな描写ができないのだろう。『サイレント・トーキョー』の安倍晋三とは裏表の関係にあると言えるのがこちらも佐藤浩市出演の福島原発事故映画『Fukushima 50』に観客のサンドバックになってくれる道化的な役回りで出てきた菅直人だが、どうも日本映画の作り手たちは政治を風刺的に描くときは役者に大袈裟な政治家モノマネをさせればいいと思っているらしく、とくにこの『サイレント・トーキョー』における政治観の幼稚さときたら立憲民主党サポーターで党機関紙まで取っている俺でさえオルトライトを煽動して一緒に火を投げたくなるほどである。

ただ映像技術が高いだけでシナリオに関しては単につまらないばかりでなく突飛でバカげて稚拙にして独善的で話にならない、としか言いようがない『新聞記者』が政治映画の傑作として持て囃される日本映画界なのだからその退行っぷりはハンパではない。世間的には幼稚だのなんだのと散々な評価らしい三谷幸喜の政治風刺映画『記憶にございません!』はそうした現代日本映画の限界を踏まえればむしろ、真面目に政治を描いているつもりで実際は政治家ひとつ描けない数々の社会派気取りのバカ映画と違ってあくまで喜劇として意識的に政治家を戯画化している点で抜きん出た知性派であったし、その戯画の中にシリアスな政治力学を滑り込ませるという点でも現代日本映画有数の「ちゃんと」政治を描いた映画であったが、日本映画は作るやつがバカなら観るやつもバカなのでこの映画こそが「ホンモノの政治映画」である『新聞記者』なんかと比べて「低俗な政治映画」として物笑いの対象になったのだから度し難い。それにしてもこれにも佐藤浩市出ているな。

と変な方向に脱線したが要は『サイレント・トーキョー』は社会派気取りのバカ映画なのである。バカ映画も結構だがミリタリー映画やサスペンス映画である以上に(※ロボットSF映画としては見てない)元自衛官の反乱を通して戦後日本社会の孕む根本的な矛楯やあらゆる手段を動員してその矛楯から目を逸らすことでバーチャルな平和を演出することしかできなくなった戦後日本政治を痛烈に批判した思想映画としての『パト2』をわざわざオマージュしといてバカ映画をやられると困る。これはもう、単純に困る。

だいたい『パト2』に倣うならば安倍晋三こそむしろ戦後日本社会の矛楯を表出させたサマにならない(そして意図せざる)柘植と言うべき政治家なのだから、ではそこにどのような弊害があるかということを真剣に考えてシナリオに落とし込むべきなのだ。それは決して簡単ではないにしても人種・民族差別や経済格差の拡大による社会の分断の加速とか派閥政治への回帰による密室政治化とか忖度メンタルの蔓延による国民の政治無関心とか色々切り口はあるんだから。

なんでそれぐらいのこともやろうとしないで抽象的な「戦争反対!」のスローガンを安倍政治のシルバーバレットにするんだよ。そのうえその「戦争」シーンときたらひどく空疎で具体的にどのような戦争状況なのか(国連平和維持活動のためにどっかに派兵されたらしい)詳らかにされない。あのなぁ、そこめっちゃ重要だろう! 犯人の動機とも関係するところなんだから!

なぜそこをちゃんと考証考察しないの! しかも国連PKOの参加と劇中で安倍晋三が掲げてる防衛強化って関連しないことはないにしても基本的に別枠の話だろう! それをざっくりと同じ「戦争」に括るのはむしろ戦争の軽視ですよ! 戦争を軽視する人がいくら戦争反対ってカッコよく言ってもそりゃ響かないって! 響かないから犯人たちの心情にスポットライトが当たる後半の展開も…とそこはネタバレ警察に処刑されるので伏せておくが!

とにかく政治映画/社会派映画としてはまったく酷いもので…テレビ局の官邸忖度を風刺した場面なんか笑っちゃうね、プロデューサーがインタビュイーにここ強調してくださいって赤線引いた「テロリストと交渉しないという総理の判断は間違ってないと思います」の台詞が載った台本渡すんですよ。なんも考えてない、完全になんも考えてないですよ。どこにそれが出てくるかといえばこれは爆破事件直後に出てくるシーンなので、だったら普通は逆に総理を叩いて視聴率伸ばそうとするだろその局面では。

そういうシーンを入れるのは別にいいですけどシナリオの中のどこに置くかっていう文脈をちゃんと考えないとシーンは死ぬっていうの。で死んだシーンを重ねてるとシナリオも死ぬんです。もう後半30分ぐらい俺も死んでたけどシナリオも死んでたよ。2時間弱なにを観ていたんだろうって思ったね。観たことないけどなんかエヴァンゲリオンとかに出てきそうなテロップ演出もダセェし。それだってちゃんと最後まで面白かったら許せるダサさですけど後半ずっとダメなのでダサ演出を許す心の余裕もなくなる。

刑事も犯人も事件に巻き込まれる一般人(この人は本来なら犯人の動機となった出来事・人物をなぞるかのような存在であり、この人を通して暴力の負の連鎖が象徴的に表われる非常に重要なキャラクターなのである)もみんな扱いが雑で序盤で散々期待させておいて終盤はみんな大して活躍しないし個々のドラマの掘り下げもほぼされない。爆弾はいつ爆発するんだ的なサスペンスも渋谷爆破以降は消え去る。渋谷爆破シーン以降はとにかく映画を構成する全部の要素がダメだ。そうして適当な感傷と感情論で強引に映画を終わらせて「あなたの隣にも爆弾はある」のテロップで問題提起ってバカじゃねぇのか。問題提起もなにもお前はまず問題を把握してないだろ。「WAR IS OVER」じゃねぇんだよ。

まあ面白かったけどね! うん面白かったですよ序盤はハラハラサスペンス! 中盤以降はズッコケ連続のバカ映画! 一粒で二度美味しい! 直感的警告を無視して地雷原に踏み込んだ結果は大惨事ではあったが、しかし大惨事の中のスリルを楽しまなかったわけではないのだ。こんなスリルはなかなか味わえないわけですから。

※っていうか渋谷で爆弾テロなんか起きたら普通に考えて総理は国防強化と改憲の必要性の根拠として事件を政治利用するだろうし国民も怯えてそこに乗っかるだろ。

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山本圭左翼受難二部作(誰がそう呼ぶというのか)のうち『皇帝のいない八月』は現代日本で自衛官がクーデターを起そうとする映画なので『パト2』に結構影響を与えたんじゃないかと思うので、二部作のもう一本『新幹線大爆破』の諸要素も密かに『パト2』に流入してるんじゃないだろうか。山本圭と押井守、顔似てるし。

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匿名さん
匿名さん
2021年5月11日 1:45 AM

つまんねえ文章だな