パステル・ノワール映画『プロミシング・ヤング・ウーマン』感想文(途中からネタバレあり)

《推定睡眠時間:0分》

キャリー・マリガン演じる主人公の役名はキャシーというのだが夜な夜なバーやクラブに繰り出しては泥酔したフリをして男を逆に釣る(そして捌く)時のこの人はカサンドラという別名を名乗っていて(2021/7/26 追記:これは勘違いで通称がキャシー、本名がカサンドラだったみたいです)カサンドラといえば俺の中では80年代オージー・ホラー『カサンドラ』かトレインパニックの代表作的一本『カサンドラ・クロス』ですがギリシア神話に本当のことを言っているのに男の神さまの同衾要求を断ったがために神さまの怒りを買って以降誰も彼女の言うことを信じなくなってしまい犯されたりどっか連れてかれたりした…という神話は残酷だなぁ的なキャラとしてカサンドラなる人がおるらしく、これはそれ由来の命名なんだろう。

実はこの程度でさえ若干ネタバレ気味である。公式が女の復讐ものですよ~みたいな感じで売ってる都合この程度ならまぁいいかと思って書いてしまったが慎重な筋運びが特徴的な映画で、復讐劇の進展に応じて一個一個情報を小出しにしながらパズルみたいにカサンドラが男どもとその配偶者どもに復讐を決意するに至った動機の核心に迫っていく、という作り。お話がおもしろいですよね。お話っていうか語り口かな。観客に見せるモノと見せないモノの切り分けを丁寧にやっている感じ。

泥酔したフリをして釣った男を逆に捌くと書きましたが実はこれも何をやっているのか具体的には描写されない。確かなのはこの人はそれを何十回もやっていてアイツはヤベー女だという夜遊び情報がろくでなし男たちの間に伝わっているということだけで、それぐらいで済んでいるということは殺人とかの重大犯罪ではまぁないんだろう…ぐらいしか観ている側はわからない。

なんか面白かったのが俺この映画の感想で「酔ったふりをして男に持ち帰られてキ○タマを切っていく女」みたいなのをツイッターのどこかで読んだ気がするんですけど実際の映画にはそんなシーンないんだよな。でもその人(たぶん男)にはその光景が「見えた」わけでしょ。なんかねアレを思い出しましたよ、黒沢清の『蛇の道』っていう映画でこれはスナッフビデオ題材の復讐劇ですけど女児を拷問して殺すビデオが出てくるんです。で、その凄惨な内容は台詞から察せられるようにはなってるんですけど、実際に劇中に出てくるビデオの内容は拷問現場の手前と思われる誰もいない廃墟みたいなところを映してるだけで、拷問そのものは観客が観ることはないし拷問する側もされる側も映画には出てこないんです。

でも、脚本を書いた高橋洋は脚本にはなかったのに現場判断で追加されたそのスナッフビデオのシーンを見て黒沢清にこう言ったそうです。「あんなひどい映像を客に見せていいんですか」。そして、そのことを黒沢清はこんな風に振り返るのです。「何も映ってないよ、あなた何を見たんですか」…なんだこの怪談的な文体は。まぁこれは笑い話というかお互いの作風をネタにした冗談のようなものであろうが、とはいえ『プロミシング・ヤング・ウーマン』でもカメラに映っていないものを「見た」人がいるわけだから、見える人には見えるっていうことはあるんです。

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自分の抱える恐れや疚しさやトラウマがなにもないはずのところに反射して見えてしまう。『蛇の道』のタイトルを持ち出したのは何も怪談遊びをしたかったからではなくて、この映画はそういう自分の脳が見せる想像の恐怖を描いた復讐譚なわけですが、実は『プロミシング・ヤング・ウーマン』もその路線の映画で、復讐の仕方や小道具の使い方なんかも結構似たところがあったりする。といって『蛇の道』みたいに暗黒ズブズブなわけではなくこちらはずっとカラフルでポップでユーモラスでこれを希望と言うなら希望があるわけですが、その代わりというか想像の恐怖がテーマと強く結びついているのが面白いところ。

たとえばこんな場面があるわけです。朝帰りのカサンドラを見かけた現場労働者オッサンたちはおーいいくらでヤラせてくれますかーとかなんとか言ってカサンドラをからかう。するとカサンドラ立ち止まってオッサンたちガン見。おいおいなんだよお前…冗談言っただけじゃん…なんだおい頭おかしいんじゃねぇか…おいもう行こうぜ…とオッサンたちすごすご退散。実に痛快なこのシーンが何を言わんとしているかと言えば、よく男女は体格差があるから女は男に勝てません的なことを他ならぬ女が当たり前の現実として受け入れていたりするわけですが、そんなものは想像の恐怖に過ぎないということなわけです。

かのアーノルド・シュワルツェネッガーも手負いのプレデターを見て言いました。血が出るなら殺せる…! 違うんだよいや別にふざけたくてそういう脱線をしてるわけじゃなくていやほら思いついちゃったから! 書いてるうちに思いついちゃったからね! まぁほら『プロミシング・ヤング・ウーマン』もある意味プレデターつまり酒に酔った女を狙う捕食者としての男に復讐していく映画だからうーんいや無理があるか! 無理があったねそれは!

いいんだそんな話は! ともかく! と・も・か・く! えー、『プロミシング・ヤング・ウーマン』は劇中で『狩人の夜』というノワール映画の大古典が引用されるわけですが、そのクライマックスは恐ろしいおぞましい最強最高の変態牧師殺人鬼とショットガン一本しか武器を持たない老婆のバトル。そんなの絶対ババァ死ぬじゃんと思ったそこの女子! それが想像の恐怖だと言っているんだ! 殺ろうと思えば女だって男を殺れる! この殺人鬼だって肉体的にめっちゃ強いわけではまったくなく、彼の武器というのは俺はおそろしい力を持つ人間なんだぞと相手に思わせる詐術にあるのです。そしてそのことを見抜いたこの老婆(ちなみに演じるはレジェンド女優リリアン・ギッシュだ!)は恐れることなく敢然と戦いを挑んで勝利を収めるのです。

まそこまで書けば『プロミシング・ヤング・ウーマン』に『狩人の夜』が引用されていることの意味はわかりますわね。補足するならもう一つ引用されている映画があってそれは『ベリー・バッド・ウエディング』なのですが、これは表面的には強く見えるが内面はズタボロに弱い男連中が悪事を隠そう隠そうとして破滅していくゆかいな殺人コメディで、男の強さなんかしょせんは虚勢ですよ、詐術ですよ、恐れるに足らんのですよということなのです。『プロミシング・ヤング・ウーマン』は想像の恐怖を駆使したカラフルな復讐劇を通してそれをブラック・コメディ的に暴露する、パステル・ノワールとでも言うべき映画なのですねぇ~。

ところでここからネタバレというかどうもあまり理解されていないような気配のあるオチの俺主観解説のコーナーです。そんなもん見ないで想像していた方が面白いよ~という人は帰れ。帰らないとキンタマ○抜くぞ!

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というわけで警告はちゃんと出したので単刀直入に慣れないですます口調などもぶっ捨てて言っちゃいますけどこれ復讐の映画じゃないんだよな。キャシーはずっと自殺したかった人で泥酔して男の家に連れられてっていうのを「それ復讐手法としてリスキーじゃない?」とか言う人もいるんですけどリスキーっていうかそれで別に死んでも良いしむしろ殺されたいからああやって知らない男の家にほいほい行ってるんですよあれは。そういう心理も漠然とはあるだろうが行為としては復讐じゃないんです。

朝帰りする時にキャシーの服に血がついてますけどなんであの血が相手の男の血だって分かるんですかねぇ? あれ、たぶんキャシー本人の血なんですよ。何をしたかは知らないけれども相手の男の前でこれがお前の罪だとかなんとか言って自分の体のどっかでも切ってるんじゃないすか。色んな男の家に今まで何十回と泥酔演技で侵入しても「サイコ女」呼ばわりされるだけで警察にも突き出されないし身体的な被害もないのはその証左。朝帰り後、家に帰るとこの人はガリガリとノートに棒を引いて回数を数えます。でそれが復讐パートに移ってからはあたかも復讐相手の数を示すかのようにテロップとして出ます。でもこれは一種の視覚トリックで、ちゃんと見れば分かるようにリストカットの暗喩だし、だからこそ彼女が死んだ後に最後の棒が引かれるんです。

その前後に入るカットバックの映像で彼女が入念に殺害死の準備をしていたことが判明しますが、そこで強調されるのは大学レイプによって自殺した親友(恋人だったのかもしれない)とペアで持っていたアクセサリーで、それをキャシーは唯一といっていい味方であった勤務先のコーヒー店員に遺言のように渡すのですが、それは自分も親友と同じ場所に行くことの決意の表れなわけです。アクセサリーの片割れは死ぬときに自分が身に付けてるからそれで自分の死体を警察に見つけさせるわけ。

要するにこういうストーリーなんですよ。レイプのせいで親友を失ってそれ以来ずっと無気力に変形自殺未遂を繰り返していた人(死にたいから自暴自棄な生活態度なのだ)がひょんなことからレイプの主犯が地元に戻ってきたらしいと知る。で復讐を始めるわけですがー、やってるうちにどんどんレイプに間接的にでも関与した連中の罪の意識のなさとか無責任さとか事なかれ主義に虚しくなってきて、最初は親友を差し置いて自分だけ幸せになることに対する抵抗もあったが良い感じの恋人も出来ちゃってもう親友を死なせたことの罪の意識に囚われることもないのかなと思った矢先、この恋人がレイプ現場におったこと判明。

そうかそうか、じゃあやっぱり死ぬしかねぇな。それだったら最後はいっちょレイプ主犯に殺されたるか、それでもあいつどうせ自分の罪を自覚できるだけの精神的な強さもないだろうがレイプビデオをネットにばらまいたら関係者は社会的に殺せるし自分を殺した主犯とお仲間は警察のお縄、ほーんそりゃあ悪くない死に様だ、一寸の虫にも五分の魂、最後に一花咲かせたるわい、ザマァ見ろバカどもが…とこんな具合。レイプ主犯を拘束するための手錠が都合良く外れてしまうのは仕込みだからです。外れないと殺せないからね、自分を。

あのラストで明らかになるのはそういうことで、復讐の完遂だと観客が思っていたことが実は自殺の完遂だったというどんでん返しが鮮やかで面白いラストなんですけど、これ伝わってないんだろうな。だってネットの感想とか見ると「主人公のアブない女が~」みたいな書きっぷりが男女問わず多いからね~。「復讐が意外とぬるい」とかさ~。アブなくて当たり前じゃん自殺したい人なんだもん。復讐がぬるくて当たり前じゃん自殺なんだもん。どいつもこいつもわかっとらんね~。中にはこれを「サイコパス」とか評してる奴もおる。お前サイコパスの意味知ってんのかよっつーの。メンヘラならまぁ分かるけどさ。

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まぁでもそれも面白い現象って感じではあるよな。だってみなさんこの主人公をですよ? この人が持ち帰り男たちに具体的に何をしたかは画面には映らないから見ていないのに復讐をしてる光景を想像の中で見ているわけじゃないですか。わざわざそんなことをする奴だから相手に危害を加えているに違いないって思い込んでるわけじゃないですか。一見して気にしてなさそうだから親友の自殺でメンタルにダメージ食らってるかもとは想像できないわけじゃないですか。それってレイプ告発をしたのに証拠のビデオを関係者連中が隠蔽したから「あんな成績優秀で前途有望な男子がそんなバカなことするはずないよ~」っていう学校側の思い込みで犯人お咎めナシになっちゃった劇中のガッカリ事件の完璧な裏返しなんじゃないですかね。

「われわれ男こそこの映画を観て学ぶべきだ!」みたいなことを偉そうに書いてやがるレビュアーなんかがそのことに気付けずこれを男への復讐劇として理解してたりするんだからお笑いですよねぇ。劇中でもスマートな男も一皮むけば…という展開になっていたわけですがそれは観客だって同じことで、なにやらネットでキレイ事を言って自分様の評価を高めたい打算的で偽善的なバカ、か、あるいは単純に鈍感な人というパターンもあるだろうが、あえて言うなら『プロミシング・ヤング・ウーマン』その傍観者の鈍感さを告発する映画なのです。

その意図が客が鈍感すぎて伝わっていないのだとしたら皮肉なことだが、逆説的に映画の価値を高めているから、作り手はすべての鈍感な観客たちに感謝すべきだと思いますよ私は。バカな連中のおかげでこの世の中は回ります。プロミシングでヤングなウーマンもしくはマンというのは自分をどう人に良く見せるかっていう術に特化しているから外面だけは魅力的だったり成績だけはよかったりするが、相手のことはびっくりするほど見ることができない自分本位な人たちのことなのです。

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黒沢清、三池崇史、石井隆という日本を代表するノワール監督たちが世紀末に作り上げたこの三本の映画をミックスしてねるねるねるねに入れる合成着色料的なやつで希釈するとわりと『プロミシング・ヤング・ウーマン』っぽくなる。

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2 Comments
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匿名さん
匿名さん
2021年7月26日 9:33 AM

さわださんの感想、その通りだと思います。「必殺仕置き人」と言えるような強さ(肉体的にも精神的にも)がキャシーにはないですよね。観客が勝手に脳内補完してただけで。 ところで、カサンドラは別名と言うより、本名なのではないでしょうか。愛称が「キャシー」で、本名が「カサンドラ」ではないかと。カフェで昔の同級生に会った時、相手の男が「カサンドラだろ?」って聞いてたので、多分。細かい事ですいません。