《推定睡眠時間:5分》
あなたはニコラス・ホルトと聞くと何を思い浮かべるだろうか。俺はニコラス・ホルトの顔を思い浮かべる。
褒めれる良いところはたくさんあるのに、全体の感想としてはいまいちという不思議な映画。好きなタイプなんだけど…。
Netflixによるあらすじ。
2003年、戦火に揺れるイラクの紛争地域。ある村の給水系統の復旧を命じられた兵士たちは、村人と己の未来を守るため、命を賭けた危険な任務に挑んでいく。
あらすじからはややヒロイックでアクションの印象を受けるが、そういう映画ではなかった。終盤を盛り上げるために銃撃シーンを入れているけれど、アクション場面を作るのに慣れていないのか退屈になってしまっていた。銃を撃ってる人の表情を順番につなぐだけとか。
でも、それはマイナス要素じゃない。映画が始まってすぐにアクションを期待するような映画じゃないことはわかるから。
映画は主人公のマットが自分で自分の手を負傷させる場面からはじまる。ずるいことを厭わない、癖のある主人公らしい。現代の戦争ものにはそのような視点を持つ主人公は悪くない。どうしたって批判的な視点が求められるが、その批判を国にだけ向ける時代はアメリカ映画では終わった。
戦争をする政府は悪い。しかし徴兵制ではないアメリカで戦場に行ったならば個人の責任の問題だ。貧困で選択の余地はないとも言えるが、そうやって国を批判するのはジャーナリズムがすれば良い。
社会問題を扱うならば、映画は必ず「あなたはどうなのか」を問わねばならない。いまこの映画を見ている本人を問題の渦中に置かねばならない。罪のない市民が悪人に苦しめられるという単純構図ではブルース・ウィリスがショットガンを撃って解決するような映画になってしまう。
社会問題を扱う作品で困ってしまうのが、作者が完全に一方の立場にいて、自分と同じ側にいるキャラは善人、対立するものは悪人と露骨に分けている場合だ。そのような作品だと作品そのものがおもしろかったかどうかではなく、その思想に賛成か反対かを問われるようになってしまい、困る。
例えば日本で原発反対の映画があったとして、その映画が福島の原発で被害にあった人たちを善良な被害者、日本政府を行き過ぎた功利主義の冷徹な悪者として描き、主張ばかりが目立って内容がちっともおもしろくなかった場合、これを否定したら「じゃあお前は被害者がどうなってもいいのか!」的に受け取らるのが厄介だ。
作品の中の主張がどれだけ正しくても、むしろ作者が正しい側から離れようとしないからこそつまらなくなっているのに、それを言えば敵として扱われてしまう。その作品の内容がそうであるように。
全く恐ろしいことだ。
例えば実話を元にした性暴力の被害にあった女性が立ち直る内容の作品がクソつまらなかったとしても、それに「いいね」しなければ血も涙もない人間なのか? パワハラで告発された人間の作った映画なんて見ませんと言うのが高潔なことか?
そんなのは悪人をショットガンでぶっ殺せば万事OKとなんら変わらない考え方だ。そのくせ「殺」を言う文字も使えなくして、それで世の中平和になりましたってにこにこするのか? 時代がそうだからって物分り良く無抵抗。それもまた平和のためと胸を張るのか?
基地での日常描写が続く。ここでマットの属する部隊の仲間たちが紹介される。良いキャスティングだ。みんないい顔をしている。性格がうかがい知れるが、複雑さも兼ね備えている顔つきだ。良心もあれば偏見もある。道徳と残酷さが共存している。人間味のある顔つきだ。
若者らしい会話に花を咲かせ、死体と記念写真を撮ったりもする。目新しい内容ではないが、客観性があるので好感が持てる。
その後、部隊に給水施設から街まで水を運ぶ任務が与えられる。米軍の爆撃によってポンプとパイプが壊れたのだ。
この設定の地味さと多面性は好きだ。
などなど俺の好きな要素がたくさんあってきっと監督と趣味が合うのだと思う。でもいまいちおもしろくなかったのはそれが理由かもしれない。すでに俺の中にあるものばかりなので、わざわざ見なくて良いと感じたのかもしれない。2時間もかけて知っていることを反復するのは退屈だ。
昔、とある島の電気も電波も届かない山奥で真夜中に3時間ほど待たねばならないことがあった。スマホのなかった時代だ。本など時間を使えるものをなにも持っていなかった。移動しようにもバスもタクシーも来ない。
もし移動できたとしても、行くところはなかった。近隣には店などないし、もちろんコンビニなんてものは島内にあるはずもない。
散歩したり考え事をしたりで30分はどうにかなったが、限界だった。なんとかしないと退屈で気が狂う。おもしろい映画を見ていれば2時間なんてあっという間なのに…。
そこで閃いた。おもしろい映画を頭の中でリアルタイム再生すれば、実際に映画を見ているのと同じことになるんじゃないか? 全部のシーンを思い出せるおもしろい映画……『バック・トゥ・ザ・フューチャー』だ!
やってみた。でかいスピーカーでマーティが吹っ飛ぶところまでだね。無理。人間の想像力には限界があるよ。現実の前に人は無力。どんなに荒々しく理想を吠えようと、結局できることはただただ呆然と嵐がすぎるのを待つことだけ。本当になにかを感じるようになるのはずっと先のことだ。我々はそうやって生きていくのだ。
【ママー!これ買ってー!】
バック・トゥ・ザ・フューチャー (字幕版)
バック・トゥ・ザ・フューチャー (吹替版)
バック・トゥ・ザ・フューチャー [Blu-ray]
これ一本あれば、幽閉されても退屈から解放されますよ。