中年夏休み映画『それだけが、僕の世界』感想文

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《推定睡眠時間:0分》

ストリートファイターとショパンが大好きなサヴァン症候群の男を演じるのがパク・ジョンミンという人で、同姓同名同年齢のアイドル兼俳優がいるらしいので紛らわしいが、そのパク・ジョンミンの兄貴役がイ・ビョンホン。
このビョンホンはすごいぞ。ボクサーくずれの漫喫暮らし、飯はコンビニでカップラーメン、雨が降ったらそこらで拾ったダンボールを傘代わり。仕事はちなみにサンプリングとカッコつけて言う人間は絶対に信用してはいけないチラシ配りです。

ボクサーくずれといっても並のボクサーくずれではなく元東洋太平洋チャンピオン。とてつもない落ちぶれっぷりだが、暴力親父の元に育ってろくな教育も受けないまま兵役後はボクサー道に入ってしまったので潰しがきかないのだ。
馴染みのトレーナーからたまにジャンルレスなスパーリングの仕事なんか入れてもらっているらしいが元東洋太平洋チャンピオンとはいえ今や齢40さい、体力と覇気の有り余る若手格闘家の相手はつらい。一言で言えばその生活、ドン底であった。

元ボクサーの落ちぶれビョンホンとくればなにやらノワール感が漂ってきそうな気もするが、底辺生活モンタージュに被さるのは哀愁アコーディオンなのでアキ・カウリスマキ風のコメディタッチ。
笑えるようなことはなにもしていないのに枯れビョンホンの一挙手一投足がいちいち可笑しい。チラシを配りながらのうんざり感とか最高。不意におどける瞬間はスーパーに輝く。

そこだったな、この映画。難役を頑張るジョンミンもその母親ユン・ヨジョンももちろん良かったんですけど風采の上がらないビョンホンがとにかく良くて…底辺生活を送っているうちにビョンホン、半絶縁状態だった母親ヨジョンと偶然再会するんです。
この母親というのは幼いビョンホンを暴力親父の下に残して逃げるように家を出た人で、ビョンホン最初は今更なんだこんにゃろみたいな態度だったんですが飯と寝床の誘惑に負けて母親宅に居候することになる。

その、居候させてもらっているくせに横柄な態度を崩さないダメ長男っぷり。底辺人の悲しい性で、目上の人間に理不尽な目に遭わされても文句ひとつ言えずに不機嫌な面して不承不承引き下がることしかできないビョンホンも、家では老齢の母親とサヴァン症候群の弟相手にめっちゃ強い。俺かと思ったよね。こんなの笑います。

で、そっからビョンホンとジョンミンの共同生活が始まって、別々に暮らしてたんでお互いにお互いを知らなくて主にビョンホンが悪い方向で色々衝突したりすんですが、そのうちに段々と打ち解けてお互いにちょっと変わるとそういう話で、まぁ『レインマン』なんですが、ビョンホンのダメ長男演技が効いていてこれがとっても面白かった。
チェ・ミンシクとかソン・ガンホとかオ・ダルスとか名優ひしめく韓国映画のだらしない中年男性枠についにビョンホンも加わったかと思うと感慨もひとしおでしたね。

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しかしプロットだけ取れば王道の話なんですが、これちょっと変わっていて興味深げだったのはビョンホンの演技だけじゃなくて物語の中のキャラクター布置。

この映画、男っていうのが出てこない。ビョンホンファミリーを中心にその借家の大家母娘、ぴょんな、いやひょんな事からビョンホンと知り合ったヴェルサイユ宮殿みたいな大邸宅に住むスーパー金持ち一家と、三組の親子が映画では描かれるのですが、ビョンホン家は前述の事情で母子家庭、大家はシングルマザーで水商売上がりの成金ホスト経営者、ヴェルサイユ宮殿のスーパー金持ちはとくに背景が示されないがこれも画面に映るのは母娘のみで、絶大な権力を誇る一家の大黒柱もやはり母、ボディガードまで女で固める。

メイン登場人物の女系三家族から離れればまぁ多少は男も出てくるのですが、基本的にはその三家族のお話で、ビョンホンとジョンミンはその中で例外的な男というポジション。
まあビョンホンの母ヨジョンはもとより大家も元水商売だから色々男に嫌な目に遭わされただろうというのは想像に難くない、ヴェルサイユの母も男絡みで過去に何かあったんだろうということが少しだけ仄めかされるから、主人公ビョンホンですけど男の犠牲になった女たちの話ということになる。

男、というかこの場合は父権的なものか、ビョンホンも暴力親父に怯えながら育ったので男トラウマがある。
明示はされないけれどもボクサーを目指したのはやっぱその反動っつーか親父の恐怖を乗り越えようとしてのことでしょうね。で、それは大家やヴェルサイユの母もたぶん同じ。

だから観ていて思ったのは、『万引き家族』は女系家族の中で甲斐性なしのリリー・フランキーが「父」になろうとする話でしたが、これもちょっとそれに似たところがあって、親父原因で転げ転げて底辺堕ちしたダメビョンホンが暴力親父とは別の方法で「父」になれるのかっていう、そういうことを描いてたんだろうなってことだったりしました。
最初はついジョンミンに手を上げたりしていた(家族には強いので)ビョンホンも次第に気付いていくわけです。あぁこれじゃ俺、あの糞親父とまるで同じじゃん…とか。

障害持ちだからと親父が人外扱いして近所の高校生はバカにするジョンミンを三家族の女たちは見下したりしない。普段は賃上げをチラつかせてヨジョンを脅す強欲大家も困った時には案外味方、ジョンミンの唯一の友達は蓮っ葉で気の良いその娘。
それはちょっと理想的に過ぎるだろうと思うがそこにビョンホンの泥にまみれた暴力的な存在が裂け目を作っているから理想の底に隠れた仮借のない現実がチラ見えする。その現実があるから理想的であらねばならぬという説得力があったりするわけです。

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まぁ難病映画のフォーマットを昨今のMeToo的なムーブメントに乗せたといえばそれまでかもしれないし、最近の韓国映画わりと権力を握ってるのが女パターン多い気もするのでその延長線上の映画に過ぎないのかもしれないが、でも良かったすねぇ、すげぇ良い映画だったと思いますよ。

良かったといえばあと夏休み感ね。ビョンホンとジョンミンの大家の娘を混ぜての遅れて来た夏休み感、最高。
ジョンミンと一緒にPS4のレースゲームをやりながら体ごとコントローラー動かしちゃうビョンホンとかストリートファイターで対戦しながらどんどん画面に近づいていっちゃうビョンホンとかクーラーのリモコンが利かなくてイラつくビョンホンとかお母さんにバレないように深夜にこっそり即席麺を食うビョンホンとか至福の噴飯。

むろん、サヴァン症候群の人を描いたヒューマンドラマとしてもまた良し。ストリートファイターのプレイ動画を見ながら超絶ピアノを弾く(さすがeスポーツ先進国)超人っぷりはステロタイプな気もするが、手先が器用だからピアノも巧いしストリートファイターも無敵だろうというのはかなり安易な気もするが、それも一朝一夕のことではなくて、部屋に置かれた大量のレゴブロックの箱を見るに、ヨジョンの庇護の下で好きなことを好きなだけ徹底してやらせてもらった結果だろうと察せられるからディティールが疎かというわけではない。

で、そんな天国みたいな生活が永遠に続くわけではないから、いつかはジョンミンも仕事を得て自立生活をするか施設に入るかとかしなけりゃいけないのですが、その一歩を踏み出させるのがビョンホンだったというわけでですからつまりようするに、ストリートファイターがプロ級の弟とボクシングのプロの兄のわかりやすい対比とかも含めて丹念に作り込まれた、よくできた映画ということです。

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ビョンホンとジョンミンの関係性と夏休み感から連想。そういえばこれも母親に関する映画だった。

500
さるこ

こんにちは。
〝いい映画〟って言葉、本作に相応しいです。でも、天使は残酷だな、なんて思ったり。イ・ビョンホン、良かったですね。街のピアノを弾く弟を見つけた時の表情など最高ですね。ヨン様よりビョン様、のあたしは満足です。

この後、ハシゴして『ジュリアン』を見たので、しばらくDVの恐怖に苛まれました…