アートボイルド映画『ゴッホ 最期の手紙』の感想

《推定睡眠時間:0分》

実写映像をゴッホ再現ぐにゃりん油絵アニメにしたロトスコープの映画であるから単に見た目が近いというだけではなくおそらくは、その独特の世界の見え方を再現しようとする制作意図の面でもリンクレイターのディック愛に塗れた『スキャナー・ダークリー』と被るがディックもゴッホも精神に不調を抱えていたし依存体質だし映画を見ていたら子供の頃のゴッホに死産した姉(兄?)の存在が暗い影を落としておりなどと語られそこもディック被りじゃん!

ディックも死産した双子の妹に取り憑かれていたからな。妹オブセッションは双子モチーフとして作品に頻出するがこれ『ブレードランナー2049』にも取り入れられたところなんじゃないの。
『2049』、見た直後はずっとちくしょうちくしょう思ってましたが冷静に考えたらすごくディックを尊重したディックっぽい映画だったと今ではおもう。あれディックだわ。比較的経済状態とか精神状態が安定してるときのディックが純文学っぽいもの志向して真面目にプロット練って主体的に書くやつ。『高い城の男』とか。

しかしディックをディックたらしめる特質というのはディックの主体性をはみ出る部分にあるとも言えるし『高い城の男』とか『ユービック』みたいな一般的な意味で良く出来たディック作品をもってしてディックらしいとかディックらしくないとか言ってもディック多作なんだからあんま意味がない、それにちょっと作家の存在を矮小化してしまっているのではないかと思わなくもないのだ。

ディックの小説に一種特別な重みを与えているのはディックが書いているという事実であって、その重みは『ザップ・ガン』みたいな支離滅裂なバカ小説の中にさえ、むしろバカと支離滅裂の中にあってこそ切実さを伴って迫ってくるように思われるが、おもしろいへんなおはなしを書いているからディックはえらいのではなく経済的な苦境と不安定な精神状態と破綻した人間関係の中で、生活の痛みでバラバラになりそうな自分を時にはドラッグの力を借りて必死に繋ぎ止めながら、あるいは繋ぎ止めるためにおもしろいおはなしをちゃんと書こうと苦闘した(そして大抵は敗れた)からディックはえらいしおもしろい。と俺は思っている。

『2049』は確かに良く出来ているし良くディックしているけれども何故あんな完成度おおむね低めなジャンクSF作家が今でも広く支持を集めているのかというその核心の部分を構造のレベルで掴み損ねているように感じたし、その意味でリンクレイターはちゃんと破綻していて真面目だなぁと思ったが、結局その魅力を伝えるためにうまく腑に落ちるように理路整然と作ってしまうとディックはディックでなくなってしまう。そういう創作のパラドクスがある。

別にディックの映画化じゃなくて『ブレードランナー』の続編だからそれで構わないないと思うが、こういう映画がディック的とかなんとか言われるとそれはちょっと違うんじゃねぇのと言いたくはなるのでそういう風潮により『ゴッホ』の感想から脱線したわけだがここまでで既に1000字超え。ディック小説ばりの大脱線。

脱線は脱線だったがしかし『ゴッホ 最後の手紙』も実はそういう感想。驚異のロトスコープでゴッホになった世界は見物でピカピカ乱視状態のアルルの星々には素直に感嘆。リアルタイムで上塗りされていく人物の安定しないフォルムと色はこれで伝わるかどうかは分からないがPS時代の3Dアクションゲーでキャラクターを待機状態にさせた時に呼吸などの動きでテクスチャーがブレる現象を彷彿とさせるなどたいへんおもしろかったが、ゴッホという存在はわりと蔑ろにされていたような気がしなくもない

お話はゴッホ最後の手紙を託された郵便配達人を探偵役にした画家の最後系ミステリーで、ゴッホが晩年を過ごした小村オーヴェール=シュル=オワーズを訪れる郵便配達人だったがどうもこの村の人間は怪しい…というわけで探りを入れてたら銃を弄ぶ放埒若者に遭遇したりゴッホを敵視する信心ディープな家政婦に監視されたり諍いに巻き込まれてしこたま殴られたりする。典型的なハードボイルドの文体だこれは。
ゴッホの死ネタをハードボイルドにする発想がそれっぽいしロトスコープでのアイディアもそれっぽいからバンド・デシネの映画化かと思ったが、エンドロールに原作クレジットが見つけられなかったから違うのかもしれない。

なにが不満かと言えばそのへんが不満。かっこよくて面白い映画だったけれども変わり種ハードボイルドとして面白いって感じでロトスコ油絵もハードボイルドのムードの方に貢献しちゃってじゃあゴッホじゃなくていいじゃんみたいにちょっとなってしまった。
混沌とした世界に透徹した眼差しが秩序を与えていくハードボイルドの文体はそもそもゴッホ的な不定形な世界を表現するに適さないばかりかゴッホの存在をつまらなくしてしまうのでは…という根本的な問題を感じるような気もするのだ。それが問題であるとすれば。

ゴッホとハードボイルド。絶対接点ねぇよと思ったが『ロング・グッドバイ』と『ゴッホ』をフィルモグラフィーに持つロバート・アルトマンがいるから世界は広いし繋がらないものはない。俺はアルトマンの『ゴッホ』は結構好きなのですが、あの女性性を帯びたゴッホ(ティム・ロス)像とか受動の作劇はゴッホの世界の表現じゃなくて世界に対する姿勢の方に接近しようとした結果なのかなぁなどと考えながら、合理的にしか共感と同情によってしか筋道の通った物語でしか、その枠に押し込めないと作家に向き合うことができないとか野暮すぎないっておもうのだった。

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