『チェチェンへようこそ ―ゲイの粛清― 』感想文

《推定睡眠時間:15分》

面白いかどうかは知らんが内容的に観ておくべきドキュメンタリー映画かなという感じで観ているので俺にとってこれは鑑賞というよりお勉強。とにかく情に薄い人間なのでこれを観ても「なんて酷い!」と憤ることはできなかったし「なんて惨い…」と悲しむこともできず「世界には色んな国があるなぁ」…ってそんな呑気な映画ではまったくないがでもそう思っちゃったのだからしょうがない。世界にはいろんな国がありますしいろんな理屈があるものです。良いとか悪いとかじゃなくてそれはそういうものだよな。だから世界はいつもたいへん。

タイトルは諦観混じりの皮肉でチェチェン共和国に入っていく映画ではないって言うかむしろ逆で同性愛者狩りの行われているチェチェンにできるだけ近づかないようにする映画とでも言おうか。同性愛者狩りというのは何かというとなんでも麻薬捜査かなんかをやってる時に逮捕した人のケータイの中身を警察が洗ったら同性愛者の連絡先かなんかがあって、そこから芋づる式に同性愛者に犯罪の嫌疑がかけられていったらしい。イスラム教の国だし同性愛者の理解とか基本的にないから詳細は映画の中では描かれないが同性愛者=治安を乱す犯罪者のイメージが作られてってエスカレートしてんでしょうな。いつの間にやら同性愛者は見つけたら(横暴警察だけじゃなく親族や赤の他人でも)拷問したり殺してもいい人ぐらいな扱いになっているというからおそろしい話だ。

メイン被写体になるのはその同性愛者狩りから被害者を守る活動をしてる人と無事チェチェンから逃げおおせてその蛮行を告発しようとしている人。これもたいへんなんだよな同性愛者狩りはチェチェンにある程度固有の問題だとしてもロシア正教と密接に繋がるプーチン・ロシアが同性愛者に寛容ということはないし人権概念なんて西側の策謀ですよと言わんばかり(どっかでは言ってると思う)の人権軽視姿勢からいってチェチェンから出てもロシア連邦内に留まる限りは安全とは言いがたい、いつ当局の目に止まってチェチェンに送り返されるかわからない。じゃあ西側世界に逃げるかといっても移住はそう簡単ではないしロシアが調査に消極的なのでチェチェンの同性愛者弾圧は公式には確認されていないから難民認定が下るかどうかもわからない。そんな光の見えない状況で被害者を守る会の人は身の危険を感じながら一人でも多くの同性愛者を保護して、でその保護された一人の青年も命がけでクレムリンにチェチェンの惨状を訴えるわけです。そうまでしないと普通に生きることさえできない国というのが世の中にはあるのだなぁとかぼんやり思う。

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面白い趣向はこの映画シェルターで保護されてるチェチェン当局に見つかったら拷問されたり家に帰れても同性愛を恥と考える家族に殺されるかもしれない同性愛者の人が何人も出てくるので顔と声を隠す必要があるんですがそれがモザイクじゃなくてディープラーニングを活用した相貌合成、つまりCGの仮面。たまに顔がボヤけたりするから辛うじてそれがCGだってわかりますけどいやすごいよその精度はなかなか、喋っても動いてもちゃんと偽顔のままだからパッと見リアル顔だと思ってしまう。あれ思い出したねフィリップ・K・ディックのドラッグSF『スキャナー・ダークリー』に出てくるスクランブルスーツっていう表面パターンを常に変えて着用者が特定されないようにするってやつ。知らないところでディックSFの域にまで技術って進んでたんですねぇ。

などと感心している場合ではない。そんなに技術が進んでるのに同性愛者狩りとかいう前近代的な野蛮が当たり前のように横行してしまっているこのギャップ。これをどう捉えたらよいのでしょう。俺がこの映画にそう感情を動かされなかったのはそれがわからなかったから。人を拷問したり強姦したり殺したりするのは無条件で悪いことだがそれを行う側は無条件でやっているわけではないよな。どんなに卑俗な理由であっても何らかの理由が必ずあって、それを理解するということがその行為の悪を理解することで、理由が見えないとどんな悲惨な犯罪被害も現実感を欠いたこの世の不条理になってしまう。人は不条理に抵抗することは基本的にできないし、そこに適切な社会的感情を見つけることもできない。要するにこの映画には加害者の顔が見えないのだ。

作品の性質上それは当然のことなので欠点とは思いませんけどそういうわけでよくわからなかったというのが率直な感想。同性愛が恥だから殺すという理屈は俺にはわからない。でもそれをこれこれこういう理屈で殺すのは当然じゃないですかとわかってしまえる人はいるわけで(だからこういう事態になってるので)、そういう話を聞ければ「いやでもそれはそれとして殺すのは明らかにやりすぎだろ!」みたいな感じでこっちの正義に感情を乗せることもできただろうと思う。この映画を作った人は同性愛者狩りを世界に告発する目的が第一にあったのだと思うが、そんな悠長なことをやってられるか! の想定怒りに想定すいませんを先に出しつつ、でもやっぱり告発と一緒に相手の顔(これは比喩でつまり価値観や社会のことです)の情報がもっと欲しいと俺は思った。

【ママー!これ買ってー!】


『チェチェン民族学序説―その倫理、規範、文化、宗教=ウェズデンゲル』

どんな本かは知らないがパッと見チェチェンを知るによさそうな感じある。

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