アゲインスト映画『白い暴動』感想文

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《推定ながら見時間:5分(アマプラ鑑賞)》

新コロ到来に伴う緊急事態宣言で各種遊興施設は閉ざされちゃってもちろん映画も観に行けない、それも一時収束の兆しも見えず当初の緊急事態措置解除予定だった5月6日になってもどうやら映画館は開かなそうだ…ときたらもう、暴動しかない。暴動しかないだろう金もないし。金もないのに自粛なんてできねぇよなぁ政府! および東京都! そして新コロお前! お前ら! というわけで先月ぐらいに劇場公開されたばかりなのにもう配信に入ってくれた『白い暴動』を家に引きこもって観る。言葉だけは威勢が良いが自粛要請にそれなりに従う穏健派である。

感想。暴動の映画では、なかったね…。「白い暴動」知ってるよザ・クラッシュの曲でしょ。なんか黒人の暴動があったからそれに触発されて俺たちもあいつら見習って暴動やろうぜ! 警察にレンガぶん投げろ! みたいな。ジョー・ストラマーはパンクスというよりリベラルだから(そこを分ける必要もないのだが)物騒に見えて黒人との連帯の歌ですよね。暴動の祝祭性の中で様々な社会的に決められた枠、作られた概念を解体して新たな関係性を共犯的に打ち立てるというような、そういうポジティブさがある。

しかし「白い暴動」はまた別のものも指し示す。それはクラッシュの意図したものではなかっただろうが映画の舞台となる1970年代後半の英国で巻き起こった英国白人による排外運動、国民戦線(NF)である。NFとはっ! まぁ詳しい人に言わせると全然違うよってなると思いますが俺のざっくり理解だと在特会の元祖ですね。運動のやり方とかよく似てる。攻撃対象の黒人街で大胆にもデモ行進やって、嫌がらせする気満々なのに法に触れちゃいけないから団体名だけ叫んでくださいねーってデモ責任者が言うところのセコさダサさとか。

それになによりロジックが似ている。在特会は自分たちこそ不平等の犠牲者であるから在日特権(と主張されるもの)を排して平等と正義を回復しようというようなことを看板に掲げる。そこから在日韓国人の国外追放まで主張が飛躍するのだからそんなものは所詮差別を正当化するためのお飾りでしかないのだが、まそれはともかくNFにおいても黒人に虐げられ脅かされた英国白人というイメージがその非白人追放の主張の根拠となる。団結して脅威に抵抗するための街路闘争、という意味ではこれもまた白い暴動。

映画はこの2つの白い暴動の衝突を描くもので、勢力を拡大するNFに危機感を抱いた左派の若者が当時のトレンドであったパンクと共鳴しつつ立ち上げ、後にクラッシュもライブ出演なんかで協力することになるロック・アゲインスト・レイシズム(RAR)の立場からその軌跡を辿る。なんか社会派の真面目な映画だったね、思ったより全然。

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社会派の真面目な映画ではあったが堅苦しいところは少しもなくむしろたいへんポップな映像パンクな音楽、まず目を引くのはテリー・ギリアムの切り貼りアニメみたいな写真コラージュアニメで、これが全編を覆うから退屈したりすることはない。テレビ番組の映像を引用するシーンでもテレビの絵の枠に引用映像をはめ込んでいたりするからなかなか徹底ぶり。

監督のこだわりなんだろうかと思ったがこれがどうやらRARスタイルらしく、その中でRARを中心に1970年代後半からの英国での反差別運動の動向を記述しているカルチュラル・スタディーズの古典『ユニオンジャックに黒はない』を読むと、RARは硬直した言葉よりも視覚効果を重視して映画に出てきたような激しいコラージュで機関紙を埋めた。利点としてはなにやらゴチャゴチャしているが見ていて楽しい。身も蓋もないが俺なりに要約するとそうなる。

これはNFの戦略とは対を成すものであった。在特会がそうであるようにNF支持者はシンプルで硬直した言葉やイメージを好むし、排外の論理も含めて単純なメッセージこそ人々の心を掴むと信じる。こちらも身も蓋もなく一言で言えば、オタク的でダサい。一方RARカッコいい。映画の中でも『ユニオンジャックに黒はない』の中でもその点には触れられていなかったが(それが俺には無神経なマチズモと映って実はちょっと反感を抱いたところである)、要はダサくてバカな差別主義者とクールで知的でやさしい反差別主義者というわけですねぇ。

さて『ユニオンジャックに黒はない』はその構図をベースにRARの反差別実践(それは差別者の「アンチ」の立場に立つものではなく、白人と黒人が権力や制度に依らず連帯し、祝祭としての抗議活動や音楽をすることで差別構造そのものを無化してしまおうとするスケールの大きな実践であった)と、反ナチ同盟(ANL)との結託を契機とするその変容過程を描き出すが、映画の方はそこまで進まずRARとANLが手を結んでクラッシュを目玉に10万人もの集客に成功した反人種差別フェスの開催で華やかに幕を閉じる。

まぁいささか美談化しすぎというか、RARの実践の価値はわかるが、NFの関係者にインタビューをすることもなくその資料映像が流れる場面ではおどろおどろしいBGMが…というのはいかにも浅薄だし不公平でしょう。同意できるかどうかはともかくNFにだって理屈はある。それに映画はANLの主張をそのまま受け入れてNFをナチだナチだと散々罵るが、人種差別主義者であることはナチのシンパであることと同じではない。

『ユニオンジャックに黒はない』においてRARの実践を高く評価した著者のポール・ギルロイはANLがNFにナチのレッテルを貼ることでの逆説的な愛国心の再建、つまりはNFのようなゴロツキは「偽物の」愛国者であり、「本物の」愛国者は人種差別などしないとする主張が、人種も国も超えようとするRARのしなやかでラディカルな運動を結果的に減速させ、人と人との関係性や絡み合う歴史の問題であるはずの人種差別が単に政治制度や経済合理性の問題になってしまったと暗に批判する。

そのへん、この映画はあんま深く考えないのでなかなか無邪気に褒めにくくはある。でもクラッシュのライブ観れるしあんま知らないパンクバンド何組か観れたしサントラもカッコよかったのでまぁいいか、まぁいいってことにするよ在宅鑑賞とはいえ久しぶりに観た新作映画だしね。早く映画館あいてくれ。

2020/4/19:少しだけ書き足しました

【ママー!これ買ってー!】


ユニオンジャックに黒はない――人種と国民をめぐる文化政治

あー宮台真司とかが理想として語る運動論って要はこういうやつねーっていうのがこの本のRARのくだり読むとストンと腑に落ちます。腑に落ちたい需要がどの程度あるのかわかりませんが。

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