【前編】全作感想『シッチェス映画祭ファンタスティック・セレクション2021』

ホラー映画は時代を映す鏡なのだときっと世界中の知恵ある映画ファンたちが一人100回ずつぐらいドヤ顔で言って話を聞かされてる後輩などに毎回心の中で嫌な顔をされているに違いないので私はそのような愚行は致しませんがとはいえ、とはいえ! なんか今年のこの特集上映は社会風刺の濃い目に入ったやつが多かった気がする。毎年コンプしてるわけじゃないので根拠などはまったくないが、まぁでもあれかな、やっぱなんかそういう世相なのかなとは思います。どういう世相なのかは自分でもよくわからないがそこらへんはほらなんか適当に汲んで。わかるでしょほらなんとなく、コロナとかクーデターとかテロとか貧困とか新冷戦とかなんか世の中いろいろあるからさ…まぁそれはともかく!

というわけで毎年恒例の秋のホラー風物詩『シッチェス映画祭ファンタスティック・セレクション』全6作観てきたので感想ドン。まずは『呪術召喚/カンディシャ』『キラー・ジーンズ』『ゾンビ・プレジデント』から。

『呪術召喚/カンディシャ』

《推定睡眠時間:5分》

カンディシャというのは劇中の説明によれば非業の死を遂げた女の人の霊、というか守護霊とかなんかそんな感じ? だそうで、これはモロッコに伝わる伝承らしいのですがなぜかフランスの廃墟ビルの壁にその名が落書きしてありました。「カンディシャって5回言うと女の霊が現れて男を6人殺すまで帰らないらしい」「『キャンディマン』みたいな?」…確かに名前の響きが似ている。

そんなわけで週末のグラフィティ遊び於・廃墟ビルが金なし夢なし希望なしの息詰まる団地貧乏暮らし(一人はお父さんが頑張って金貯めて一軒家に引っ越し済み)の数少ない楽しみであったナチュラルにダイバーシティな団地ヤンキー少女たちの一人はカンディシャを呼び出してしまいます。未練の断ちきれない元カレに強姦されそうになったので舌か耳を食いちぎって難を逃れたものの(強い)やはりショックはでかく畜生カンディシャあいつぶっ殺してくれってなわけでありましたが6人殺すまでカンディシャは帰らない、強姦元カレをぶっ殺すだけでは済まずにその魔の手はヤンキー少女たちの友達とか家族の男に向かうのでした。

幽霊の映画だがカンディシャさんの存在感が人間的にすぎてあんまり怖いところはなく、呪い殺しのシーンもなんとなく笑ってしまうようなシチュエーションが多い。このユーモアはある程度意図的に導入されたものと見えてコメディというわけではないのだがオフビートな印象が強い。自分で呼び出したカンディシャを団地の廊下で見つけたヤンキー女がためらうことなく拳を握りその指の間から家の鍵を突き出して即席凶器を作るシーンとか面白いよね。いや慣れてるなお前ケンカに! っていうか幽霊って知ってるのにケンカするつもりなのかよ!? みたいな。男の欲望を汲んでかおっぱい丸出しになったカンディシャがサウナ内でちょっと「おっ?」ってなってる男を呪殺(物理)するくだりとか、幽霊なのに人体を真っ二つに引き裂いてゴアく殺すくだりとか、そういう変なシーンの数々が楽しい。

でも物語の背景にあるものはちょっとだけ真面目で、様々な人種や宗教が混じり合うことなく共存するフランス貧乏団地住民の異文化や移住者に対する警戒心であるとか、その場所に元々何があったのかわからないことに根を持つ団地新住民の場に対する不安をカンディシャは体現する。どうにもスッキリしない結末を迎えるのはそれがそこに住んでいる限りは取り除くことのできないものだからで、その意味ではアホっぽくも社会派の映画なのです。

『キラー・ジーンズ』

《推定睡眠時間:0分》

アホっぽくも社会派といえばこの『キラー・ジーンズ』。『アタック・オブ・ザ・キラートマト』に端を発するさまざまな食べ物や家具などが人間に襲いかかる『キラー○○』シリーズの(シリーズではない)最新作はそのまんまジーンズがナメクジみたいにズルズル床を移動してつい履いちゃった人間のウエストを限界まで絞って引き裂いたりする映画で、そんなあらすじから誰が社会派要素を想像できるのかと思うが、最近の映画でいえば『グリード ファストファッション帝国の真実』でも描かれたファストファッション業界批判がテーマとなっている。

具体的には安く買い叩いた途上国の生産地の劣悪な労働環境や児童労働を放置する管理責任放棄、それにも関わらず制度を脱法的に悪用したフェアトレード認証でブランドイメージを強化するマーケティング手法、そんなことなどお構いなしにフォロワーと広告費ほしさに扇情的なブランド宣伝を行うモラルなきファッションインフルエンサー、などなどが槍玉に上げられる。細かいところでは店員は自社製品を着て接客をしなければならないが購入は自費で店員割引もなんだかんだ言い分されて適用してもらえない…とかこれ監督か脚本家はバイトしてたろ学生時代に、なんかカナダのユニクロみたいなところで(※カナダ映画)

というような風刺映画なので殺人ジーンズの大暴れを期待すると物足りなさがあるが、インド産なのでボリウッド映画の音楽を聴くとついつい踊り出しちゃうジーンズ、ジーンズのくせに人語を解してかなり長い文章をマネキンなどを使って壁に血で書くジーンズ、そんなジーンズに同情してボリウッド音楽を聴かせながら説得を試みるヤングウーマン店員たちなど、なんだそりゃなシーンたくさん。適度に血が出てしかも笑えてそのうえ社会勉強もできる、キラー映画史上屈指の偏差値の高さを誇りつつ、でもあくまで安っぽいファストにお得な映画でした。

『ゾンビ・プレジデント』

《推定睡眠時間:0分》

これはもうなんだかすごい。風刺映画というよりも政治アジテーション映画で、それは冒頭に出る「ドライアイだったりこれを観て人を噛みたくなっちゃうような人は上映中目をつむっていてくださいね。(大統領任期の)四年間ずっと目をつむるよりは簡単でしょう」のテロップと公開年(2020年8月)を見るだけでも明らかすぎるほど明らかだ。2020年は台湾大統領選挙で独立派の蔡英文が再選を果たした年であり、言うまでもなく新型コロナの年でもある。

劇中のゾンビは台湾にほど近い超大国が金に物を言わせて台湾に立てた化学工場的なものから漏れ出した新型狂犬病ウイルスであり、映画の最後で登場人物の一人が「我々の作ったウイルスのワクチンは世界のみなさんに無償で分け与えようと思います」と発言するや委員会に出席していた議員たち「国益を損ねるのか!」と超大激怒。名前こそ出ないが中国に対するあてこすりがあまりにも超ドストレートである。顔に悪役と書いてあるような細野豪志と小沢仁志をミックスした感じのチンピラ議員は親中派で「これが外交なんですよ~?」と強引に化学工場的なものの建設計画を推し進め…しかし、すごいのはその超ドストレートな対中国ジョークではない。

水やら食いもんやらが飛び交う台湾議会の騒がしさは良くも悪くも台湾政治名物として広く知られているが、そんな台湾議会で議員どもがみんなゾンビになってしまったのでもう大変、とにかく暴れるわ暴れるわで全員が『霊幻道士』の一作目ラストに出てくる最強キョンシーのレベルで所狭しと暴れ回るが、一方襲われる側の人間議員なども台湾バトル政治を生き抜いてきた強者たちなので怯むことなど一切なくプロレスで応戦! 飛び交う怒号と血しぶきで議場がまるで『ブレインデッド』みたいになってしまう!

議会がルール無用なんだから映画が律儀にルールを守る必要もないだろってなわけでやりたい放題もいいところ、なぜか建物全体を包囲する鋼鉄の隔離壁とグーグルアシスタントで起動する爆破装置の設置された議場、議場の地下にあって親中派のチンピラ議員が水着のチャンネーをはべらせているジャパニーズ風呂、唐突に挿入されるゲーム風の体力ゲージにバトルコマンド、『ジョジョの奇妙な冒険』の各回最後のページに描いてあるあれ、『悪魔の毒々モンスター』と化す親中派チンピラ議員、謎に差し挟まれる商品宣伝、大事なところで急にカラオケしかも歌詞テロップ付き!

最初から最後まで明確な中国disで一貫しているがここまで好き放題に遊ばれると笑うしかないので政治的な臭みがなくて良い。無秩序上等な台湾プロレス議会を徹底的に茶化した映画でもありますしね。やっていることは徹底的にバカでもその眼差しはあくまで冷静かつニュートラルで、蔡英文が大人気の国はさすが女性が強く主人公の女性元議員メーガン・ライも失礼な報道陣連中を『ファイナルファイト』の市長ばりにプロレスで始末してしまったことで失脚したというすごい設定、ジェンダー観などもニュートラルに洗練されているわけです。

政治や社会が行き詰まった時に必要なのはバカに狂うことでも冷静に落ち着くことでもなくこんな風にニュートラルにふざけ倒すことなのではないだろうか。新型狂犬病ウイルスから台湾を救うべく全編ブチキレながらゾンビを(そして政局を)プロレスでやっつけていくメーガン・ライたちの勇姿とバカを目に焼き付けて、暗い世相を突き破れ!

続き→【後編】全作感想『シッチェス映画祭ファンタスティック・セレクション2021』

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