生類憐れまない映画『ジョン・ウィック:パラベラム』感想文

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《推定睡眠時間:15分》

前作のラストから直で続く続編らしかったのでそのためか本編開始前にこれまでのジョン・ウィックをおさらいする1分くらいのダイジェスト映像が付いていたのだが、これがはじめてのジョン・ウィックという俺にはジョン・ウィックがいっぱい人を殺したということと前飼ってた犬が死んで新しい犬を飼い始めたということしかわからなかったのでなんの話だか掴めないまま本編に入ってしまった。

これダイジェストになってるのだろうか。DIEジェストなのは間違いないがいやそういうことじゃないだろダイジェストって。犬が死んでその何十倍もの人が死んだことしか伝わんないじゃないですかこれじゃあ。前2作合せて4時間弱もかけて犬と人の死に様しか描いてないってことはないだろう。そんなシリーズがあるものかよ。そう思いながら観た『ジョン・ウィック:パラベラム』は131分も尺使って人が死ぬところしか描いてなかったですすいません。そんなシリーズがあったんですね! 世界は広くて馬鹿だとおもった。

まったくすさまじいことになっているな。最初の方で図書館に入ったジョン・ウィックがガコンガコン書架に身体をぶつけながら追っ手(なんで追われてるのかも知らないがどうでもいい気もする)の殺し屋をぶっ殺すのを見て図書館で暴れるなよ大事な本いっぱいあるのに! と思ってしまったぐらいピュアーな人間だからこの世界は未知すぎた。
すごいなぁ、街の人はみんな殺し屋で殺し屋政府みたいのがあって殺し屋証券取引所みたいのがあって殺し屋国連みたいのがあってどこかの砂漠には殺し屋王国みたいのもあってまるで殺し屋のディズニーランド、殺し屋の『ハリー・ポッター』みたいだ。

警察とかなさそうだしあっても意味なさそうだから平均して1分に1人くらいは人が殺されるが誰も気にしないしニュースとかにもならない。逆にその世界でよく殺し屋稼業成立するなと思うがなんかジャングルの部族社会みたいな感じで殺しが社会生活の一部になってるんだろうたぶん。知らないけどきっとこの世界の小学校では運動会で徒競走の代わりに屠競争をやっていたり一番多く人を殺した人が大統領とか総理大臣になっているに違いない。むかし『危ない一号』で村崎百郎が書いていた殺人オリンピックも当然あるだろう。すごいや『ジョン・ウィック』。天才。

…そんなことはないかもしれないが『パラベラム』からジョンにウィックした人にはそう見えるから。これが当たり前に見えてしまっている君たちジョン・ウィッカーはやばいからな。君たちは楽園を見ているかもしれないがその君たちはぼくの目からはドラッグでハイになってヨダレ垂らしながらニタニタ笑ってるこわい人に見えるから! 良い意味でね! うん、良い意味で!

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それにしても節操のない映画だ。蛍光照明がギラギラと照らし出すサイバーパンクっぽい雨に濡れた夜の都市風景を見てむかしむかし誰かが石井隆の『夜がまた来る』をそう呼んだネオ・ノワールの語が主人公が救世主ネオであったキアヌ・リーヴスだけに頭に浮かんだが、かと思えば殺し屋証券取引所のコンピューター・システムは超旧式でレトロフューチャーの意匠、そこは聖域に指定されているので殺しは厳禁ということでジョン・ウィックがドロケイの要領で入口の階段にタッチして難を逃れるコンチネンタル・ホテルの支配人室は全面ガラス張り二層構造の中に鎧展示コーナーがあって壁一面に広がるモニターは謎のイメージビデオを流し続けていて…すごい変でしょ! って言うつもりでこれ書いてますけどジョン・ウィッカーにとってはいつもの光景なのだろうから逆に俺がおかしいのかと世界が揺らいでしまうな。しかしまあともかく、俺にとっては衝撃的な異世界っぷりだった。いや、みんなにとっても衝撃的な異世界だと思うんですよ俺は…ジョン・ウィッカー以外のみんなにとっては…。

なにはなくとも人を殺せば映画はおもしろい、という高尚な映画哲学によりそんな狂った世界でキアヌとハル・ベリーと犬が131分ものあいだ殺しても大丈夫な殺し屋連中をスコアアタック感覚で手を変え品を変えステージを変え殺し続ける。とにかく色んな殺し合いが見られて良い。『ザ・レイド』とか『スカイライン/奪還』の(そして三池崇史『極道大戦争』の)ヤヤン・ルヒアンが外山恒一みたいなラスボス前の噛ませマッドドッグ出演なのだから豪華な映画だ。どこまでも節操がないのでコリアン・アクションを塗り替えた2017年の衝撃映画『悪女/AKUJO』のバイクチェイス殺陣ももちろん導入。『ファイナルファンタジーⅦ』でミッドガルを出る時のクラウド気分になれます。そういえばコンチネンタル・ホテルもどことなく神羅カンパニーの本社ビルっぽく見えてきたぞ!

ああおもしろい。かっこいい。一発撃ったら死んだ扱いとかにしないで必ずトドメを刺したりする絶対殺す感がイイっすね。いま『ジョーカー』という貧乏な人が酷い目にあって怒る映画が人を犯罪に駆り立てかねない危険な反道徳映画として全米で騒がれているそうですがこっちの方が遙かに反道徳映画だとおもうよ俺は。『ジョーカー』5人ぐらいしか人死に出ないしそれも全然楽しそうに殺してなかったなかったですからね。『パラベラム』なんかみんな超嬉々として人殺してるじゃないですか。殺人事件100件ぐらい出てきてその全部が超たのしそうってやばいでしょ。逆に『ジョーカー』観に行ってるようなやつは健全の極みですよ。

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グラフィック・ノベル的なテロップ遊びはおそらくゼロ年代のアメリカン人殺し映画にプチ革命をもたらした殺人監督ティムール・ベクマンベトフの『ナイト・ウォッチ』に影響されたものだろう。テロップに限らずゲーム的な遊び心に溢れた殺しとファンタジィィィックに多彩なステージ構成、技巧を凝らしたテクニカルなアクションシーン構成とか軽快なテンポもとってもよく似ている(ベクマンベトフ監督作かと思ったぐらいだ)

たのしいアクションと殺しでいっぱいのベクマンベトフの映画の底にはその見た目の楽しさに反する強い体制不信とニヒリズム、疎外された人間の切なさが横たわっているが、そういう暗さは少なくとも『パラベラム』には見られない。
代わりにあるのは仁義であった。こんな馬鹿みたいな映画に仁義もクソもあるかという気もするがあるのだ。おもえばキアヌ・リーヴスは仁義を重んじる役者であった。このあいだの全然おもしろくなくて辛い『ブルー・ダイヤモンド』でも愛と職務と仁義の間で揺れ動いてセックスしまくっていた。『マトリックス』でスタントマンをやってくれたタイガー・チェンにはその恩を返すべく(想像ですが)チェン主演のカンフー映画を自分で監督したほどだ。トンデモ忠臣蔵『47RONIN』にも出ているのだからそのフィルモグラフィーは渡世の足跡といってもよい。

キアヌ演じるジョン・ウィックは行く先々で二者択一の選択肢を突きつけられる。誰を殺すか、何を守るか、守るとしたらそのために誰を殺さなければならないか。『パラベラム』は信じるものを失ったジョン・ウィックが再びなにかを信じようと、仁義なき世界で仁義を求めて死体の山を築いていく自分探し映画であった。通常は出現しないが会話でフラグを立ててから砂漠に入ると一定確率で出現する殺し屋王国でエンコを詰めたジョン・ウィックの姿にジーンとしながら、俺は思った。なんて迷惑な自分探しなんだろう。『パラベラム』、たぶん世界で一番ひどい自分探し映画であった。

あとエンドロールの最後には現代どうぶつ映画に必須の「撮影に際してどうぶつには危害を加えておりません」の一文が入りますが、人が犬をどうにかするシーンよりも犬が人を噛み殺すシーンの方が圧倒的に多かったので、むしろ「撮影に際してどうぶつは人に危害を加えておりません」を入れた方がよかったんじゃないかとおもう。何人か金玉食われてないか心配。

【ママー!これ買ってー!】


魔剣爻

『魔剣爻』実写化したらたぶんこんな感じなので『ジョン・ウィック』が好きな人は買って下さい『魔剣爻』。

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