なぜ銃撃戦をやらないのか映画『クライム101』感想文

《推定睡眠時間:3分》

『クライム101』とかジム・トンプスンの『ポップ1280』みたいなタイトルだがこれだと内容がよくわからない、このタイトルの意味するものはアメリカの国道101号線沿いで起こる犯罪(強盗)ということなので、俺だったら『110番街交差点』という傑作犯罪映画のタイトルも念頭に置きつつ『強盗街道101』にしたいところだ。うむ、このタイトルならきっとダサいと判断されて誰も映画館には来ないだろう。といって『クライム101』もそう訴求力のあるタイトルではないと思うが、映画の邦題とは簡単なようで案外難しいものである。

その『110番街交差点』はニューヨークの110番街交差点でいろんな人種や組織が入り乱れる東映実録路線にちょっと近いようなところのある映画なのだが『クライム101』もLAの101号線で様々な人々の運命が交錯する。主人公はクリス・ヘムズワース演じるなかなか凄腕の宝石強盗、悪党とはいえ血を流さないことをモットーとしているらしくかなりの窮地に陥っても銃は使わない。こいつを使っている親玉がニック・ノルティなのだが、どうもクリヘムが強盗稼業から足を洗いたがっている気配を察知したノルティは血気盛んな若者バリー・コーガンを招聘してクリヘムの代わりに宝石強盗をさせつつクリヘムの監視をさせる。

そんな内部事情など知ったこっちゃないのが刑事のマーク・ラファロ。いかにも叩き上げのラファロはクリヘム強盗逮捕に執念を燃やしすぎて出世街道から外れてしまうが、その代価として着実にクリヘムに迫っていく。一方そのころ、101号線沿いを仕事場とする金持ち向けの保険屋ハル・ベリーは仕事ができないわけでもないのになかなか出世ができずに悩んでいた。最後の仕事のためにハル・ベリーに接近するクリヘム。そこにコーガンとラファロも引き寄せられて、ついに運命の対決のときがやってきた……。

なかなか面白い映画だったのだがこのあらすじから渋谷の若者8億人に聞けば8億人が「やっぱり最後は銃撃戦ですよね! ジョン・ウーとかジョニー・トーみたいな!」と答えるに違いないクライマックス、なんと銃撃戦が起こらなかったのでびっくりしてしまった。起こったことを書けばネタバレだと思うがこれは起こらなかったことだからネタバレにはならないだろう。銃撃戦、起こりません。なぜであろうか。ここまでお膳立てをした上で銃撃戦をしないのだとすればあえてのことだと解釈するのが合理的だが、あえて銃撃戦を回避するという判断は文明人として理解に苦しむところである。われわれ文明人は因縁ある男女が宝石や大金を巡って犯罪映画のクライマックスで一同に介したら全員が建物が崩壊するまでひたすら銃を撃ちまくるのが常識であると香港映画から教えられたものだが、もしかして野蛮なるアメリカ映画人は教育でそう教わっていないのだろうか?

銃撃戦の代わりに用意されていたのはなんかイイ話風のオチであった。みんないろいろあるけどいろいろ抱えて生きていくんだねぇ、みたいな。結構なことだが、たとえばジョニー・トーの『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』とかジョン・ウーの『狼/男たちの挽歌・最終章』とかソイ・チェンの『ドラゴン×マッハ!』とかクライマックスで激烈な戦いがあった後にみんないろいろあるけどいろいろ抱えて生きていくんだねぇのイイ話パターンに無理矢理持っていくことだってできるのだから、イイ話に着地させたいというのは銃撃戦をやらない理由にはならないだろう。

いろんな人が出てくる映画である。上に書いた意外にもクリヘムが道端でナンパした女の人とかラファロの同僚の汚職刑事とかがわりあい重要風なポジションで出てくるのだが(しかしいつのまにか物語からフェードアウトしていた)、たかだか2時間ちょっとの上映時間にそんなさまざまな人の人生を描き込もうとしたら当然ながら無理が出てくる。その無理を誤魔化してなんだか知らんが大団円感を醸し出してしまう映画のマジックこそが銃撃戦なのではないだろうか。ジョン・ウーの『男たちの挽歌Ⅱ』なんかハッキリ言ってストーリーはムチャクチャである。しかし、ラストにとんでもない大銃撃戦が巻き起こることで、なんだか知らんがこう、いろんな人の生きた証がスクリーンと観客の網膜にしかと刻まれて強制的に納得させられる感じがあるのである。

そうした仕掛けがこの映画にはないのだから散漫な物語は一点に収束せず散漫かつ未解決のまま終わってしまったという印象が強い。せめて強盗親玉のニック・ノルティには誰かがケジメをつけさせるべきだったと思うし、ノルティの側から『狼/男たちの挽歌・最終章』みたいにクリヘム絶対殺す軍団を差し向けても良かったと思うのだが。おそらくマイケル・マンの『ヒート』をネタ元としていると思しきこの『クライム101』だが、俺は『ヒート』よりもそのセルフリメイク元となったマイケル・マンのテレビ映画『メイド・イン・LA』の方が追う者、追われる者、そして宿命の銃撃戦、という感じでシンプルかつ力強い映画になっていて好きである。それでも『ヒート』は銃撃戦の物量で『メイド・イン・LA』を超えているので傑作だが、『ヒート』から銃撃戦を抜いたような『クライム101』は『ヒート』の悪いところばかりを引き継いでしまったように見える。

面白いか面白くないかで言えば面白い犯罪映画には違いないのだが、起承転結の結の部分がやはり弱い映画だったのではないかなこれは。実生活では決してできないしするべきでもないからこそ映画には銃撃戦が必要なのである。アメリカの公教育に携わる人たちはぜひともそのことを肝に銘じ、銃犯罪はあまりにも悲惨でいいことひとつもないのでさっさとアメリカは銃所持を法律で禁止しろと叩き込みつつ、アメリカの子供たちに義務教育として『男たちの挽歌Ⅱ』や『メイド・イン・LA』を見せるべきだろう……!

※「早く銃おろせよー! おーろーせーよー!」と地団駄を踏むバリー・コーガンはこの映画最大の必見ポイント。あとハル・ベリーは気品という意味ではヤング時代よりも増している絶世の美しさであったのでこの人を重役にしない無能すぎる保険会社は俺が大金持ちなら鉄球で粉砕していると思います。

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