歌舞伎町ヤクザなんかつまらない映画『初恋』感想文

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《推定睡眠時間:0分》

映画好きな人は語りたがる映画なんだろうなと思った。なにせ切り口がいろいろある。まずですよ、“三池崇史初のラブストーリー”が謳われてますけれども、じゃあ『殺し屋1』とか『46億年の恋』はラブストーリーじゃなかったのかよっていうね。そこがもう映画好きの語りポイントですよ。映画はじまってないのに売り文句で語らせる映画! もっとライトなところでもポスターに写ってるバールのようなもの装備のベッキーがやべぇとかついつい語りたくなってしまうのだからすごい話題性というか、ネタ性。興行は水物と言いますが観る前から客にあーだこーだ言わせるってもう、映画として勝ったも同然だよね。

なのになんなんですかこの客入りは! おかしいだろう! びっくりしたよ! どういうことなの! 新型コロナなの!? これが新型コロナの影響!? 怖くない新型コロナ!? やばくない新型コロナ!? でも他の映画は満席だったりするのもあるしなぁ! レイトショーだから人少ないのかなぁとも思いましたがレイトショーって言っても土曜のレイトはハンデにならないだろ普通! 半分! いや半分も入ってなかったよ! それもキャパ100席ぐらいのシアターで!

そもそも上映館、少ない。めちゃくちゃ少ないわけではないけれどもわりと少ない。配給が東映なので東映系列の映画館とかだとやってますが、一年くらい前から映画館で特報とか流れてたのでそれはもうこの春の邦画超大作みたいな、なんならもうライバルは映画ドラえもんだろぐらいな規模でロードショー公開するのかと思っていたが…なんなんだろうなぁ、ヤクザ映画に劇場側が難色示したんすかねぇ。まぁ確かに日本が誇る世界の巨匠・石井隆改心の一作であったヤクザ映画『GONIN サーガ』もぶっちゃけ全然映画館に人いなかった。

今をときめく東出昌大、桐谷健太、土屋アンナに柄本佑…キャッチーな顔ぶれとはちょっと言いにくいが若手スタアが何人も出ているのは間違いないし、そのうえおそらく石井隆史上最大のヒット作のはずの『GONIN』の直接の続編とくれば、これはもうお客が来ない方がおかしい、むしろ来ないとしたらお客の方が悪い…とすら言いたくなるが現実は貸し切り鑑賞であった。いったいどうして。やっぱ宣伝が足りてなかったんだろうか。

それなら救いもあろうと思うが頭に浮かんでしまうのは絶望的な仮説である。みんなヤクザ映画を観たくない。み…みんな…今の人は…実はみんな…ヤクザ映画が観たくない! キーボードを叩く手が震えている。シャブを抜かれたせいではない。あまりのおそろしさに震えているのだ。そんなバカな。そんなことがありえてよいのだろうか。よくないと言いたいが現実は非情である。

『初恋』はまだ公開二日目だからこれからどうなるかわからないとは一応言っておくが、『AI崩壊』なんかより断然面白いし熱の入り方が違うし社会的な意義もあった同じ入江悠監督の『ギャングース』もシネコン公開の原作もの話題作であったのに客席スカスカだったので、やっぱ観たくないんじゃないかなぁ、ヤクザとかギャングとかそういうの。

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映画好きな人は観るんだろうが。映画好きな人は喜んでヤクザだギャングだ抗争だみたいな映画観に行くと思いますが、年に一回映画館行くか行かないかみたいな健全なる一般の人はですね、なんか、どうも、思うに、考えたくないが、地べたを這いずり回る汚れた人たちのお話なんか求めてないらしい。かなしい。かなしいなぁこれは。『仁義なき戦い』を観れば日本戦後史の一側面が学べますし、『沖縄やくざ戦争』を観れば戦後の沖縄の混乱とか重層的な差別構造とか人の男性器を切り取ったらめちゃくちゃ恨まれるとか学べますから教養ですよこれは。ヤクザ映画を放棄するみなさんは教養も放棄してるんですよ!

なんだい現実だってヤクザ映画みたいなものじゃないか。ヤクザみたいな国会議員はいるしヤクザみたいな会社経営者はいるしヤクザみたいな、いやむしろヤクザよりも場合によってはタチの悪いレイシストの集団だっているじゃないか。表面的にはうつくしい我が国ジャポンだってうつくしさを取り繕うのがうまくなっただけで、一皮剥けばやれ振り込め詐欺だ女性差別だ技能実習生搾取だとドロついているではないですか。

現実がクソだから映画ぐらい夢見たいよねぇ…というのもまた真理なのかもしれないが、おいしいからとお菓子ばかり食べていたら健康を損ねるに決まってる。ちゃんと栄養を考えてあんまり好きじゃない野菜だって食べないといけないでしょうが! それが大人ってものでしょうが! 失望したぞ! そういう態度を取ってるからダメなんだ! そういう現実逃避が社会をダメにしてるし巡り巡ってみなさん自身の私生活をダメにしてるんですよ!

じゃあ三池崇史の新作ヤクザ映画を観たら社会が良くなるかと言ったらそんなことは全然ないよね。うんわかってる。ぼくそれわかってるんです。でもちょっと混乱しちゃったからね。今の時期的に満席の映画館はそんなに好ましいものではないが、それでも俺は三池崇史の新作ヤクザ映画を公開初週の土日くらいは満席の映画館で観たかったんだ。しかもだよ、つまらないならそれでもまぁしょうがないかという気にもなりますが、三池の中ではそんなに突出した出来ではないとしても手堅く面白い映画だったからね、『初恋』。

悪ふざけをあまりしない手堅く面白い三池ヤクザ映画がこの客入りなわけでしょ。しかもラブストーリーを強調してヤクザ映画を観なさそうな層にもちゃんと訴求して。いやそれはもう客が悪いよ。客が悪い。客かもしくは新型コロナだね。混乱のあまりさっき書いたことをまた書いちゃった。もうダメだ。もうダメだが、内容に一切触れずにここまで語らせる『初恋』はさすがである。いい加減に中身の感想を書こう…。

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路線としては三池の出世作となった『新宿黒社会』。お互いに交わらず比較的平穏を保っていた歌舞伎町ヤクザと歌舞伎町チャイニーズ・マフィアの関係が歌舞伎町ヤクザ若頭の出所を機に緊迫化、折よく大規模な覚醒剤取引を控えていた歌舞伎町ヤクザの頭脳担当はこれに乗じて覚醒剤を強奪しようと目論んで悪徳刑事を計画に引き入れる。そこにたまたま巻き込まれてしまったのが余命いくばくもない孤児のボクサーとシャブ漬けで売りに出されていたヤミ金親父の娘で…という感じ。

面白いところは色々あるが何はともあれ悪徳刑事の大森南朋だ。大森南朋と三池崇史といえば『殺し屋1』。R指定上等映画ゆえ知名度的にこれが出世作となったかどうかはわからないが大森南朋はその頃まだ駆け出し、泣きながらのかかと落としで人体を裁断するタイトルロールを演じて演技者としてのターニングポイントにはなったのではないだろうか。いやなろうがならなかろうが、観た人間に強烈な印象を与えたのは間違いない。その大森南朋が! フィルモグラフィーを見渡せば実はちょいびちょび帰省していたっぽいが三池の召集令を受けて再び歌舞伎町の地に降り立った!

あの頃は気弱で純粋で泣き虫だったのにすっかりやさぐれましたなぁイチくん。悪徳刑事が「俺も昔は…」って言いかけるところ、グッときたね。そうだよね昔は気弱で純粋で泣き虫で女が過酷DVを受けているのを覗き見しながら興奮してしまうサディストの変態人殺しだったよね! それがこんなにつまらない大人になりました! 原作版『殺し屋1』のエピローグでも歌舞伎町に入り浸っているうちに変態殺し屋から普通のキャバクラ通いの若者になってしまったイチくんが描かれていたが、いやまったく歌舞伎町は人をつまらなくするね!

そうだ、歌舞伎町はつまらない。歌舞伎町の巨匠的に扱われることも多い(多いか?)三池崇史だがその作品を観るとむしろ歌舞伎町ライフスタイルに否定的である。歌舞伎町に住んでいると町の論理ばかり身について、世渡りばかりうまくなって、なにも新しいことは起きないし、なにも面白いこともない。『新宿黒社会』からはじまる三池崇史の『黒社会』シリーズはすべて歌舞伎町裏社会からの脱出願望を描いたものなのだった。

邦画史上に燦然と輝くバカオチで知られる『DEAD OR ALIVE 犯罪者』と最終的には近未来ロボットSFと化すそのシリーズ作も単なるバカとか悪ふざけと言えないこともないが、これも、三池の歌舞伎町映画に一貫して流れる脱出願望を思えばその極端な形として捉えることができるんじゃないだろうか。
三池の歌舞伎町映画がいかに露悪的な描写に満ちていても(『初恋』ではそのへんかなり控えめである)爽やかな読後感を残すのは、それが明確に嫌なもの、悪いもの、逃げたいものとして描かれているからなのだ。

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という意味で『初恋』はきわめて三池的な映画だった。主人公のボクサー窪田正孝も彼と出会うシャブ漬け嬢の小西桜子も歌舞伎町以外に行くところを知らない歌舞伎町に囚われた人間である。『漂流街』という傑作もあるように行き場所を失った流れ者の吹きだまり、というのが三池崇史の歌舞伎町観だが、およそ三池映画らしからぬ普通の(可哀想な)つまらない人な窪田正孝&小西桜子はそれを逆説的に体現する。

窪田&小西のプラトニックな自分探し新宿デートはその裏で繰り広げられている歌舞伎町ヤクザの抗争なぞどこ吹く風の牧歌ムード。緊張感を欠くとか流れを遮ると言えばまったくその通りだと思う。だってヤクザの殺し合いとか嫌だもの、っていうのが三池の歌舞伎町映画なんだからそれはそうです。

そこ、ちょっと泣けたよな。ぶっちゃけこの映画の歌舞伎町ヤクザの抗争つまらないんですよ。ガワだけ残して中身は空虚、ドンキファッションで鈍器を振り回すヤンキーベッキー(これは最高)の乱入で辛うじてテンションを保っているが、基本つまらない人間がただつまらなく化かし合って殺し合ってるだけだし、大森南朋も染谷将太も塩見三省もそれっぽい役を嘘っぽく演じるだけのパターン演技、まるで製菓工場のラインに乗ったクッキーみたいな悪人である。

でもそれでいいんだ。歌舞伎町ヤクザなんて実際は大して面白くないんだよ、というのはやくざ(ヤクザではない)に憧れて歌舞伎町に流れ着いた中華料理屋の中国人の台詞でダイレクトに語られるわけで、その点ではヤクザ映画に興味を示さない今の観客の目線に近いところから撮られたヤクザ映画とさえ言える。これはなかなか歯がゆい。ヤクザなんてどうでもいいよっていう映画を撮ったらヤクザなんてどうでもいいよっていう観客からそっぽを向かれてしまった。そういう人のための映画なのに…。

三池の歌舞伎町映画といえばカオティックな編集が酩酊感をもたらすオープニング・シークエンスが特徴だが、トライバルビートに乗せてボクサー窪田正孝のトレーニング風景、試合風景、路上での首チョンパ、歩く首なし人間、などなど歌舞伎町の日常を積み上げていく冒頭に今回も気分は高揚。そこが本筋というわけではないのだが試合の場面もきっちりと迫力たっぷり臨場感たっぷりに撮っているのがすごい、単純にボクシングの映画としても成立しそうな感じである。窪田正孝もめちゃくちゃボクサーの身体作ってるしね。いや本当にそこらへんのボクサーに見えるんだよ窪田正孝。

で、じゃあアゲアゲで行くのかといったらそうはならない。むしろ窪田&小西パートはのんびり系というのは先に書いた通りだが、その結末も「ここでエンドロールに入れば最高に盛り上がるのに!」っていうポイントをあっさり通過してダラダラ続くのでなんだか肩すかし。
肩すかしではあるのだが、でも沁みたねぇそこが。人生はドラマティックに終わってくれない。歌舞伎町の中でも外でも結局はつまらない日常があるばかり。その日常をちゃんと生きようとすることの大変さ。

なんでもない日常をちゃんと生きようとする市井の人々に向ける三池の眼差しは優しい。あるいはなんでもない日常を与えられなかった人間がなんでもない日常を取り戻そうとする姿に向ける三池の眼差しは。目に光のない窪田正孝、こんなところにハマるとは思わなかったベッキーがハマり役、歌舞伎町をダッシュするブリーフ一丁マン、どこか気の抜けたシナリオが逆に味、後半の乱戦は少しだけ『殺し屋1』風味で、慎ましくもうつくしいラストは三池の歌舞伎町映画らしからぬハッピーエンド。
良い映画だったよ、『初恋』。

【ママー!これ買ってー!】


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三池の黒社会三部作はどれも傑作だが比較的陰の薄いこの2作目は『初恋』の窪田&小西パートと共通するところも多く、『新宿黒社会』と『日本黒社会』をミックスしたような映画が『初恋』と言えるかもしれない。

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