一攫千金大激走映画『走れロム』感想文

《推定睡眠時間:0分》

主人公の半ストリートチルドレン・ロムとその友人でも商売敵でもあるような少年フックがわずかばかりのカネを巡って死に物狂いでスラム街を駆けずり回っているうちに原チャリと自動車で溢れかえる大通りに出てしまう場面があるのだがそこからの展開に思わず目を疑った。少年二人、歩道も信号もねぇ交通量ガンガンの車道にそのままダッシュで飛び出して車と車の間を縫って走りながら車道の真ん中で取っ組み合いを演じて交通を止めてしまうのである。そんな予算のある映画にも見えないのでおそらくゲリラ撮影だと思うのだが大丈夫なのかそれは、色んな意味で。

まったくタダモノじゃねぇなこの映画は。だって本編が始まる前から既に尋常じゃなさ出てるからね。ベトナムの労働者の間に蔓延してるらしい闇クジ、これはまぁ国がやってる宝クジの当選番号下二桁を当てるノミ行為みたいなものなんだそうですが、この映画はベトナムの社会問題となっている闇クジを扱ったものですと日本オリジナルの解説テロップが本編前に付く。へー配給さんずいぶん丁寧な仕事をしてくれているなーありがとうと思っていると日本オリジナルのテロップはまだ続き、曰く「これは当局の検閲によりいくつかカットされたバージョンです」。俺そんな文言の本編前テロップ見たのたぶん『ネクロマンティック』か『死の王』以来だと思う。

ベトナムについては社会主義国であることと『地獄の黙示録』の舞台になったところという壊滅的な知識しか持たない俺なので果たしてどのへんがカット対象になったのかは知るべくもない。しかしどんなシーンであれ検閲フィルターに引っかかったという事実そのものが暗に一つの答えを指し示している。何か体制にとって都合の悪いところがあったんである。それが道徳的なものなのか、体制に対する異議申し立てなのか、あるいは特定の政治的な事柄の描写や解釈なのか、といったことはわからない。闇クジの書い手と売人と仲介人は出てくるが胴元は一度も姿を現さないといういささか不可解な展開を思えば穿った見方もしてしまうが、政治の絡む話なので憶測で物を言うのは控えておく(ネット紳士なので)

(2021/7/26 追記:これを書いた後でパンフレットを読んだら具体的な削除箇所とそれについての監督のコメントが載っていた。このパンフレットは研究者やジャーナリストによる映画の背景が分かる論考5本、闇クジ解説、推薦コメントと四コマ漫画、監督インタビュー、更にはシナリオ採録まで掲載されたガチ仕様の骨太パンフレットなので、見かけたら買っておくことを超推奨)

俺が言いたいのはどこがカットされたかとかではなくてこの映画が検閲に引っかかるぐらい強烈な映画だということなのです。強烈ってエロがすごいとかグロがすごいとかじゃないですよ。だってエロもグロも皆無だもんこれ。まぁカットされてそうなった可能性もゼロではないですけど、シナリオ的にもトーン的にもその可能性はあまり考えられない。なにが強烈かというと毎日が生きるか死ぬかの瀬戸際で誰も信用できずインチキ呪術と闇クジに頼るしかない主人公を含むスラム街の住民の生活描写がものすごい。

少なくともこのカット版を見る限りでは直接的な体制批判などは出てこない。けれどもその壮絶な貧困生活からは体制への絶望的な怒りをどんなに目をそらしても感じ取らざるを得ないし、矛先さえ変われば一気に革命へと向かうような爆発的な民衆のエネルギーもそこにはある。俺が検閲官でもやはりこの映画は危険だと判断しただろうと思う。ある意味ではもっとも政治から遠いものをテーマにした映画であるにも関わらず、この映画は政治的爆薬なのである。

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で映画本編が始まるとスラム少年ロムがもう走る走る走る、迷宮の如く入り組んだスラム街とアーケード的な雑居ビルをタイムアタックかというぐらい爆走しまくって闇クジやカネをあっちからこっちへとデリバリー、ガサ入れに来た警官を見ては逃げ逃げ逃げ、クジが外れればスラム住民たちから殴られ殴られ殴られ、人が群がり群がり群がり、と口あんぐりのハイテンション。やがてそこに商売敵のフックが混じってくるとこの人はパルクールの使い手なので爆走も縦横無尽、スラム人間模様もそれを臨場感たっぷりに捉える手持ちカメラの映像も更にテンションを増してその混沌っぷりに気分が高揚しっぱなしである。

クジが外れて運び屋が殴られるのはおかしいだろう、と思われるかもしれませんがロムは孤児としてこの街にやって来た時に偶然当選番号を当ててしまって以来の的中屋でもあり、闇クジを買う駄賃と予想した番号で闇クジを買った人が当たった時の予想料の二本柱で生計を立てている。クジに予想も何もないと思うのだがこのスラムの人々は生活が苦しすぎて一発逆転のためにおまじないとかに頼っているのです。そのため的中霊媒師なる怪しい稼業まで成り立っており、スラムで誰かが死ぬと医者よりも前にそいつが呼ばれて死者の霊から当選番号を聞き出そうとするという…地獄か!

だが住民たちを地獄に突き落としている犯人であるところの闇クジの胴元や政治行政の顔はこの映画に出てくることはない。最初から最後まで地獄住民が地獄住民を出し抜いてやろう蹴落としてやろうテメェこの野郎おれたちのカを盗みやがったなと争うばかりで、そこから抜け出すために激走しているロムは段々と自分がどこへ向かっているのかわからなくなってくる。検閲カットで変更を余儀なくされた展開は飛び飛びで混乱しているがその混乱が逆に、と言えるかはどうかは完全版と比較できないので不明ではあるが、展開の混乱がロムの置かれたどん詰まり状況や荒んだ心情を反映しているかのようでもあり、逆に無言の抗議(そんな生ぬるいものではない)を観客に叩きつけているのは皮肉である。

普通に当ててるっていうか治療がいるほどの怪我はしないようなアクションとか部位に限定してやってるのは見ててわかるんですけど、それでも役者が役者を押し倒したり引きずったりぶん投げたり地面に叩きつけたりするのをワンカットで捉えるものだからその暴力の迫真性ときたら。先に書いた大通りのゲリラ撮影もそうだが展開とは無関係に行き場を失ったロムが膝まで冠水した道路をあてどなくさまようというシーンもあり、狙ってできることではないので急遽撮影されたものだと思うが、かなりキャストもスタッフも無理をしている感じである。

それぐらいの無理をしてでも伝えたいものがやっぱあったんだろうな。番号探し(予想)を生業にしているロムが彼自身の探していた「番号」を見つける場面、どこへ向かっているのかもわからないまま走りながら自分を捨てた両親を追いかける過去の自分を幻視する場面、どん底からの這い上がりを視覚的に表現する夢とも現実ともつかない墓場の場面、闇クジ仲介屋の女との束の間の連帯と、時には殺し合いにまでなったフックとの寄る辺ない者同士の友情…とか、暴力と怒りの渦巻く映画だからこそそうではない世界の断片が痛いぐらいに刺さる。

暴力的で叙情的で社会批判的でこれをスタイリッシュと呼んでいいならスタイリッシュで凄まじい映像の連続で、いやはやなんだかスゴイ映画だったよこれは。

※基本的にどん底の映画だが的中霊媒師のオッサンのインチキっぷりが発覚するくだりやマイオリジナル予想に熱中する貧乏人たちの姿は笑えるのでユーモアも忘れない。

【ママー!これ買ってー!】


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こんなん観たらもう『スラムドッグ』とか観れなくなるよ、絵空事じゃんみたいな感じで。

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