国境ノワール『ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ』感想文

《推定睡眠時間:0分》

なんか監督が前作のドゥニ・ヴィルヌーヴからイタリアン・ノワール畑のステファノ・ソッリマに変わったらしいので脚本家は前作から続投のテイラー・シェリダンも、映画のトーンはだいぶ違った。
なんか東映実録臭が。いやむしろ東映実録から東映特有の臭みを取って骨組みだけにした感じというか。つまり端的に言えば『アウトレイジ』っぽい。

『アウトレイジ』三部作はヤクザの組織内力学と関係性の変化の過程だけ淡々と記録してその面白さを見せていくような映画だったが、国や組織の境界線とローカルルールの対立というのがどうもテイラー・シェリダン脚本の主題。

ドゥニ・ヴィルヌーヴの前作はその対立に至る過程というのがわりあい明暗くっきりした一本道だったが、今回その過程の部分をゴチャゴチャと入り組ませて結果なんかむしろどうでもいいやみたいな投げやり感だったのでそのへん『アウトレイジ』感のゆえん。

特に2作目『アウトレイジ ビヨンド』とは印象が近かった。もうそこらへんでのんびり余生を過ごしたいのにまだ戦争の道具として駆り出されるヤクザたけしとベニチオ・デル・トロは顔面から滲み出るうんざり具合と肩のガックリ落ち具合が結構一緒なのだった。

イタリアン・ノワールの人なのでステファノ・ソッリマはそれを仮借の無い血みどろ描写マシマシでネオリアリズモ的に描き出す。
前作は別に嫌いじゃないがテイラー・シェリダンのシナリオにはステファノ・ソッリマみたいな乾いた映像感覚の人の方が合ってるのでは? と思うのであのテイストの映画で続編あるのかよっていうことと監督交代して大丈夫なのかよっていうダブル懸念は見事に杞憂。前作とは別方向で前作と同じくらい面白かったので良かった。

お話。なんか複雑なような複雑でないようなややこしい感じなのですが俺なりに頑張ってまとめると麻薬戦争とかもうぶっちゃけどうでもよかった。あとメキシコ麻薬カルテルとかも結構どうでもよかった。

いや別にどうでもよかないが前作でデル・トロ&研修生が経験した(少なくともある面から見れば)善を成そうとして(少なくともある面から見れば)悪を行ってしまう、その行為と結果の架橋不可な人間ぶっ壊し矛盾が今度はパンデミックのように国防総省に広がってしまう。

どうもテロリストの密入国にカルテルが関わってるらしい。じゃあカルテルをテロ組織認定してアメリカオンリーの正義であいつらぶっ殺しちゃおうぜ!
ってんでなんとか長官みたいな人が雑に決定。戦争請負人のジョシュ・ブローリンが呼ばれてカルテルを抗争で自滅させるべく偉いカルテルの偉い人のお子様を偽装誘拐して敵対カルテルのせいにするヤクザなオペレーションが考案されるのだったが、偽装誘拐とか裏切り誘発とかそういう奸計を当たり前のようにやっていると…実質カルテルなにもしてないに等しいが、立案者含めて対カルテル作戦部隊の方は勝手に壊れて内紛状態に陥っていくのだった。

今年はテイラー・シェリダン初監督作の『ウインド・リバー』も公開されてそれも大変な力作感だったが、興味が惹かれるのはその『ウインド・リバー』と見事に対を成す同傾向逆方向のNetflix映画『ホールド・ザ・ダーク』との類縁性、共時性。

『ウインド・リバー』公開のちょっと後に配信されたこの映画は極めてざっくり言えば砂の多いところ(あいまい)で偉い人が始めた汚い戦争の現場で疲弊した兵士アレクサンダー・スカルスガルドが、戦争の病を仮住まいのアラスカ寒村に持ち込んで村を誰が敵か味方かわからない大混乱に陥れてしまうみたいな筋。

『ウインド・リバー』でも『ホールド・ザ・ダーク』でも書類の上で画定された国境線の現実的な運用・生活の中での無効化、というものがお話の軸になっていたが、やたらめったら登場人物が多く国境を跨いだ場面転換が多い『ソルジャーズ・デイ』もそういうものとして国境の概念が描かれていたように思えるし、まるで『ホールド・ザ・ダーク』の辺境カオスが映画を超えて国家の中枢まで浸透してきたかのようにも見えてしまう。

そのへんでまた面白いのが誰が敵か味方かもわからないような、どこまでがアメリカでどこまでがメキシコかもわからないような、自分がどこにいて何者なのか、アメリカの暗殺者なのかそれともカルテルの一員なのかあるいは両者の間で犠牲になる密入国者なのかもわからないような、なんもわからん状況に置かれて孤独に疲弊な『ソルジャーズ・デイ』のデル・トロがほぼほぼ唯一の安らぎを見出すのが手話というところ。

というのもこれも今年配信されたダンカン・ジョーンズ監督のNetflix映画『MUTE』で主演を務めた例のアレクサンダー・スカルスガルドは声の出せない手話話者で、この映画はスーパー率直な『ブレードランナー』リスペクトSFだったのでブレラン的な混沌のポストモダン未来世紀ドイツが舞台になっていたが、その混沌の中で彼は沈黙と手話の世界に心の安らぎを見ていたのだった。

『MUTE』の未来世界では(でも)局地紛争とテロリズムがもはや日常化していて、そのへん海外派兵が縮小傾向にあるリアルアメリカと違うがアメリカの紛争介入と派兵も日常化、殺したり殺されたりでもうすっかり嫌になっちゃったアメリカ兵なんかが頻繁に密入国業者使って半ば難民的にブレラン化したドイツに入ってくる。

『ボーダーライン』の陰画の如しじゃあないか。なにかこのへんの映画群の主題変奏的な繋がりがおもしろかったなぁと書いているうちにだいぶ文字数多くなったので感想終わるがしまった『ソルジャーズ・デイ』の感想に全然なってない。

えーと、『アウトレイジ』みたいに画面に広がる絶望的カオス状況にわかるわかると頷きながら誰一人感情移入できないノワール感がとてもよいかったです。誘拐されるガキまで憎たらしくて可哀想になったりしないからガチ。まさに全員悪人。

※CIAと書いてましたがたぶん国防総省の間違いなので直しました。

【ママー!これ買ってー!】


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たけしのヤクザ映画は多くこのへんを参照元としてるんじゃないかと思っているので『アウトレイジ』っぽい感のある『ソルジャーズ・デイ』もほら! なんだかちょっと背後にうっすら『沖縄やくざ戦争』が見えてきませんか!
沖縄をメキシコに置き換えて! 本州をアメリカに置き換えて! ベニチオ・デル・トロとジョシュ・ブローリンを千葉真一と松方弘樹に置き換えれば! ほら!

…まぁ見えてこないと言われたら確かにそっすよねぇとしか言えませんが…。

↓前作


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