低温百合映画『サラブレッド』感想文

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《推定睡眠時間:0分》

自分には感情がないというティーン女子オリヴィア・クックが無駄なものは無駄じゃないの? それでみんなが得をするなら殺せばいいんじゃない? 感情に流されずに合理的に最大多数の最大幸福を目指すべきでしょ? とかなんとかスティーブ・ジョブズを引き合いに出しながら言うと無感情ティーン女子の幼馴染みティーン女子アニャ・テイラー=ジョイがそれってナチスの考え方! と返すやりとりがあり、誰かえらい人がアメリカ式をむしろ徹底したのがナチスなのだとどこかに書いていたことを思い出したりする(しかしそれをどこで読んだのかは一向に思い出せない)

痛ましい映画だったが救われる映画でもあった。一緒にお勉強するために結構久々にアニャ・テイラー=ジョイの豪邸にやってきたオリヴィア・クックは彼女が読み上げるなにかの文章問題に「両価性」と答える。「両価性と答えればだいたい正解だから」。というわけで両価的な映画であった。両義的な映画でもあった。善と悪と合理と不合理と優位と劣位がコロコロコロコロ入れ替わる。逆転に次ぐ逆転、逆説に次ぐ逆説。アメリカ的合理主義を徹底すると死の工場アウシュビッツになるのなら、その合理性は不合理な理念に支えられているのではないか? 不合理な合理性とは? と、そんな禅問答のような問いがふたりのティーン少女の間を行ったり来たりする『サラブレッド』なのである。

さて一緒にお勉強しながらアニャ・テイラー=ジョイの表情の陰りを捉えたオリヴィア・クックはそこに継父憎悪を見出す。テイラー=ジョイ家はお金持ち。その理由はどうも継父がお金持ちだかららしい。テイラー=ジョイとしては継父のすべてが気に食わないし向こうも自分を憎んでいると思っているが、金を握られているので正面から文句を言えない。母親も味方になってくれない。かくして憎悪だけが募っていく。

そんな彼女にクックはこともなげに継父殺害計画を提案する。みんなの利益になるなら殺っちゃえばいいじゃないのラスコーリニコフ理論はテイラー=ジョイには受け入れがたいものであったが、密かに惹かれるところもあった。あるいはそれを見抜いてクックは殺害計画を提案したのだった。感情がない彼女は感情派人間ズの同調圧力と精神的暴力から身を守るために相手の望む感情や言葉を演じるようになって、いつの間にか相手が自分に何を望んでいるか手に取るようにわかるようになってしまった。これまた無感情な者の方が人間の感情のありようを深く理解することができるという逆説、皮肉である。

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お話はそこから街のチンピラ、アントン・イェルチンを巻き込んだりしながらどんどん不穏な方向に転がっていくが、テイラー=ジョイとクックの距離はどんどん近づいていく。百合である。百合であるがふたりを結びつけているのは継父殺しなので近づけば近づくほど事の重さで反目してしまう冷たい百合であった。

クックは感情無い人。テイラー=ジョイはクールを装うが感情豊かな人。クックのラスコーリニコフ理論にテイラー=ジョイが乗るということはその「合理的な」継父殺しの共同行為以外でふたりを繋ぐ不合理な友情をテイラー=ジョイが否定するということに他ならない。それを通してようやく繋がりを取り戻したふたりの幼馴染みが同じそれを通して絆を断ち切っていくのだから最上級に切ないお話である。

『サラブレッド』のタイトル(原題では複数形になっているのが結構重要)には色々含みもあるだろうがそのひとつはクック家の馬に由来する。基本的には邸内だけで展開するベルイマン『秋のソナタ』みたいな会話劇なので詳しい背景などはあんまり出てこないが、クック家の家業は馬を使った何か。その馬が骨折しちゃったのでこれはもう安楽死させるしかない。しかし家族は誰もやりたがらないっていうんでクックがその汚れ役を引き受ける。クックは家族のために殺すんである。

「一家の主がだらしないとダメだね」と漏らすクックにはテイラー=ジョイが憎悪する継父がむしろ理想の強い父親に見えただろう、という皮肉はともかくとしてその馬殺しでクックはサイコパスのレッテルを貼られてしまう。ラスコーリニコフのラスコーリニコフ理論は身勝手な自己正当化のためでしかなかったがクックのラスコーリニコフ理論は切実な自己防衛である。それはクックが望んだものというよりも、根性なしの家族や心ない同級生どもがその合理的な世界を守るためにクックに押しつけた、彼女が世界と繋がるための唯一の回路なんである。

幾重にも織り込まれた皮肉と冷笑が黒い笑いを引き起こす人でなし映画だったがその底に流れるのは逆説的なヒューマニズムであった。つめた~い関係の中にそれでもあたたか~い関係を見出そうとするおめでた~い観客どもの神経を逆なでしてぶった斬るラストの一言には思わず吹き出してしまったが、あれを互いを個として尊重するような理性的な愛の対極にある、互いに相手を食うことで一つの存在になろうとする獣的な愛の表明と受け取るなら、たいそう感動的な幕引きだろう。両価性である。

追記:
アニャ・テイラー=ジョイは超かわいい、オリヴィア・クックの冷たい眼差しはありがとうございます、アントン・イェルチンのろくでなしっぷりも立派でございました。あと最後の方に出てくる安らかな睡眠シーンは今年のベスト睡眠確定。たいへんうつくしい睡眠でした。

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シェリー・デュヴァルとシシー・スペイセクの歪美女優バトルは『サラブレッド』みある。アメリカの原風景を象徴するような馬モチーフも生のアメリカを撮り続けたアルトマンと通じるところ。

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