キラキラ賛歌映画『殺さない彼と死なない彼女』感想文

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《推定睡眠時間:0分》

高二ニヒリズムに染まってなにもかもがどうでもよくなってしまった間宮祥太朗が高二らしく殺すぞとか死ねを語尾に採用しつつ二言目には死にたい死にたいと言い出すリストカッター桜井日奈子と殺すと死ぬのキャッチボールを繰り広げるわけですが本当は逆なんすよね。言ってることと思ってることが逆。

死にたいのは生きることに意味も目的も楽しみも見出せない間宮祥太朗の方で、世界には飢餓に苦しむ子供たちがこんなに存在してというそこいらの一般人なら右から左へ受け流す定型句的説教話を聞いては本気で泣き出したり、当たり前のように教室のゴミ箱に捨てられたハチの死骸を見てはなんでみんな死体をこんな風に扱えるのだろうと憤ったりする桜井日奈子の死ぬ死ぬ発言には残酷な世界に対する殺意がこもってる。あのリストカットは逃避的なものではなくて誰かを殺す刃を自分に逃がすためのものだ。

やぁおもしろいですよね。逆なんです。殺すと死ぬが逆なら救うものと救われるものも逆。間宮祥太朗がゴミ箱に教科書を捨てるショットの直後に桜井日奈子がゴミ箱からハチの死骸を拾い上げるショットが挿入される。自らを象徴的にゴミ箱にポイした殺したい彼を死にたい彼女が掬い上げるの図。死にたい彼女を殺したい彼が救うのかと思ったら逆だったのだ。そして彼を救うことで世界に絶望していた彼女は自らを癒やすのだ。

とにかく逆。逆なのだ。上っ面の笑顔に隠した真逆の本音モノローグが台詞と重なる形で入ってきたりもするし、桜並木だって逆。キラキラ映画のド定番、桜並木はこの映画でも最初の方と終わりの方に出てくるのですが、最初の桜はすっかり枯れて終わりの桜はしっかり咲く。

キラキラ映画には珍しくツイッターで映画オタクたちがやべぇやべぇキラキラ超えたと騒いでいたのでいったいどんなと思ったが、どっこいこれこそキラキラじゃないか。1ミリたりともキラキラしていないところから始まって満開のキラキラ映画にたどり着く。泣いてしまうぞそのキラキラへの意志。キラキラ生きようとすることへの不退転の意志。

あのですね! 君たち(誰?)は褒めるつもりでキラキラ映画らしからぬ的な感想を述べているのかもしれないが! 俺に言わせればそんなものは黒人のくせに立派だなぁみたいな完全アウトなやつと同じだから! 南部センス! 南部センスですよそんなものは! ナンセンスではなく!
なんか知らんけど恋愛脳の女子高生がイケメンに恋するだけのつまんねぇやつがキラキラ映画なんでしょと差別丸出しで思っている映画オタクは反省とかは一切しないでいいからキラキラ映画をバカにしないでちゃんと見てくれ。

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たとえば、キラキラ映画といっても千差万別ですが、こんな悲惨でつまらないだけの死にたくなるような世界をどうやって少しでも楽しく生きるか、ということに力点を置いているのはこの映画に限ったことではなく概ねどのキラキラ映画も同じなわけです。

桜井日奈子&平野紫耀の『ういらぶ。』はその生きにくさを精神分析的アプローチで解剖しつつ、人を愛することの困難を懸命に生きるふたりの高校生の恋愛模様を繊細な筆致で綴った実に誠実なキラキラ映画であったし、キラキラの巨匠・月川翔監督による『君は月夜に光り輝く』や『君の膵臓をたべたい』は生きにくい中で生きることの意味に正面からぶつかっていくものだ。土屋太鳳のキラキラ代表作『Orange オレンジ』なんかはもうその生きにくさに対する回答の鮮やかさからいってキラキラジャンルに収まらない日本映画(史上とまでは言わないが)の傑作。

だいたい『殺さない彼と死なない彼女』略して『殺彼死女』と同じく千葉ロケものの殺伐キラキラ映画『honey』を観たときにも思いましたがキラキラ映画というのはキラキラしている人のためにあるんじゃなくてキラキラしてない人のためにあるんです。みんな悩んでるしみんな寂しい。全然毎日がキラキラしてない。生きることが楽しくない。でもその灰色の世界を思わぬ出会いが変えるかもしれない。

だから、勇気を出して前に進んでみよう…このロッキーイズムがキラキラ映画の精神ですよ。恋愛は目的ではあっても主題ではなくロッキーにとってのボクシングがそうであったようによりよく生きるための手段なんです。そこんところをわかってもらいたいし、だからこそ世代も性別も気にせずみんなもっとキラキラ映画を観たらいいのにと言っているわけですよ俺は!

ロッキーは嫌いな人がいないでしょうたぶん。ロッキー観たら元気出るでしょう大体の人は。ってことはキラキラ映画も嫌いな人がいないしみんな観たら元気にキラキラするんです! こんな暴論があっていいのかとは自分でも思うし本当はそんなことないって知ってる。ごめん。

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『殺彼死女』に話を戻す。タイトルからすると殺彼と死女のお話っぽいが実際は二人を軸にした高校群像劇、ほか二組の生きにくさを抱えた高校生のものがたりを並行して描きつつ、校内に出回っている猟奇な殺人事件の犯行声明動画が三組を繋いでいくという構成。それぞれのパートで演劇調であったり棒読みの素人芝居調であったりナチュラルな日常会話調であったりと演出のトーンを変えているのが面白い趣向で、そのギャップがそれぞれに違った生きにくさを浮き彫りにしたりする。

シナリオも癖が強いが撮影もなかなか独特で、キラキラ映画でこういう撮り方をすることはまずないんじゃないかと思うが、たぶん全シーン手持ち撮影。映画館デートの場面で座席に座った二人をスクリーン側から捉えたショットでさえ固定じゃなくて手持ちという徹底っぷり。その手持ちカメラがひたすら三組六人の高校生ばかりをドキュメンタリー的に撮り続けるのだから衝撃である。

だって普通はもっと風景撮るもの、キラキラ映画。風光明媚なロケ地の実景ショットを挟んだりとか、メイン被写体の背景を多めにとってそこに部活風景とか豊かな山々っていうのを入れたりするもの。でもこれそういうの全然しないでずっと人間を撮る。しかもワンシーンワンカットに近い長回しで撮る。

恋愛絡みの話であるし、そんな作家主義的な絵作りをされると確かにキラキラ映画というよりは相米慎二とかいまおかしんじとかつまらなくなる前の園子温とかの性愛系ガーリー映画っぽい感じである。それがラストで一気にキラキラ映画へと飛躍するのだから感慨もひとしおだ(人によっては逆かもしれない)

良い映画だよな。血の流れもよかったよ。ドロッとして気持ち悪くて。あぁ死ぬんだなぁっていうリアルな死の感触がある。そういう場面がある。だからその死を乗り越えるものとしてキラキラが提示される。並木桜だってちゃんと咲く。
キラキラじゃないなんて言ってくれるな。『殺彼死女』、生きるためのキラキラ映画なんである。

追記:
『ブラック校則』に野球部役で出ていた葵揚が『殺彼死女』にもやはり野球部役で1シーンだけ出てきたのですわキラキラユニバースかと思ったが、『ブラック校則』をキラキラ映画に含めるか否かは議論の余地が大いにある。

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