第三次爆音EDM大戦映画『シラート』感想文

《推定睡眠時間:20分》

ふぅん『シラート』かぁ。どんな映画だか予告編を観てもよくわかんないけど、まぁこれはインドネシア映画に違いないね。主演はイコ・ウワイスかヤヤン・ルヒアンで悪いヤツらを超人的な格闘術でやっつけっていく痛快アクションで……それはシラートじゃなくてシラット!!! たいへん白々しくそしてお寒いかもしれないとしてもやはりそう書かずにはいられなかったわけだが予告編を観てもなんの映画だかよくわからないというのは事実である。そして映画が始まってしばらく経ってもわからなかった。

ファーストシーンは砂漠にでけぇスピーカーとアンプを設営していく場面である。そのうちにドゥンドゥンとダークでミニマムなEDMが地鳴りのように響き始めていつの間にか集まっていた人々が灼熱の太陽の下で踊り狂っていたからこれはどうやら野外レイヴのようだ。いいね砂漠だと近隣に配慮しないで限界まででけぇ音出せて。でも砂漠だとレイヴ終わりに寄れるファストフード店とかファミレスとかコンビニがないからその点は不便かもしれない。そんな野外レイヴ会場にやや場違いな父子が現れる。会場のいろんな人に女の人が映った写真を見せてこの人を知りませんかと聞いてるから人探し中のようだ。それにしても、レイヴといってもそこにいるのは踊ってる人たちばかりでアーティストやDJの姿は見当たらない。なかなか不思議なレイヴである。

規則正しいドゥンドゥンが続く上に少しドキュメンタリー風にレイヴの人々を捉えていくばかりで状況説明もストーリー進行もなさそうなだからこのへんで早くもウトウトっと眠ってしまったが目を覚ますとレイヴ会場に兵隊の姿。その人たちが言うにはこの地域は敵の攻撃対象になりそうで危ないからはい解散解散でーすということであった。どうやらこの砂漠の近辺なのかそこもまた戦場なのかはわからないがともかくこのへんで戦争が起こっているらしい。ラジオからは世界秩序の崩壊が云々というアナウンサーの声。次第にわかってくることにはどうやらこの世界では第三次世界大戦が勃発しているらしい。なるほど戦争のお話(?)だったのか! 予告編が見ても本当に何もわかんないからこれはなかなか予想外の展開であった。

戦争映画といっても戦闘行為はおそらく一回も出てこない。レイヴ解散命令を受けて参加者の一部は帰路に着くのではなく別の砂漠レイヴ会場に向かうことにして、主人公の父子もそれに同行するのだが、これが『シビル・ウォー アメリカ最後の日』とかだったらなんだかんだ途中で敵兵に出会って危険な目に遭ったりするところ、こちらはそんなこともとくにはなく、第三次世界大戦の当事国にしてはずいぶん平和な感じである。とはいえ戦争は戦争だから物資は結構枯渇気味。なにせ砂漠だからそこらへんにコンビニとかガソリンスタンドがあるわけでもなく、長い砂漠旅を続ける内にだんだんと一行の放浪生活は先細っていく。

そもそもこの人たちは何をしているのだろう。父子が人探し(娘か母親)のために砂漠を旅するのはわかるが常に爆音EDMを車に積んだスピーカーで鳴らしながらレイヴからレイヴへと渡り歩く人たちの目的はなんなのか。それが明確に語られることはないが、察するにどうやらこの人たちは世界の終末かもしれない現状を忘れるためにレイヴで現実逃避をしているようだ。そういえば放浪レイヴァーの中には腕が半分しかなかったり足が簡易義足の人がいる。この人たちはもしかすると戦場でその傷を負ったのかもしれない。このへんでようやく『シラート』という映画の正体が見えてくる。つまりこれは砂漠レイヴを転々として爆音EDMで現実逃避をする人たちの姿を通して戦争、あるいは世界の静かな終わりを見せる、一種の終末映画だったのである。

ということで基本的に何も起こらない。第三次世界大戦中に砂漠でEDN流して現実逃避する人たちのお話なのだから当然である。これで途中から紛争地帯に迷い込んだりなんかしたら台無しだろう。そういうんじゃないのよこれ。砂漠で現実逃避を続ける人たちがこれといって危険度の高い脅威に遭遇するわけではないけれどもかといって建設的な何かをするわけでもないので徐々に生存の見込みを失っていくっていうその静かな絶望を描く映画なのだ。こういうの好き。たとえばハネケの『タイム・オブ・ザ・ウルフ』、たとえばヘルマンの『断絶』、たとえばロメロの『ゾンビ』『ダイアリー・オブ・ザ・デッド』なんかを彷彿とさせるところがある。世界が静かに終わっていく。ドカンと爆発的に終わるんじゃなくてメソメソと老人が衰弱していくように終わっていく。世界の終わりとはたぶんそういうものだろうと俺も思っているので、『シラート』の提示する虚しい終末の形は実にフィットする。俺も第三次世界大戦が始まったら家にこもってずっと映画DVD観たりクリアしてないゲームしたりしながら気付いたら餓死してるんじゃないかな。

そんな消極的で厭世的なスタンスの映画は大抵の人にはつまらなく映るんじゃないかと思うが(でも宣伝が上手かったので映画館はなんと満席だった)この何も無さ、この倦怠、この退屈、この無意味、この……もしかすると戦争なんか関係なく、みんなの普段の生活だって色々とデコレートされた部分を取っ払ってみれば、結局これみたいな、いずれ訪れる死を見なかったことにしての、つまらない暇つぶしの連続でしかないのかもしれないと思えば、つまらないと一蹴できるほど他人事ではないかもしれない。その意味では『シラート』、人生の一面の真実にニヒリスティックに肉薄しようとした映画であったな。昔はこういう映画を撮る監督なんかたくさんいたが(アントニオーニとか)最近は客に嫌われることを恐れてかみんなポジティブな映画ばかり作ろうとするのでなんか新鮮でしたよ(これもラストで仄かに希望のような何かを見せようとしている点ではアントニオーニなんかに比べて客に媚びてる感じありますが)

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