また警察の存在しない世界のホラーかよ映画『チルド』感想文

《推定睡眠時間:0分》

またなのかという思いなのだがどうして最近の若い日本のホラー監督は「警察の存在しない世界」の設定でしかホラー映画のシナリオを書けないのだろうか。そりゃたしかに警察出すとお金かかるよ。展開にいろんな制約が出てくることもあるでしょう。しかし最低予算のコンビニホラーであった『夜勤事件』はちゃんと警察を出してたんだから、キャストからいって『夜勤事件』よりも予算があることは間違いない『チルド』においては警察のシーンを作るとお金がかかるという言い訳はできないだろうし、様々な制約の中でシナリオを書けるというのがプロのシナリオ書きの条件なのだから、コンビニの内外でたくさん死人が出るというシチュエーションを作りたいというだけの理由(※想像)で「警察の存在しない世界」の設定を採っているのだとしたら、そんなものはプロの映画監督の作るホラーではないんじゃないだろうか。なんか異世界転生とかそういうジャンルだろうそれは。

おそらく日本で一番「警察の存在しない世界」のホラーを憎んでいる謎の人物である俺がなんで毎回毎回(本当に多いんだから最近の日本のホラー映画はそういうの!)そこに文句を言っているかというと「警察の存在しない世界」の設定を使っちゃったらそんなもんなんでもありになっちゃうじゃんっていうことなんである。ご都合主義が全部通っちゃうんだよそれをやると。たとえばですよこの映画の中ではまず最初にコンビニ内で店員が自殺するんですけどそれをオーナーの西村まさ彦は自殺じゃなくて辞めたってことにしといてって息子で副店長の染谷将太に箝口令を敷くわけですけれどもいや無理だろうそんなものは。おめーあの死体どう処理したんだよ。店の裏手にでも埋めたのかっつーの。店内で店員が自殺して警察沙汰にならないというのは警察の存在する現実世界においてはあり得ない話であって、オーナーがどう言おうが警察沙汰になれば店内で店員が自殺したという事実を隠し通せるわけないだろう。

問題は、コンビニ店内で店員が自殺したことでコンビニがおかしくなっていくというシナリオは別に「警察が存在する世界」でも問題なく書けるということである。たとえば、店員が自殺したことで他の店員たちからオーナーの責任を問う声が出てきて、それをオーナーが否定したことで人間関係に不和が生じて……というルートからでもコンビニ内外に死体複数発生の展開には持って行けるし、店員の自殺を知られたくないオーナーが染谷将太と結託して山にでもこっそり店員の死体を埋めるというルートでもコンビニ内外に死体複数発生の展開に持って行ける。そしてそうした方がたぶんリアリティとドラマの面白味は増すのでなんていうか映画として強くなる。でもそれをやらないんだよな最近の日本の若手ホラー監督は。こういうシーンがやりたいです~っていうそれしか考えないでシナリオを書くから映画全体の作りが甘くなるんじゃないすか。

俺が思うにこれは黒沢清の悪影響だな。そこらへんの凡人の日常がどんどん死と狂気に飲まれていく『チルド』は黒沢清の近年の短編『Chime』とよく似たところがあるのだが、黒沢清もまた『蛇の道』とか『クリーピー 偽りの隣人』など「警察の存在しない(かまたはまったく機能していない)世界」のホラーを多く撮っている監督なのであった。でも黒沢清の作る「警察の存在しない世界」は映画の虚構性を前提としたものであって、ゴダールの真似事のような『ドレミファ娘の血は騒ぐ』でプロ映画監督デビューした黒沢清はリアリティを意図的に避けてあくまでも虚構のものとして映画を撮るので「警察の存在しない(かまたはまったく機能していない)世界」だし、警察以外にも現実にあるはずのさまざまなものがその映画からは省かれているわけで、そこには黒沢清の独自の世界観と映画哲学のようなものがあるわけである。

翻って「警察の存在しない世界」のホラーをまったく安易に撮る最近の日本の若手ホラー監督にそのような哲学があるかといったら、うーん、ないんじゃないでしょうか。コンビニ内外に死体がどんどん積み重なっていく『チルド』はある種の寓話としてリアリティを削ぎ落として作ることもできなくはなかっただろうと思われるが、結果として出来上がった作品を見ればそうはなっておらず、お仕事あるあるとか日常会話あるあるとかが頻出してリアリズム映画ぶったりしているんである。俺はこういういささか露悪趣味の気のある「世の中こういうもんでしょ笑」みたいな青年週刊漫画誌的に浅いリアリズムも大嫌いである。あるあるネタを入れればそれがリアリズムだと思っているとすれば(※この監督がそう思っているかどうかは知りません)人間観察というか人間への洞察が甘いとしか言いようがないんじゃないだろうか。

こういうのはせめてどっちかにしてもらえないだろうか。どちらも嫌いではあるが「警察の存在しない世界」の虚構性と生活あるあるのリアリティのどちらか一方に特化してやるならそれはそういう作風の映画なんだなとそれなりに好意的に見られるというものである。でもそうじゃないから嫌いと嫌いのダブル嫌いになっちゃうしウケそうなものとウケそうなものを哲学なく混ぜ合わせた浅薄な映画だなって思っちゃうんだよ。あくまでも俺はね。そりゃ世間はどうか知りませんけどめんどくさいから俺は!

あと映画という作り物に対してこういうことはあまり言いたくないですけれどもこれコンビニ労働を悪いものとして捉えすぎじゃないすかね。何年ぐらいかな。3店舗ぐらい店変えてたぶんトータルでは8年ぐらい俺コンビニでバイトしてましたけど、コンビニって劇中の台詞にあるように「ただ通り過ぎるもの」では案外ないんですよ、実際働くと。良くも悪くもなんですけど結構お客さんとの交流があって、それから日配品の配送の人、アイスと冷凍食品の配送の人、新聞配達の人とも毎日顔を合わすからそこでもやりとりがあるし、毎日ルーチンで何も面白くない底辺の仕事という印象は8年働いても感じたことはなかったな。俺はお菓子と一番くじの発注担当でしたけどそれも「これは売れるぞ!」っていうものが思った通りに売れると何か達成感あるしね。

エリアマネージャーがオーナーにえらく腰低くいろいろお願いするとかそういうのも……あくまでも俺のバイトした範囲の店舗でいえばそういうことはなかったんじゃないかな。だってフランチャイズのコンビニなんか力関係で言えばどう考えてもエリアマネージャー>オーナーなわけだから。でこの西村まさ彦が演じるオーナーっていうのも毎日店に来て事務所で監視カメラ見てるだけの接客には立たない人の設定ですけどそれも普通はないよね。2店目3店目まで出店できてるオーナーならそれもあるだろうけどコンビニって薄利なんで1店舗しか持ってないオーナーなら普通はオーナー店長やって自分も接客に立ちますよ。それでよくコンビニ経営は夫婦がお勧めって言われるんだよな、夫婦二人で店に立てばそのぶん人件費浮かせられるから。

なんかねお仕事あるあるとか日常会話あるあるとかやたら入れてくるわりにはそういうコンビニのお仕事のリアリティがこの映画すごくない気がするんだよな。廃棄食品食ったらその料金を請求するとかそんなオーナーいないでしょ。廃棄は食うなっていうのは建前であって実際にそれが守られてるところなんかまぁまったく無いとは言いませんけどほとんどないんじゃないすか。副店長の染谷将太が監視カメラで1番くじの一等景品が万引きされてんのを見てんのに引き留めないし警察も呼ばないなんてのはあり得ないし(そうだった、この世界には警察が存在しないんだった)、オーナーの方も軽い万引きを見つけながら処理が面倒なんですよと見逃すが、面倒なのは棚卸しで在庫が大幅にズレた時なんだからそんなオーナーいないよ普通は。かと思えば万引き犯に激高してビンタする店員(唐田えりか)が出てきたりするし。だからいねぇってのそんなコンビニ店員は。

そのへんの取材なり洞察なりがないまま先進国の現代の病の象徴としてコンビニを描くっていうのは偏見以上のものではないんじゃないすかね。俺たぶんこの映画で描かれる以上にコンビニで嫌な客に当たったりしてますけど(二三度警察沙汰になった)、この映画にそういうコンビニ労働者の実感があるかと言ったらないでしょ。そういう作り手の姿勢は結局「警察の存在しない世界」に繋がってるんですよ。自分の思うこれ面白いだろってビジョンが先にあって、そのために現実の方を好き勝手にねじ曲げたり軽視したりするわけ。そういうご都合主義の映画を作って社会を斬ってるつもりになっているのだとしたらずいぶん薄っぺらい映画作りをしてるんですねと思いますが社会を斬ってるつもりは別になく単純にこれ面白いだろと思って作ってるだけだったらすいません。

※シナリオは良くないが西村まさ彦のかつての佐野史郎を思わせるような怪演は良かったです。

Subscribe
Notify of
guest

0 Comments
Inline Feedbacks
View all comments