真面目にやれ映画『ゾンビランド:ダブルタップ』感想文

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《推定睡眠時間:0分》

あの後半の急展開からするとシナリオには色々あったし実際撮ったがテンポを削ぐからみたいな理由でガッツリ切ってるんじゃないかという気もするが前作もこんな感じの大雑把なストーリーテリングだったのでシリーズのテイストという気もしなくはない。
えー、具体的には、可能な限りネタバレにならないように言うと、終末系ゾンビ映画の定番的な砦的なのがあって、それでそこに終末系ゾンビ映画の定番的なゾンビの大群襲来的なイベントがあるんですが、その発生から収束までにかかった時間の短さね。びっくりするよタメも伏線もなにもないんだもの。

ちょっと現場感すら感じたよ。はいゾンビ入りまーすみたいな。はいいつもの感じで回しちゃって今日定時で帰りましょうねみたいな。労働だよね。映画を盛り上げるためっていうより労働としてのゾンビ侵攻イベント。まぁゾンビは元々労働力であったということを思えばその労働感覚はむしろゾンビ的なものなのかもしれないが、それにしても、それにしてもだね、新しい登場人物もたくさん出てきて色々ドラマが生まれそうなところを、ベタだとしても色々小道具とか舞台装置とか使ってゾンビ群団VS人間群団の大戦争を演出できそうなところを、こうまで華麗にスルーされてしまうと抜くに抜けないっていうか…これはあくまで比喩表現ですけどパンツ脱いでるからねこっちは。パンツ脱いじゃったけれどもイメージビデオでしたよ実は。実は。

ただしいわゆるゾンビ映画的な見所を軽いギャグにして流していくオフビートなゾンビ映画であることは前作で知っていたし、監督も同じルーベン・フライシャーなので前作と比べてどうのという話ではない。むしろ前作に惜しくも入らなかったゾンビ映画の定番ネタ(たとえばショッピングモールとか人類最後の砦とか)を詰め込んだ正調続編の観がある。前作ラストに置かれた遊園地決戦の顛末に公開当時ハアアアアアア!? ってなったので今回もハアアアアアでむしろ当然であった。当時に比べるとぼくもおとなになったので!?はつかず今回はハアアアアです。ため息のほう。

そうだそうだ、こんな映画だった。こんないかにも食い足りないライトなゾンビ映画だった。見終ってから前作のあんなシーンこんなシーンを思い出してきて諸々納得はしたが、納得したからといって映画が面白くなるわけでもない。いや前作よりは面白かったと思う。ゴア度も高くなっていたしギャグの鬼畜度もアップ。面白かったのだがようするにその面白さの閾値をこのシリーズは元から低く設定してるというだけなんである。ゾンビがチョウチョ追ってたら面白いでしょみたいな。

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物語は前作の何年か後から始まる。一緒にスーベニアショップ的なところを壊したり愛しのお菓子を探したりビル・マーレイを殺したりと終末世界をエンジョイかつサバイブしてきた四人はもうすっかり家族のようなもの。放浪の末に無人のホワイトハウスにたどり着いた一行はそこに居を定めていよいよ家族として定住生活に入ろうとする(余談ながら中にどんなゾンビが潜んでいるかわからないのにろくにクリアリングもしないし窓の補強とか室内構造の確認すらしようとしないこの時点で既にちょっとゾンビ舐めてんじゃねぇよ的にムカついている)

だがそう思っているのはジェシー・アイゼンバーグとウディ・ハレルソンの男連中だけ。エマ・ストーンとアビゲイル・ブレスリンの方はそれぞれ別の理由で二人に愛想を尽かしてしまい、拾ったヒッピーと一緒にどこかへと消えてしまったブレスリンを追って三人(とショッピングモールで出会った変な女)は結局また放浪の旅に出る羽目に。安住の地はいずこ。さらばホワイトハウス。2009年ごろに世界終わった設定なのでHOPEの文字と共に壁にかけられたままになっているオバマの肖像がそこはかとなく切ない。

親切設計の映画なので冒頭で前作からアップデートされた要素がゲームみたいに紹介される。たいへんだ! ゾンビが進化したぞ! 今回の新ゾンビは鍵ぐらいなら仕組みを学んで開けることができる頭脳派ゾンビのホーキング! 通常の三倍の速さで襲いかかってくるニンジャ! そして撃っても撃っても倒れないセルフ強化ゾンビのT-800! …と解説されたらそいつらとどう戦うんだろうとつい期待してしまうがこの映画は『ゾンビランド』である。

これは出オチというかこういうゾンビが出がちなゾンビゲーのパロディのようなもので、その後とくにこいつら相手に苦戦するとか各々の特性に合わせた攻略法を編み出すようなゾンビ映画的に面白い展開にはならない。ゾンビはただただ人間どものオモチャとなってミンチにされるだけである。

心底ガッカリさせられるがそれが『ゾンビランド』なのだから仕方がない。オフビートですからね。ベタに面白いところをあえて外していくのがオフビートだから。どうせ今更そんな手垢の付いたゾンビバトルを展開しても面白くないのだからゾンビなんか人間どもに殺されるだけの血の出るオブジェクトでいいじゃんというのも、第二次ゾンビバブル通過後のゾンビ映画として正しいのかもしれない。確かにゾンビ損壊はたくさんあってたのしかった。圧搾、切断、頭部破壊。ゴアゴアなゾンビ殺しがカジュアルに堪能できる。

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人間とゾンビがお互いに食って食われての平等な関係にあったロメロの『ゾンビ』は遠くなりにけりだが、楽しいものは娯楽映画において常に正しいに違いない。そんなシニカルな正しさなんぞ唾棄すべきものだと思うが、そう思うんなら『ゾンビランド』じゃないゾンビ映画を観ればいいだけなので文句は言えない。オープニングのモノローグでジェシー・アイゼンバーグも「数あるゾンビエンタメの中からわざわざこれを選んでくれてありがとねー」とかのたまっていた。死なないでいいが肉を食いちぎられろ、ゾンビに。

ゾンビ損壊を除けば楽しい場面は会話ばかり。主人公一行からバカ扱いされている女がウーバーそっくりの事業アイデアを語ると(劇中ではウーバーが設立される前に世界が終わってしまったので)一行は鼻で笑う、とか、ジェシー・アイゼンバーグとウディ・ハレルソンが二人とよく似たトーマス・ミドルディッチ&ルーク・ウィルソンとどちらの対ゾンビ・ルールが洗練されているか競う、とか、基本ゾンビはあんま関係ない。それもまた最大の見所がゾンビじゃなくてビル・マーレイを撃ち殺す場面だった前作を踏襲しているのだから考えれば考えるほど「正しい」続編である。

なにがおもしろいんだちくしょう。いかん本音が出てしまう。なにがおもしろいんだバカヤロー! 吐き出してしまおう。どうせ俺のブログだ。
今更『ウォーキング・デッド』ネタは時期を逸しすぎだろうが。しかもちょっとロメロの『ランド・オブ・ザ・デッド』パロディみたいのもあるし。なんで今更それなんだ。大してゾンビ映画に興味なんかないくせに!

別にそれでも構わないがゾンビ映画のパロディにするならするで古今東西の有名作を片っ端からパロっちゃえばいいんですよ。そういうこともやらないからな。ゾンビ映画のガワだけ借りたサタデー・ナイト・ライブみたいな映画だ。ビル・マーレイ出してゴーストバスターズの主題歌の一節を言わせたりしてるのだから実際サタデー・ナイト・ライブ系である。前作がアメリカでやたら人気があるのもゾンビ映画としてというよりそのへんの面白さがウケてるんだろうきっと。

そういうのが面白いっていう人には良いんじゃないですか。っていうか俺だって別につまんないとは言ってないから。サタデー・ナイト・ライブ的なところ(エンディングとかさ)はそれなりに笑えて良かったがしかしそれ以上にゾンビ映画としての不真面目さが面白くなかったっていう話だから。ゾンビ損壊は手抜きがなくて素晴らしかったけれども。
最後にどうでもいいこと。ジェシー・アイゼンバーグがテーブルになんかのカードを並べてる場面、小さくしか写ってないので確信持てないのですがあれマジック:ザ・ギャザリングじゃなかったですか?

【ママー!これ買ってー!】


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本当にムカついたよあの遊園地の場面。なに生き延びてんだよ大群に囲まれたらちゃんとゾンビに食われろよ。それがゾンビに対する礼儀ってもんでしょうが!

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