忠臣蔵嫌いの『決算! 忠臣蔵』感想文

《推定睡眠時間:0分》

日本の企業映画はいつまで経ってもテレビ時代劇的な精神から脱しないなぁとこのあいだ『七つの会議』を観て呆れたものだったが(ただしあれは封建的な日本の企業風土を皮肉ってあえて時代劇調にしているようなところもあるのだが)企業映画が時代劇に寄せてくるなら時代劇も企業映画に寄せてくる、武士をサラリーマンに藩を会社に見立てたお仕事映画としての時代劇がこのごろ濫造されているのでこれもその一本というわけで、忠臣蔵を大胆にも討ち入り場面ナシの会計メインで描いたビジネス時代劇が『決算! 忠臣蔵』です。

と書けば討ち入り計画にどれぐらい金かかったのかみたいな話っぽいですがそれも実はちょっと違うというのが変わったところ。確かにそういう話も出てくるには出てくるが終盤も終盤で、藩の取り潰しが決まっちゃってどうしよう、御家再興かそれとも討ち入りかのどっちつかずで藩士が真っ二つに割れて揉めている間にせっかくの蓄えがどんどん減っていく、でその財政状況が御家再興派だった大石内蔵助を討ち入り派に転向させたというわけで、討ち入りまでの経緯や赤穂浪士の行動を金銭面から新解釈。

時代劇知らないし忠臣蔵もたった今ウィキで流れを調べたぐらい興味がないので軽々にそうと言えないが、筆致は軽いもそういう意味では結構本格的な新説・忠臣蔵だったのだ。討ち入りがない大胆設計も逆に「忠臣蔵」を見せるための取捨選択と思えば、むしろ若者の忠臣蔵離れが叫ばれている(らしい)昨今に珍しい正統派の忠臣蔵映画とさえ言えるかもしれない。

フィルマークスなんかで感想を見ていると見せ場がないとか地味とかいう感想が目立つ。そうよねアクションとかないし。忠臣蔵の物語を見せることが優先順位トップの映画なので出演者は異様に豪華も各々の俳優のために見せ場を作ったりとかはしない。吉本興業が出資してる都合、吉本芸人大挙出演系の映画でもあるので観客サービスは一応あるがそれも最低限、世界観を壊さない程度のつつましいもの。

ぼくは逆に忠臣蔵知らなかったのでこんな話だったんだーって見れましたけどライト層向けに見えてその実、忠臣蔵をよく知ってる人がほほぅそう来たかと従来の忠臣蔵との差異を楽しむような時代劇ファン向け映画だと思えば、そりゃ見せ場がないとかなるわなという感じ。ダサくならないよう趣向を凝らしたポップな説明テロップと軽妙な語り口でスイスイ見られる映画ではあっても、そもそも忠臣蔵に今日的な意味での見せ場があるかといったらたぶん討ち入りシーンぐらいしかないので、題材自体に限界があったりするんだろう。

っていうか今ウィキ読んでてもやっぱわかんなかったですよ、なんでこれが国民的物語になってるのか。それはもう、世代と、あと時代劇素養の違いなんでしょうが、忠臣蔵ファンの人は異論が山ほどあるでしょうけどすいませんと先に謝った上で言うとこんなの逆恨みじゃないですか。吉良上野介が何したか知らないですけどノーガードの人斬ったらダメでしょ。それでその斬った人藩主なんでしょ? 藩主が辻斬りみたいなことしたらその藩ダメだよ解散だよ。危ないもんその藩。お咎めなしだったら逆に嫌だわ。むしろなんで斬られた側が責められないといけないんだよ超野蛮じゃん江戸時代。嫌だわー江戸時代。生きられないわー。『シグルイ』だわー。

でも忠臣蔵の精神を理解できないから逆に新説・忠臣蔵たる『決算! 忠臣蔵』を興味深く見られたんじゃないかとも思え、ストレートな反発とか逸脱はないのだけれども現代の感覚で批評的に忠臣蔵を捉えているところがある。
忠臣蔵の会計という切り口がそもそも財政状況なんか気にしないで討ち入りに突っ走る急進派藩士に対するアンチテーゼになっているし、一方で急進派を抑えつけることができない御家再建派の方は保身に走って腐敗している、主君のためとか藩のためとか口では言うが結局どいつも自分のことしか考えてないわけで、赤穂浪士の内実なんて案外そんなもんでしょと言わんばかり。

そもそも堀部安兵衛を筆頭とした江戸詰めの急進派を討ち入りに駆り立てたのもこの映画の中では綱吉政権への不満の捌け口として殺戮エンタメを求めた江戸庶民連中だったりするので、そうなると討ち入りとは一体何だったのかみたいな話になってくる。忠義なんてどこにあるのか。大義なんてどこにあるのか。
大石内蔵助の右腕として取り潰し決定後の残務処理を進めた勘定方・矢頭長助はこんなことを言う。吉良上野介が賄賂受け取ってるなんてみんな知ってたでしょう。浅野内匠頭が吉良を斬ったことに義はあったのか、それを正面から問う映画ではないけれども、しかしその忠臣蔵の大前提すらちょっと疑いはするんである。

よしもと芸人をたくさん呼んだキャスティングもそうと思えば俄然おもしろくなってくる。そこには忠臣蔵に仮託された関西芸能界の東京への強烈な対抗意識がうっすら透けて見えなくもないから。見てくれはソフトでも深読みすれば辛辣である。
とまぁそういう映画で、そういう忠臣蔵で、そういう残念状況の中で大石内蔵助と勘定方・矢頭長助(実際はどうか知らないが映画の中ではこの人も御家再建派ということになっている)だけはなんとか冷静を保って組織を少しでもマシな方向に向かわせようと尽力するわけで、軽いコメディの体裁を取っているが、彼らが結局は討ち入りに追い込まれるその顛末を思えば存外切ない。

もしかすると討ち入りシーンがないというのは討ち入りに集約される忠臣蔵ヒロイズムの無益を強調するためでもあったのかもしれない。あぁ俺この映画好きですね。今気付いたわ、うん。

追記
岡村隆史の矢頭長助、実物を知らないのであれですが良かったです。

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