絶体絶命無職映画『EXIT』感想文

《推定睡眠時間:0分》

韓国の就活事情は劇的に厳しいらしい。在学中と卒業後を通して何社も受けるも一社も通らずやる気を失くしてしまった主人公ヨンナム(チョ・ジョンソク)はやることがないので大学時代に打ち込んだロッククライミングの延長で来る日も来る日も近所の公園で超本格的な鉄棒遊び、キッズ連中からは「進撃の鉄棒人間」みたいなパワーのある蔑称を与えられると同時にやばい奴なんじゃねぇかと恐れられている。

実家暮らしは悪くないが面白くもない。面倒なことも多い。たまに姉がやってくるとクライミング道具を無理矢理捨てられそうになったりして最悪。どうせ無職で暇なんだからとお婆ちゃんの古希祝いパーティのセッティングをやらされたりする。一族郎党勢揃いのその古希祝いパーティに顔を出すと早速お前まだ無職なのか的な世界共通の親戚マウンティング。コリアン儒教文化により年長者にお酒をついで回ったりさせられる損な役回り。

だいたいこういう賑やかな場が俺は嫌いなんだよ…と思っているところで飲めや歌えや踊り狂えやのコリアン宴会のド定番・カラオケで酔っぱらった親戚連中相手に一曲歌うよう命ぜられる。宴もたけなわという頃には母親が持ってきたジップロック(的な)に食べ残したバイキング料理を詰め込んでいて、店の人に怒られるし恥ずかしいからやめてくれと懇願するが「もったいないじゃない!」の一言で交渉終了、まったく聞き入れてもらえない。

…おそろしく身につまされるオープニングである。実家暮らし大卒無職の日常スケッチとしてこれ以上のものがあるかと言いたくなる。あると思うがそれ以上は見たら泣いちゃうのでこれぐらいでいい。泣いちゃうので。
パニック映画を観に行ったと思ったら飛び込んできたのがこんな風景。このユーモア。このリアリティ。この切実さ。この親近感。その衝撃にもう既にハートはガッツリ掴まれている。負け犬未満、勝ち組落第、とりたててやりたいこともないがかといってダメ人間に堕ちきれるわけでもない何にもなれない『N.O.』を地で行く無職男が、パニックシチュエーションで立ち上がる!

その古希パーティ会場では大学時代に告白してフられつつも今でも未練アリアリのロッククライミング部の人ウィジュ(ユナ)が働いていたので立ちも五割増しだ。超かわいいしそれなりに大手っぽいところで副店長の有能っぷり。小学生が粘土で作った東出昌大みたいな主人公とは見た目的にもキャリア的にも住む世界の違う人ではあるが、共にパニックシチュエーションを乗り越えれば吊り橋効果的なやつで好きになってもらえるかもしれない。燃える。燃えるぞ『EXIT』!

でそのパニックシチュエーション、毒ガスが昇ってきてどうのと映画館に貼ってあるポスターに書いてあったので観る前は『タワーリング・インフェルノ』的なものを想像していたのですが『絶体絶命都市』でした。地震の代わりにコリアン競争社会にメンタルを殺された人が自爆的に撒いた殺人毒ガスで都市壊滅。野戦病院的なものは設置されるしテレビをつけると全チャンネルで大々的に報じられているし見た感じ1000人ぐらいは毒ガス浴びて死ぬか瀕死になってるので思ったより大惨事。

序盤はひとまず古希パーティ会場の入ったビルからの脱出が目的になるがこれはチュートリアルのようなもの。その後ヨンナムとウィジュは地表をゆっくり這っていく毒ガスを逃れてビルからビルへとステージを移っていくことになるのだがー、これがまあゲーム的で面白い。何か障害にぶつかる度にトロフィーとかチョークとかそこらへんにある日常アイテムで道を切り開いていくあたりサバイバルアドベンチャー感満載。ガスマスクが使用できるのはフィルター汚染の関係で10分程度ってことで10分経過しそうになるとガスの充満する視界0メートルゾーンにガスマスク探しに入っていくとかゲームあるある爆発です。

でもってそこに元ロッククライミング部の設定を活かしたSASUKEアクションが加わる。個々のアクション自体はそこまでハードなものではないが都市の舞台をフル活用したクライミングアクション、ロープアクション、ジャンプアクションとこちらも盛りだくさんで観ていて楽しい。主人公がちょっとクライミングができるだけの冴えない無職っていうのはこのへんで効いてくる。スタローンだったらクリアしたところで何の感慨も沸かない小アクションでも無職がクリアすると達成感抜群である。無職は強い。

毒ガスを撒いた自爆テロリストはコリアン競争社会の犠牲者だったというわけで就活負け組の主人公とは水面下で情念を共有する。ガスは最初地表近くに滞留しているが時間が経つにつれ上へ上へと上がってくる、なんてのはアクションのための変形時限設定としても面白いし格差社会の風刺でもあるんだろう。先にレスキュー隊のヘリで毒心地から救助されるのは低層よりも遙かに目立つ高層ビルの富裕層。だが上昇するガスはそのうち高層ビルも飲み込んで、その時には下層に逃げようにも逃げられなくなっているんである。うまいこと考えるなぁと思う。

ヘリによる文字通り上からの救助には頼れない。映画の後半は救助にあぶれた人々と、それをライブ配信やドローンを駆使して救おうとする人々の下からの抵抗の物語になっていく。泣ける映画では決してないがちょっと感動してしまう。絶体絶命都市で登って飛んで駆けずり回った無職の火事場の悪あがきが全コリア下層民を一つにした! とまでは言わないが、無職でも、いやむしろ無職だからこそできることはあるのだと力強く教えてくれる映画ではある。

とくにそういうつもりで作ってはいないと思うがあえてテーマを見出すなら下流の本気とかそういう感じになるだろう。舐めたらいかん。下流だってやるときはやる。だが下流だから絶体絶命状況でもついついオモシロに走ってしまったりする。『EXIT』が娯楽映画として超優秀なのはアクションもさることながら競争社会だ格差社会だ都市部テロだを背景にしつつもとぼけたユーモアで全部乗り切ってしまうから。必殺兵器カラオケ、重すぎるダンベル、「そこにハシゴがあったから」、コミック調のエンディングで判明するズコーな絶体絶命回避秘話。あとあそこも笑いましたね、看板のところ。これは見てのおたのしみ。

『タワーリング・インフェルノ』、『ポセイドン・アドベンチャー』、『デイライト』、『ダイ・ハード』等々パニック(系)映画の名作オマージュもしっかり。なんとなく『サマーウォーズ』感もあり。主人公チョ・ジョンソクの絶妙な頼りなさ、ユナの背伸びしない可憐さもたいへんよし。スプリットスクリーンやアニメ的な省略を多用したサクサク編集は気持ちよし。最後は爽快ハッピーエンドでエンディング曲はどことなく光GENJI風。
いやぁ、面白い映画でしたなぁ。ストレートにただただ脱帽。

追記
ちなみにガスマスクが都市のあちこちに置いてあるのは設定なのか事実なのか知らないがガス攻撃を想定して公共施設とか大きめのビルなんかに設置が義務づけられたかららしい。
そのへんの事情はガスマスクの使い方も含めて劇中の報道番組で解説され、物語に必要な説明と災害シミュレーション演出を同時にこなすその手際の良さに唸る。なによりシナリオがめちゃくちゃよくできた映画だとおもう。

【ママー!これ買ってー!】


絶体絶命都市

最近VR対応の新作がPS4で出たみたいですがアマゾン見たらレビューが絶体絶命な感じになってました。

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