わたし大好き映画『草間彌生∞INFINITY』感想文

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《推定睡眠時間:0分》

アウトサイダー・アーティストのジョゼフ・コーネルと交際していたニューヨーク時代を述懐してお馴染みの抑揚のない口調で「私はキュートでラブリーだから(コーネルは私をしつこく求めた)」と言ってのける草間彌生ちょうすごい。そこを少しも強調しない。私がキュートでラブリーなのは自明のことで、昨日の後には今日があって今日の後には明日があるのと同じような宇宙の真理。

草間彌生がそういう人間だと知っている人にとってはそれこそ何の変哲もない言葉かもしれないが、たまになんかの企画展で草間彌生の作品を見ることはあっても作家自身にはあまり関心を持ってなかった俺としては大衝撃である。こんなに強い自己肯定があってよいのか。いやあってよいんですけどそれができる人っていないじゃないですか基本。言える? 私はキュートでラブリーだからって、ウケ狙いでもなんでもなくて当たり前の事実として。90歳の芸術家が。

そんなことを言われたら敬服せずにはいられない。すさまじいばかりの少女的全能感。世界は自分を中心に回っているし、この世界は自分に征服されるべきだぐらいに思っている。その強烈なエゴは精神の病に起因する自己の喪失体験に由来するらしい。映画の中で草間彌生が語っていたのは幼少期に花畑に迷い込んだ際のルドルフ・オットー言うところのヌミノーゼというべき経験で、その時に草間彌生は自分と自分の住む世界がごっそり花に奪われ花で埋め尽くされたように感じた。

この経験の仔細な分析は劇中ではなされないが、どうもこのような自己喪失の半ば無意識的な乗り越えとしてどこまでも続く終わりのない網目模様、水玉模様、ペニス状の突起物、などの創作があるらしい。全人的な奪われと征服の経験をその奪ったもの、征服したもので取り返す。そうされた時と同じだけのエネルギーでそれを逆放出すること、そうして自分を奪った他者の世界を自分の世界で征服してしまうこと、そうすることで自他一体の宇宙の創造を究極的には志すこと、それが草間彌生の芸術らしいんである。

もちろん世界はそう生やさしいものではないから草間彌生はままならない他者の世界にずっとぶっ殺されてきた。草間彌生はもっと具体的な奪われの経験もよく話す。要するに盗作というかアイディアの借用だが、これが草間彌生には耐えられない。自分のものであるはずの世界が逆に自分を奪いにくる不条理。普通の人はそれが世の摂理だと甘んじて受け入れる。でも草間彌生は絶対に受け入れない。受け入れられないのかしれない。そうとなれば全面的に戦うしかない。

全世界と戦うための絶対的な自己肯定。それが「私はキュートでラブリー」の裏に透けて見えて、なんだか、すごいかったのだ。

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草間彌生はすごいが映画自体は草間アゲのナビゲーション映画なのでなにかすごいシーンとかすごいショットがあるわけではない。草間彌生の創作意欲の源は、というのも実は案外サラリと流され、そんなことよりも草間アートの変遷に時間を割く映像で見る草間彌生レトロスペクティブ・カタログのようなものだった。

クサマニアには全然物足りない映画だろうと思う。本人インタビューも少ないしランタイムもコンパクトに76分。草間彌生をあんま知らない俺にはワンダーな76分だった。あんな草間もこんな彌生もいっぱい見られる。
水玉絵と突起物だけの人じゃなかったんすねぇ。インスタレーションの分野でも乱歩の『鏡地獄』みたいな作品が話題を呼んだ。かと思えばハプニングの分野でも名を残した。全裸の男女に水玉ペインティングを施して路上歩かせたり、とか。むしろニューヨーク時代の草間彌生は当時の日本ではハプニング・アートの人として理解されていたらしい。

それにしても写真で見るニューヨーク時代の草間彌生は素敵である。今日と地続きにその頃を語ることのできる現在の草間彌生も素敵ではあるが、ニューヨーク時代のあの眼差しですよ。一発でやられちゃうね。草間彌生は何も見ちゃいないんです。世の中なんて本当どうでもいいんです。好きでも嫌いでもない。眼中にないとはまさにこのこと。他者の世界はわたしが輝くための舞台であり、わたしに征服されるためだけに存在するに過ぎない。とでも言うような目。

しかしそこに生真面目な生真面目さが感じられないのが草間彌生の草間彌生たる所以。ハプニングはそのトリックスター性の最も直接的な表現でしょうが、そうでない部分でもアウトサイダーのイメージを意識的に、戦略的に作品の付加価値としてるようなところがある。
そうせずにはいられないからアートをするし、そこにはっきりと形のある理屈はないが、そのアートをどう市場に売り込むかという点では相当にクレバーな草間彌生だ。

決して世界の側の歩み寄りを期待したりしない。芸術家の純粋さやナイーヴさを愛でる悪趣味な俗物など相手にしない。そんなやつらは草間彌生から毒牙を抜いて美術館に押し込めて、世界草間化計画を頓挫に追い込もうとするだけだ。
抑圧的な家庭環境とか精神の病とか数度の自殺未遂とか被差別体験とか色々あったがそのすべては結局どうでもよいこと、草間彌生の強烈なエゴはわかりやすい芸術家のストーリーすら否定して、その安全地帯から作品を消費しようとするやつらを翻弄して、飲み込んでしまう。

御年90歳でなお奈良美智の世界に牙を剥く少女であり続ける草間彌生、すごいっすねぇ。超かっこいいしキュートでラブリーでしたよ、確かに。

【ママー!これ買ってー!】


クサマトリックス/草間弥生

森美でやった個展の図録。

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