引っ越し残酷物語『引っ越し大名!』感想文

《推定睡眠時間:10分》

『引っ越し侍』で検索しても出てこなくておかしいなぁと思ったら大名だったという話はどうでもいいが意外にもこれが重厚、とまでは言わないがシリアス寄り、侍をサラリーマンに見立ててその見栄えのしない地味仕事にスポットライトを当てる軽妙な伊丹十三的ハウツー時代劇が劇場用時代劇のトレンドっぽいのでこれもその類いだろうと思ったが、確かにそういう面もあるとしても映像的にも主題的にもむしろ正調時代劇に近いのだった。

なんせ絵に艶がある。今風の色調や構図でない。特に照明が素晴らしい。引っ越し奉行・星野源と引っ越し町人・高畑充希の慎ましい逢瀬の場面での高畑充希を照らすロウソク光のエロティシズム。城のピッカピカの外観と採光に乏しく薄暗い内部の強烈なコントラスト。詩情豊かな松の木の木漏れ日等々、ロケ撮影も見事なもの。
こんなタイトルでそんな絵画的な場面に遭遇するとは思わなんだ。ちゃんと、時代劇の匂いを画面に封じ込めようとした時代劇なんである。

お話も序盤こそ国替えをネタにしたハウツーコメディ的に進んでいくが次第に別の相貌が露わになってくる。ターニングポイントは藩士リストラの場面。藩のお引っ越しには莫大な予算が必要になる上に移転先は今より石高が低い場所、大量解雇せにゃどうにもならんというので星野奉行はそのうち藩に余裕ができたら再雇用しますからこれリストラじゃないすからレイオフっすからって感じで対象者一人一人にリストラを言い渡していくのだが、笑う場面かなと思ったら重い重い、侍以外の生き方なんて考えたこともないリストラ侍たちの悲嘆ときたら。

その一人がソニーミュージックから解雇されたばかりのピエール瀧という映画的ミラクルもあって忘れ難い場面になっていたが、ようするにこれお引っ越しは大変だなぁっていう物語ではなく、侍の生き様や侍として生きることの悲哀を描いた物語だったんである。
だからヤマとかオチとかぶっちゃけ無い。一応取って付けたような謀略とか殺陣もあるが賑やかし程度のもので、ポップなタイトルに反して淡々とした映画、迫ってくるのは面白よりもこんな大変なお引っ越しを上から命ぜられるがままに何度も何度も繰り返した侍たちの痛ましさ、侍社会の残酷さであった。

正調時代劇っぽいというのはそういうところで、絶賛引っ越し中に挿入されるミュージカルシーンも、なにか漫画的なアクションをやろうとしたのかもしれないが圧倒的に躍動感が足りない殺陣も、そこだけ切り取れば大して面白くないキワモノ演出っぽいが、そんなイベントでもなけりゃやっていけない侍生活の哀しみを汲み取れば、これもひとつの武士道残酷物語だよねぇって感じになる。

なんかそういう映画でしたね『引っ越し大名!』。あと大らかな豪胆侍・高橋一生の刀が抜く瞬間の殺気、とてもよかったと思います。

【ママー!これ買ってー!】


ジャズ大名

観る前はこういうふざけた楽しい映画なんだろうと思ってましたがこっちはこっちでジャズでもやらなきゃやってられねぇよ的な哀しみがあった。たのしい時代劇はだいたいかなしい。

↓原作


引っ越し大名三千里 (ハルキ文庫)

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