ローリング家庭崩壊映画『家族を想うとき』感想文

《推定睡眠時間:0分》

こないだ観た『パラサイト 半地下の家族』とは題材的に共通するところがわりとあったのでこういうのが今のヨーロッパで評価される映画なんだろうか。主人公は色んな職を転々とした末にシェアリングエコノミー的な宅配業に辿り着いた労働者階級のオッサン。裕福とはとても言えないがその暮らしぶりはそこまで悪いものではない、けれども良いものでもなかったので家族のためにもう一稼ぎしてやりたい、一稼ぎしてマイホームを持ちたい…これが悲劇の始まりであった。

シェアリングエコノミー的なやつなので労働形態としては業務委託契約で働く個人事業主、しかし荷物がないと仕事ができないわけだから契約を交わした配送所に毎日行って事前の自己申告で決めたルートを回ってと実質的には給与所得者であるし、出来高払いだからノルマはないと担当者は言うものの遅配とか荷物紛失とか契約違反があると違約金が課されるので個人事業主とは名ばかりのアルバイトの下位互換。

シェアリングエコノミー的なやつなので仕事を始めるに際して会社は配送車を用意してくれない。自家用車で配達してもいいらしいがそれだといくらも運べないから稼ぎにならない。会社の提供する配送用リース車両を使ってもいいがレンタル料が引かれるので旨味がない。頭金はかかるがいっそ購入してしまった方が長期的には得、という甘言に乗せられたオッサンは自家用車を売り払って配送車を買ってしまう。

こんな仕事は何一つ得がない。いざ仕事を始めてみると夢を見る時間すら与えられることなくオッサンの目論みは崩れ去る。訪問介護の仕事をしている妻は仕事に自家用車を使っていたのでオッサンの目論みが崩れたことでこちらも崩れる。両親が崩れりゃ微笑ましいグラフィティに精を出すアーティスト志望の長男も崩れる、残された長女もがっつり崩れる。瀬戸際ラインで平凡な幸福を保っていた家族はこうしてジェットコースター的に瓦解へと向かうのであった。

あまりに分かりやすく悲惨なのでリアリズムの映画なのに寓話性すら漂ってしまう。なんだか『怒りの葡萄』のような雰囲気なのだが映画の世界では既にレプリカントが生まれていてポリス・スピナーが空を飛び回っているはずのこの2019年にもなって『怒りの葡萄』。ブラックユーモアのつもりどうかは微妙だがその現実につい乾いた笑いが生じてしまう。俺はそれを漏らさなかったですけど配送会社のあまりの仕打ちに妻がぶち切れる場面で笑ってるオッサン客たくさんいましたよ、俺が観た回。気持ちはわからないでもないが声に出して笑うことはないじゃないか。お前らどうせこんな風に金に困ったことがないんだろうな。

まったく不健全というか不真面目というか。俺はその場面でよし行け! そのまま日本刀持って配送所に殴り込みをかけろ! 奴らを殺せ! って思いましたよ。どっちが不真面目なんだ。

それにしても今よりもほんのちょっとだけ良い家に住もうとしてそのささやかな願望を大幅に上回る代償を支払う羽目になるっていうの、シェアリングエコノミー的な(的な)業態の落とし穴を可視化したものとして面白いんですが、案外ざっくりと進むのでもすこしチクチク嫌味を入れても、と思わないでもない。
これだけ見ると主人公のオッサンがなんでそんな疲弊しちゃってそれでも仕事を変えられないのかよくわかんないんですよね。いちおう配達先の客の態度が劇的に悪かったり違約金課せられたり最初に車買っちゃったからっていうのはあるんですけど、それだけだと職選択の失敗を認めて一時的に損をしてでも辞めたらいいのになぁってなっちゃう。

たぶんオッサンが辞められないのはそこにチャンスがあるってどこかで思い続けてるからなんですよ。給与所得だったら一定だし賃上げもこのご時世期待できないけれども、出来高払いの個人事業主だったらもっと稼げるかもって考えを捨てきれない。シェアリングエコノミーってそういう人間の愚かな欲につけ込んだ商売じゃないですか。届けるモノが安いからこの映画に出てくる配送会社(サービスと言うべきなんだろうか)よりは全然気楽にできますけど俺ウーバーイーツやっててそれをすごい思いましたね。

基本配送料は安くてインセンティブでどんどん上乗せしていくシステムなんで最初はじゃあどんどん配送してやろうって気持ちになるんですけど、常時注文があるわけじゃないから待ち時間がかなり発生して時給換算では普通のコンビニバイトとかと結局同じぐらいになるし、稼ぐために一日に十数キロとか走ってたらクタクタになってしまってとても毎日は続けられない、それを続けられるくらいならアルバイトのメッセンジャーにでもなった方が割がいい。

じゃあウーバーイーツで配達員やることのメリットどこだよって考えたらバイトまではやりたくないけどほんのちょっとだけお小遣いが欲しい暇の人の隙間時間の活用ぐらいしかなくて、けれども配達数に応じてインセンティブが変わってくるから配達員とサービス提供側に齟齬が生じる。サービス提供側はもっと稼働時間長くしてもっと走ればもっともっと稼げますよ~ってあの手この手で配達員を稼働させようとするわけで、そこにうまく乗せられてしまうと配達員は逆に損をするねじれた状況に陥ってしまう。損をすればするほどその損を取り返すためにサービス提供側の語る稼げる幻想を信じざるを得なくなって…っていう一種のギャンブル中毒ですよね、社畜とかっていうよりは。

こういう業態で働く人のそういう心理っていうのは『家族を想うとき』では掘り下げが甘かったんじゃないすかね。それだけを描いた映画ではないですけど、でも家族瓦解のキッカケを作ってその推進力になったのは間違いなく主人公の働き方なんですよ。だからそこをもっと…って思ったりして、面白かったんですけど家族のキャラ設定も含めてなんか図式的で説教くさいなみたいな、それはちょっと感じてしまったなぁ。

【ママー!これ買ってー!】


軽貨物ドライバー・軽配送の仕事をやってみた! 脱サラ・起業・独立・自営業 改訂2.0
この映画に出てきたような業態を軽配送というらしい。日本でもやってたんすね。知らなかった。まぁ何にしてもフリーランスというのは必ず人生崩壊レベルのリスクがあるわけですから給与所得で食ってる人は安易に転職とか絶対しないほうがいいと思いますよ。

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