のんびり感想『ハミングバード・プロジェクト 0.001秒の男たち』

《推定睡眠時間:20分》

「死を殺す死」こそが問題となる。というのも、敵の大砲に向かって突撃しなければならない歩兵にとって、唯一の手段は、砲に突撃して砲手を即座に殺すことだからである。しかし、そこに着くまでの彼に許された時間は極端に短い。つまり、砲手が砲弾を装填するのに要する時間である。そこで歩兵は、弾が発射された瞬間に、敵の大砲に向かって突進しなければならない。彼の生命は駆ける速度次第である。
(…)救いはもはや逃走にはなく、「死に向かって走ること」、「死を殺すこと」にしかない。要するに、救いは突撃にあり、なのだ。理由は単純である。新しい砲弾が逃走を無駄なものにしてしまったから。
ポール・ヴィリリオ『速度と政治』(市田良彦訳)

速度の思想家ポール・ヴィリリオだったら文化も戦争もなんでもかんでも人間のすることって要するに全部速度が鍵を握ってますよねぐらい言うが確かに足が速くなければ縄文時代の人はイノシシとか狩れなかっただろうし小学校でモテる男子は足が速い男子と相場が決まっているから食事と生殖という種の存続に関わる部分で重要な役割を果たしているのは速度であった。

今の人はイノシシを追っかけなくてよくなったので足が遅くても死ぬことはないと思われるがそこは情報化社会ってことで物を言うのはやっぱり速度。速度がなければ自由もない。オフィスにこもってPCを見てるだけのこんなつまらねぇ毎日抜け出してやんよ! と燃える凡才トレーダーのジェシー・アイゼンバーグはそんなわけで弟の天才システムエンジニア、アレキサンダー・スカルスガルドとともに会社を脱出、豪腕上司サルマ・ハエックの制止を振り切って大きな賭けに出るのだった。

その賭けというのがハミングバード・プロジェクト、カンザスのデータセンターとニューヨーク証券取引所を直線で、とにかく回り道なんか一切しないで一直線で光ファイバーを繋げてしまおうという壮大に地味な計画である。
もし仮にガチの一直線で繋ぐことができれば通信速度が従来より0.001秒短縮できる。0.001秒がなんなんだと言いたくなるがものすごい情報量がものすごい速度で行き交うプログラム取引の世界では0.001秒早い通信システムを持つやつが大金持ちになれてしまう。

これは夢のような話。果たして実際に可能かどうかはわからないがとにかくできると言い張ってジェシー・アイゼンバーグは投資家から大金をせしめるのであった。見切り発車とはまさにこのこと。だが悠長に準備などしていられない。とにかく、大事なのは速度なんである。見る前に走れ、だ。

こうして走り出したチーム・ハミングバードであったが前もって入念に準備してないので様々な障害がそれはもうガツンガツンぶつかってくる。国立公園の中にある岩盤の厚い山なんかどうやって穴を空けたらいんだかわからない、ジェシー・アイゼンバーグの無茶ぶり発注により限界突破レベルに早く通信できるコードを書く羽目になったアレキサンダー・スカルスガルドはやがて脳がショートして通信速度と月齢の関係(?)に着目したりしてしまう、突然のダブル退社によからぬ動きを嗅ぎつけたサルマ・ハエックはスパイ社員に二人の動向を監視させ、ついにはFBIまで動き出す始末。

アレキサンダー・スカルスガルドの夢はプロジェクトを成功させて丘の上にお家を建てて家族とゆっくりのんびり暮らすことだったがFBIまで出てきちゃったらもうそれどころではない。速度に縛られる日々からの脱出を求めたふたりの速度向上計画はやがて戦争の様相を呈してくるのであった。「新しい砲弾が逃走を無駄なものにしてしまった」のだ。皮肉である。

やっていることのミニマム具合と反比例してずいぶんとダイナミックな展開を見せる映画だったが抑制の効いた語り口のおかげで進行は淡々、あっちこっちを掘削する映像がちょいちょい入ってくるのでなんだか重機・土木工事系の趣味ビデオのようにも見えてくる。
つまり眠いのだが、でもあんまり生き急いでもしょうがないよねっていうほろ苦悲喜劇なのだからちょっと眠るぐらいがちょうどよいんじゃなかろうか。逃走が無駄なら眠りで対抗。そういえばジェシー・アイゼンバーグもアレキサンダー・スカルスガルドも全然寝ていなかった。

常に苛立ちながらひたすらまくし立てるジェシー・アイゼンバーグは『ソーシャル・ネットワーク』のアナザーバージョン。アレキサンダー・スカルスガルドの超猫背と謎なランニングフォームはなんとなく笑ってしまう。ジェシー・アイゼンバーグがマッサージ屋に入って「ここ合法?」と店員に尋ねる場面でアメリカにも性感マッサージ的なのあったんだ! とどうでもいいトリビアを得る。

自由のために速度を求める二人の前に立ちはだかるのが速度を拒絶することで自由を得ようとするアーミッシュ、というのはなんだか図式的というか説教臭いと思ったが、ともあれさり気ない風刺もよく効いたなかなか面白い映画だった。
いいよね、ぶち切れたトレーダーがキーボードクラッシャーになるところとか。速度追求者のなれの果てはキーボードクラッシャーであった。

【ママー!これ買ってー!】


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こっちの冒頭でもジェシー・アイゼンバーグ演じるザッカーバーグが早口のせいで恋人を失っていたので速けりゃいいってもんじゃないっすね、やっぱ。

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