神話ドキュメンタリー映画『ハニーランド 永遠の谷』感想文

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《推定睡眠時間:0分》

ポスターにどこどこのドキュメンタリー映画賞を受賞と書いてあったのでそういう映画のつもりで観に行ったこちらとしては背中にナチュラル素材のカゴを背負った老女がカメラに向かって歩いてきたかと思うと突如として道があるとかないとかそういう次元ではない岩壁にさながら天然ロッククライミングの要領でひょいひょいと踏み出し若干バランスを崩したら即死っぽいその場で岩壁の蜂コロニーに手を突っ込み素手で蜂群を払いつつカゴに蜂の巣(板型)を入れていくオープニングでシアターを間違ったのだろうかと思うほどであった。

本当にいいんですかドキュメンタリーで。本当は全部台本あって撮影時に命綱とか付けてるんじゃないですか? っていうかクロマキー合成じゃないですか? とつまらないことの一つや二つや三つや四つぐらいは少なくとも言いたくもなるありえなさ。確かに俺はこの撮影地マケドニアを知りませんがこんなになんていうか映画的で大丈夫なんですかね。大丈夫ではない。あまりにも現代離れした映画的かつ神話的な生活を送っていたためこの主人公の老女、なんでも「ヨーロッパ最後の自然養蜂家」と呼ばれる(と公式サイトに書いてある)人は市場でボられたり隣人トラブルに巻き込まれたりとかして悲惨なことになる。

とはいえ撮影期間数年間とのことでそれを86分とかいうきわめて抑制された尺に収めているわけだから最終的にカットされた箇所甚大。とてもとても現代の現実の出来事とは思えない神話っぷりは編集によって創られたものであることは頭の片隅に置いておいた方がいいんだろう。全撮影素材を、とまでは言わないが仮にトータル10時間ぐらいのテレビシリーズに再編集したものを観たとしたら、受ける印象は全く変わって神話的というよりは世界の現状的な社会派ドキュメンタリーに見えるんじゃないだろうか。

この映画のおもしろいところはたぶんそのへんの、あえて短い尺の中に数年分の出来事を超絶濃縮してほぼほぼ説明ナシのストロングスタイルでスクリーンに叩きつけることによってフィクションだとかノンフィクションだとかヤラセだとか演出だとかそんな作劇の境目を、悲劇なのか喜劇なのか神話なのか社会派なのかというようなジャンルの境目を、いともアッサリと超えていってしまうところにあるんだろう。

とにかく色んな意味で狭隘な現代人の理解の範疇などスルーしてくる映画だった。そのことは冒頭の断崖絶壁チャレンジでこともなげに示されているわけである。

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具体的になにが理解の外に出るかといえばやっぱまず老女の生活っぷりですよね。天然養蜂家ってなにかしらと思いましたらさっきの岩壁とかから蜂の巣取ってきて家の壁に穴空けて作った養蜂スペースで養殖して蜂蜜売る。あまりたくさん巣を採り過ぎると蜂がいなくなってしまうので蜂と相談しつつ生活に必要な分だけ貰うというサステナブルなお仕事です。

もちろんそんな生産体制では量的にいくらも売れないので全然金にならないがどうもそれで生活が成り立ってるっぽいのはこの老女はワンランク上の老女である盲目で耳の遠い寝たきり母(キャラが神話的に立ち過ぎている)と一緒に暮らしているのだが、そこは電気がなくガスもないっぽく水道すらないようなので水は井戸だよりってよくそんなところで暮らせるな。

その生活を固定カメラ自然光のみで撮るものだから重厚なヨーロッパ史劇のようにしか見えないが市場に出向けばサングラスしてスマホで写真撮ってる凡俗現代人どもがわらわらと群れているのでちゃんと現代のお話であることがわかる。撮影対象(の生活と居住地)がすごいのでそれをそのまま撮るだけでもめちゃくちゃに絵になるという身も蓋もない話でもあるが、それしてもこの、何が起ころうとカメラを動かすまいとするキューブリックもかくやの構図第一主義的画面が捉える階調豊かな光と闇の綾はすばらしく、とくに気の利いた修辞が思い浮かばなかったのでまるでバロック絵画のようだと雑に言ってしまうが、じっさいにわかにドキュメンタリーとは信じがたい絵画のような重厚映像の連続なのだった。

だが信じがたいのはそれだけではない。ここから先はネタバレ領域なのでバレないよう入り口でぐっと堪えるが「それ撮っちゃうのかよ!」とか、「撮るのはともかく映画に使うことを許可したのかよ!」という、大丈夫なの? 案件の映画であり…そのなんというか、本当にあまりに露骨に「犯行現場」をカメラに収めてしまっている(裁判資料に使えそうなぐらい)ので、どういう嘘で撮影許諾を取り付けてどういう経緯で世に出たのかとかわりと謎。そう見えるのは例の短尺濃縮編集の賜物だが、それにしてもこれは…なのだ。

ただその事件性を映画は社会の方には結びつけず、あくまで神話ないし寓話として構成する。父と子の反目。循環する生と死。恵みと天罰。社会から弾き出された弱者が少しでも豊かな生活を切望し資本主義の追いつき追い越せレースに乗ったところ憐れにも資本の餌食となって、もともと社会の外で自給自足していた周縁人がその災厄から文明の僅かばかりの恩恵を天から落ちてきたコーラ瓶のように享受する、この悲劇的な逆説。

いやー…なんだか知らんがすごいものを観た気がするよ。おもしろかったです。

※老女のハートマン軍曹ばりの口先バイオレント介護、放牧牛を殴ったり蹴ったりして遊んでたら怒りの牛蹴りを食らってめっちゃ痛いことになる子供など、暴力コメディの側面あり。

【ママー!これ買ってー!】


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ペドロ・コスタのドキュメンタリー映画とはわりと共通するところがあるかもしれない。

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