殺人は無益映画『アングスト/不安』感想文

《推定睡眠時間:0分》

他人事ではない。この主人公アングストさん(仮名)は主観と客観が壊滅的なレベルで解離している粗忽殺人者なのでそのズレが臨界点に達するとどうして良いかわからずその場であーあーあーもうほっといてぇぇぇ! と横山弁護士のようになってしまうのだが、週末ともなると緻密かつ合理的かつ論理的かつ流暢かつ無駄がなく完璧にして最高の映画ハシゴ鑑賞スケジュールを移動しながら脳内で立てる俺も電車の遅れや思ったより駅から映画館が遠かった事由によりその予定が崩壊し観る予定だった映画が観られなくなると一気に映画鑑賞欲を失うと同時にもうやめてぇぇぇ! とマスコミによる取材攻撃など受けていないにも関わらず横山弁護士になってしまい更には穴があったら入りたいとはよく言うがマットがあったらジタバタしたい、そこまでのパニック状態に陥ってしまうのだ。

おそろしい。似ている。もし俺が何らかの理由で人家に忍び込み家族全員を無残にも殺害しなければならない状況に置かれたとしたらきっとこんな風になるだろう。映画は自称天才サディスト殺人鬼アングストさん(仮名)の事件当時を振り返って的なセルフ再現モノローグを付けて上映時間と劇中時間がほぼ一致した準リアルタイムで進行するのだが、とにかくパないのはこうしてこうしてこうしてやろうと人家に忍び込んだアングストさん(仮名)が極悪な犯行計画を練っているのが聞こえているのでこれから犠牲になるであろうその家の住民たちを危ないぞ、危ないぞと見ているとさっきまで扉の影に隠れて緻密かつ合理的かつ論理的かつ流暢かつ無駄がなく完璧にして最悪の犯行計画を練っていたアングストさんが突如として人目の中心を通ってハイパーダッシュで外に逃げ出そうとしてしまい、いや逃げんのかい!

と逆の意味でまさかの行動に動揺しているとこのアングストさん(仮名)、今度はそこを通って逃げようとしたドアをハイパーテンパり過ぎて開けられず、開けられないことに劇的に焦り過ぎて今度は呆気にとられてその様を眺めていた住民を殺しにかかり、いや殺すんかい! 相次ぐ突然の行動変容に見ている方もパニックであるがそれ以上にアングストさん(仮名)はパニックなので「この女は縛り付けてたっぷりいたぶってやろう…ふふふ…」とか頭では思いながら実際にやっていることはとりあえずそこらへんに置いてあったテープでとりあえず目についたドアノブにとりあえずめちゃくちゃ中途半端な形で片足だけ縛ったもののそれからどうしていいかわからずとりあえずそこらへんをウロウロして20分ぐらい経つなど、いやどうしたいんだい!

そう思いながら、でも俺も何らかの理由で人家に忍び込み家族全員を無残にも殺害しなければならない状況に置かれたとしたらきっとこんな風になるだろうなって思えて、それがまさしく「不安」でしたね…そんな状況はそもそもないと思うが…。

でも一通りツッコんだ後に冷静に考えたら笑いが凍る怖い映画よね。日本でもいろんな未解決猟奇殺人事件とかあるじゃないですか。青ゲット事件とか世田谷一家殺害事件とか。ああいうやつって入念に計画されたように見える部分がある一方で何も考えてなかったとしか思えない雑な部分もあって、そういうよくわからん犯人を理解しようとするときに俺含めて人を殺したことがない人はどうしてもその行動に何かしら一貫性を求めたくなったりする。その殺人鬼幻想からおそらくジェイソンみたいなこっちの行動を全部先読みして尻尾を出さない無敵のスラッシャー殺人鬼もうまれる。

でも実際の殺人鬼の思考と行動、たぶんそんな首尾一貫してないよね。俺は殺したことがないからわかりませんが殺人鬼も人間ですから普通にミスるし普通に焦るし普通に計画が頓挫した結果普通に逆ギレするとかってあると思うんですよ。で、そうなると殺人鬼もわけがわからなくなってくるからえーいもう面倒くさい全員殺すか! みたいなヤケ起こしたりして…そしたらもう行動が読めないから怖いよね。冷静に殺しにかかってくるのも怖いですけどやっぱ逆上した方が怖い。この映画はそういうリアルな怖さがあったなー。

全編ひたすれ混乱しっぱなしのアングストさん(仮名)の心に寄り添うようにステディカムを本人に装着した思しき疑似主観的なアクションカムの先駆け撮影はとにかくずっと揺れっぱなし。疲れる。やっと客観視点になったかと思えば謎のローアングルとハイアングルの連続。疲れる! 疲れるのでやっぱり殺人なんてするもんじゃないなと思わせてくれるあたり教育的であるし、アングストさん(仮名)の行動もよくわからなければ殺される人たちの行動もよくわからないのでその点でも教育的である。もし家に殺人鬼が現れたらウダウダしてないでとにかく思考不要問答無用で家の外にダッシュで逃げる。とはいえ、実際に家の中で殺人鬼に遭遇したらそう簡単に体は動いてくれないだろうから、そこもまたついつい不謹慎に笑ってしまいつつもリアルで怖かった。

まぁ、さっきからアングストさん(仮名)ってずっと書いてますが、こんなの全然面白くないでしょ? でも俺は最初ちょっと面白いと思って書いたからね。途中からはさすがに疑問も芽生えてきたが最初はちょっと面白かったんです。これですよ。この主観と客観のズレだね。俺の場合はそのズレがアングストさん(仮名)として表出するだけですけれども世の中にはアングストさん(仮名)や某酒鬼薔薇のようにそれが猟奇殺人として表出する人もいるというわけであぁズレはおそろしい、そのズレを笑いに換えて正してくれる忠犬ダックス(かわいいずっとかわいい)とレストランのおねーちゃん二人組の温度ゼロの視線がまことにありがたい映画でありました。なんかそこもまたちょっとズレてない!?

【ママー!これ買ってー!】


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トリアーのこれは『アングスト』が元ネタっぽい。

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