笑う『ボーダーライン』こと『ロープ/戦場の生命線』の感想です

《推定睡眠時間:0分》

スタッフ・キャストを確認しようと思って某映画サイトを開いたらあらすじ欄に建前ばかりの国連を尻目に云々、などとある。なんの映画かというとこれは戦場ドラマで、ベニシオ・デル・トロ率いる“国境なき水・衛生管理団”みたいな国際NGOがユーゴ紛争下のバルカン半島(具体的な地域はぼかされている)に入って人道支援活動を行っているが、国連軍を始めとして様々な勢力とか思惑とかがいちいち活動を妨げるのでなんかもう大変というお話。

そこから前述のあらすじが導き出されたんだと思うが、どうなんでしょう、そういうことを言ってしまうと本質的な部分が見えなくならないですかね。だって「国連が使えないからNGOが代わりに体張ってんだよ!」みたいなある種ヒロイックな読みを許しちゃうじゃん、こういう文章だと。
それは全然違くねって思ってて。これ別に紛争地帯のNGO活動をヒロイズムで煽るような内容の映画じゃないし、国連軍が建前ばかりで全然動かないっていうストーリーじゃないよね。

国連主導の治安維持とかあるいは和平協定の大きな枠組みからはどうしてもあぶれてしまう類いの、こう言ってよければ些末な、でも決して欠かすことの出来ない現地住民の生活に密着した地味で地道な人道支援活動が時として国連軍が象徴する紛争の大局と衝突するっていうような話で。
原作は国境なき医師団だった人の手によるものらしいから国連軍の官僚主義的な組織運営に対する辛辣な批判はあるんだけど、ただそれをさぁ、ねぇ? 国連軍使えねぇみたいに読み違えてしまうとさぁ、あの感動的なラストシーンまで読み違えてしまうんじゃないすかねぇ。

誰かヒーローみたいな人とか組織がいて、あるいはいなくて、そのせいで事態が収拾したりしなかったりっていう話じゃないから。そうじゃなくて、国連軍とか現地住民とか政府軍とかNGOとかゲリラとか各々の紛争関係者の利害がうまく調整できなくて、色んな局面で食い違ったり正面衝突しちゃったりする、それが紛争地帯の日常だよねっていうそういう映画じゃんこれは。
紛争の無秩序の中で各々の当事者が各々の立場からなんとか秩序を回復しようと奮闘してるっていう話じゃんこれは。だからそれが一点に結ばれるラストが沁みるんじゃん。

まったく誰なんだあれ書いたやつ。ちゃんと映画見たのかお前。見てないなら見てないでいいから正直に言いなさい。大丈夫、江戸木純だって資料が届かないからスチル一枚二枚だけ見て想像あらすじを書いたこともあると告白してる。
でもちゃんと見てあのあらすじを書いたんなら誰だか知らないがお前はダメだ。文章力とか読解力の問題じゃない。適当な印象で無責任にヘイトを煽るようなことを書くとか、あるいは別の媒体から引用するとか、少しだけでいいから恥じろ。

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そんで映画の方ですけど映画の方は超おもしろかったわ。完全ノーマークだったから余計にそう感じたんだろうな。なんかチケット買うときに壁に貼ってあるポスター見たら紛争地帯の一日とか書いてあるし、主演ベニシオ・デル・トロ。
『ボーダーライン』感、出過ぎだろ。これ絶対見た後で胃が痛くなるやつじゃんて思ったよね。あと『ボーダーライン』といえばヨハン・ヨハンソン先生のご冥福をお祈りします。

事前印象そういう感じだったから映画始まったらびっくりした。なんかやたらジョークばっか言ってる。『マッシュ』かよっていうぐらいジョークばっか言ってる。
まさかそっちの方向に行くとは思わなかったよな…だって冒頭シーンとか井戸に投げ込まれた太った水死体をNGOが引き揚げるっていう異常なシチュエーションすからね。

その引き揚げるロープが切れちゃったからベニシオNGOはロープ探しに行くんですけど(死体で井戸が汚染されると村人が生活できないので)、途中で現地の子どもたちがサッカーボールを巡って喧嘩してるの見つけて仲裁しようとしたら子どもの一人がガチ拳銃取り出して威嚇してくるっていう。
一本道を走ってると道のど真ん中に牛の死骸が置かれてる。なにかといえばこれは通行車を地雷に引っかけるためのトラップで、牛を避けて道路を外れたら地雷で逝くっていう。

やばいでしょ。それガチのやばい地域じゃん。一応の停戦合意が公布されてるのにその状況とか絶対やばいでしょ。いつ局地的な戦闘が再開するかわかんないし。いまにも民族浄化とか始まりそうな気配だし。
っていう中でのジョークの応酬ですよ。狂犬病らしき犬を前にして「タイソンって名付けたんだ」。オルガ・キュリレンコ演じる監査官に帰国を促されて「ボスニアのために彼女を抱け!」。つまり活動継続のためキュリレンコを竿で絆せということだが最低のパワーワードすぎるだろ。

後者はちなみにベニシオNGOのナンバー2、ティム・ロビンスの発言だったがこのティム・ロビンスが狂った人で紛争地人道支援のカオスに完全にハマっているお笑い版『ハート・ロッカー』。
とにかく死と紙一重の危険な仕事が楽しくて仕方が無い。国連軍の車列に遭遇すると挑発しながらダーッと抜き去ったりする怖い物知らず。故郷で誰か待っている人間はいないのかと問われた答えが「娼婦以外で?」だから、『ハート・ロッカー』っていうかこれもう『トラック野郎』の星桃次郎だな。このキャラ良かったわぁ。

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あと良かったといえばベニシオNGOの新人、メラニー・ティエリーの理想に燃えて盲目的に突き進んだ結果リアルの壁に激突して心をヘシ折られるっぷりも良かったですね。
いかにも気の強そうな顔してるんだわこの人。フィーメイル新入りに仕事のやり方を猛批判されるベテランのベニシオの図はアナザー『ボーダーライン』か。
一方で紛争地のリアルを身に染みて知っているはずのベニシオも頭の片隅に捨てきれなかった理想が残っていて、砂と諦観に覆われた無情顔がふとした瞬間に崩れたりするっていうのもまたグッとくるところだった。

たった一本のロープがあっちに行ってもこっちに行ってもとにかくまったく手に入らない。なんだか不条理劇めいたお笑い珍道中だったが置かれた状況としてはやはりヘビィにガチなので、実際全然笑ってる場合じゃないというのがすごかった。
ひたすらジョークばかり言っている。ヴェルベット・アンダーグラウンド、マリリン・マンソンなんかのラウドなロックを下品なくらいガンガンBGMで流す。演出的にはえらいアッパーでノリがよい。

でも上辺のユーモアとハイテンションの下には血まみれのリアルがあるわけで、それがずっと透けて見えているっていう対照法がたいへんな緊迫感を生んでいたように思いますね。また悲劇性というのも。
そうやって笑わせといてハラハラさせといて、紛争地のリアルをパノラマ的に提示しておいて、人道支援の理想と現実のせめぎ合いをロープとボールに託したシンプルな物語の中にジョークと警句と寓意をいくつも詰め込んでたりするわけだから、これはまったく匠の仕事。すごい。立派。素晴らしいとおもうね。

スペイン映画だそう。こういう重喜劇的な作りはアレックス・デ・ラ・イグレシアがよくやっていたと思うが、これはフェルナンド・レオン・デ・アラノアっていう監督の作。
なんかスペイン映画界にはそういう土壌があるんすかね。ちょっとだけ思い出したのは今や名匠ポジのデヴィッド・O・ラッセルの出世作『スリー・キングス』だったので、なんかこの人もすごい仕事するんじゃないかこれから。

あと最後に言っておきたいのは、ルー・リードの同名曲から取られたと思しき原題『A PERFECT DAY』が皮肉が効いてて良かったっていうのと、ババァは最強。

【ママー!これ買ってー!】


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内容は既に忘れてますがなんか捻くれていた。これとか『ハッカビーズ』とかの捻くれ群像を撮るデヴィッド・O・ラッセルは好きだった。

↓原作だとおもいますがスペイン語

Dejarse llover: Prólogo de Fernando León de Aranoa

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