カモン映画『レッド・スネイク』感想文

《推定睡眠時間:5分》

ネット上の男女論争ほんとうに堂々巡りだし論理が雑で疲れる上に馬鹿馬鹿しくてやってらんないのでじゃあちゃんと勉強してやろうじゃないかというわけでいかにもいかにもいかにもそれっぽい(最近書店に山とあるポップでカジュアルなフェミ入門本とかフェミエッセイなんかではなくちゃんと学として身につきそうな装丁・分量という意味だ)フェミ事典をとりあえず買ってみたところこれがリサ・タトルというアメリカの著名なSF・ファンタジー作家の人が書いたものであったがその執筆スタンスはかなりラディカル・フェミニズムに寄っており、それは確かに完璧な中立というものは存在しないわけだがいやもう少しさ、熱意はわかりますし私は専門家ではないからと注意書きが序文にはあったからこっちもそこ割り引いて読まないといけないのもわかるんですが、あろうとはして欲しいじゃない、一応事典っつってんだから中立っぽく。

あのですね俺が言ってる中立っていうのは男にも配慮してくださいよ~っていうことじゃなくてフェミニズムって○○フェミニズムみたいのが無数にあって、たとえばですけれども身体が男性で性自認が女性でみたいなトランスジェンダーとの距離の取り方とかっていうのも○○フェミニズムの○○に入る派閥…っていうか思想・運動形態によってかなり違ったりするわけじゃないですか。ポルノをどう扱うかとかね。ポルノの完全撤廃を目指すフェミニストもいるし逆にポルノを女性文化に取り入れようとするフェミニストもいる(最近のBLポルノ消費とかはこの方向から理解できるものだろう)

ある意味そのまとまりのなさが男性社会のジョーシキを転覆せんとするフェミニズムの核心だとも言えるわけで(つまり、男性文化は全般的に階層秩序と見解の統一を志向するわけである)、そんなことはこちらにしても理解してはいるのだが、とはいえ事典は事典なんだから取り扱う事項についてはどの程度自分の色が筆に入ってしまっているか…っていうのはもうちょっと事典を書く人として意識してもらわないと読者の俺としてはフェミニズムの理解が難しくなってしまう。ぶっちゃけ「…ちょっと騙された!」という感じである。

とはいえ、著者のリサ・タトルの本業はSF・ファンタジー作家ということで学術的なフェミ本にはあまり載らないようなフェミネタも色々と収録されており、面白く読めたのは事実。たとえばこの本にはAのところに「アマゾン/アマゾネス」の項目がある。アマゾンといえばお馴染みの女オンリー戦士軍団・女オンリー戦闘部族であるが、その実在に関しては留保しつつも(実在して欲しいという感じの書き方ではある)母権制のイコンとして肯定的に取り上げられていて、そうだよなあと大いに頷いた。

アジアやアフリカは多少事情が異なるだろうがキリスト教がすっかり根付いた欧米の神話の主役は男なのだし、創世神話からして女は男に対して従属的な立場にあるわけである。ならば女の神話を! という要求が男女同権を目指す立場から起こるのは至極当然であるし、よく考えてみればアダムの肋骨から女が生まれ…などという神話は明らかに倒錯しているので、信じる信じないはともかくとしてその倒錯を「こういうもの」として受け入れているジョーシキ人の方が新たな神話を要求する立場の人よりもマトモということはないだろう。

女の神話。この『レッド・スネイク』という映画が目指したものはそこにあるのだろうということはイラク北部の小さな村に住む主人公の女性ヤズディ教徒がなにやらアルカイックな(現代の主流宗教から見て)異教の絵を描いていることからも伺えて、その村は小さく貧しいがみんな優しく愛情豊かで希望に溢れ…まぁヤズディ教徒はISが来る前からかなり迫害された存在だったのでぶっちゃけそんなの嘘である。だが神話には必要な嘘である。これは女主体で改作再演された楽園追放なのだ(ISは知恵を身に着けた女を恐れたものであった)

でISに村を襲われ拉致られた主人公は他の性奴隷ともども売り払われてしまって一気に苦界堕ちします。命からがらISから逃げおおせた父親だか親族だかの尽力でなんとかIS占領地域から脱出することに成功した主人公がたどり着いたのはクルド人軍事組織・クルド人民防衛隊傘下のクルド女性防衛隊。ISの人たちは女に殺されると天国に行けないと思っているので女だけの部隊というのをクルド人勢力は持ってるわけです。

その活躍と影響はこの映画で描かれるより結構でっかくむろん単独で何かを成したという意味ではないがトルコと接するシリア北部の街・コバニでもISと戦ってこれはコバニ包囲戦とその後の復興をテーマにしたドキュメンタリー映画『ラジオ・コバニ』にもちょっとだけ出てきたし、『レッド・スネイク』以前にもヤズディ教徒の女性部隊は映画になっていてその映画『バハールの涙』に登場する狂言回しはシリアでの取材中に戦死した無頼派女性戦場ジャーナリストのメリー・コルビンをモデルにしたもの、そのメリー・コルビンの後半生を描いたマシュー・ハイネマンの『プライベート・ウォー』はロザムンド・パイクがコルビンを演じて話題を呼んだ(これは主題歌がユーリズミックスのアニー・レノックスというアツイ映画である。内容は実にひんやりしているが)

さて弟をISに拉致られたまんまの主人公は弟を救出するためにもクルド女性防衛隊の中でもスペシャルフォースと呼ばれるレッドスネイク隊に配属されるというか自分から志願する。スペシャルフォースというがその実態は使えない志願兵をとりあえず入れておく場所みたいな感じである。クルド女性防衛隊には防衛隊が解放したヤズディ教徒の他にも義勇軍として欧米からもろくに戦闘訓練とか受けてないような女の人が来たりもする。実際にそうだったかは不明だが映画の中ではイスラエルで兵役を経験した人とかシャルリー・エブド襲撃事件にキレてフランスから飛んできた素人とかパレスチナの人(?)も混ざってる。

半端ない宗教的・民族的緊張感であるがその緊張を「まぁお互い女やからね」でギリほぐしていくのがこの女部隊である。なるほど出身も宗教も教育も経済力もなにからなにまで違いまくっても「女やからね」で女の人は連帯することができるんですというわけで、リベラル・フェミニズムとかラディカル・フェミニズムとかポストモダン・フェミニズムとかマルクス主義フェミニズムとか…とにかくスタンスが多様で全体像の把握が面倒くさい容易ではないフェミニズム界隈ではあるが、男社会の要求する単一性に対して複数性で抵抗するというのはどんなフェミニストでも(形は違えど)共有するビジョンであり、基本的な戦術である。複数性というのは何も「複数人」だけを意味するわけではない。一人の人間の中の複数性や社会の中の複数性をあぶり出すことで単一性の神話を突き崩すこともその範疇なわけである。

この映画もまたそうした複数性の思考で形作られているように見え、そのへんが直線的で視線誘導的な男性向けジャンル映画のストーリーテリングに慣れた目からすると妙に勢いが弱いなぁとか緊迫感がないなぁとか一貫性がないなぁとか感じられたりもするのだが、「まぁお互いイスラム原理主義やからね」でどんなバッグボーンを持つ人間でも易々と繋がってしまうISの複数性のテロリズムに対するのがISと同じように各国から寄せ集められたフェミニズムの複数性部隊というアイロニカルな構図であるとか、現代のアマゾンとして華々しい活躍を見せるフェミ理想部隊も結局は大局の中で戦略的に動員されただけに過ぎないという冷徹な視点、そもそもヤズディ教徒とクルド人という自らの土地を持てない民族のゆるい敵対関係を背景にした物語というわけで…要は観客が容易に男目線で気持ちよくなれないように女の映画としてあえて複数化・複層化されているのだろうと思える(ISの畜生男を捕らえた防衛隊の女リーダーが「お前らみたいに拷問はしない」と言い放つのは象徴的である)

その結果、リアルと神話が入り交じるなにやら奇妙な映画になっている。ある場面はどっしりとリアルなのにある場面は神話的な虚構感で、激しい戦闘があったかと思えばなんとなく戦隊ヒーローのような場面もある。占領地域を巡回するISの教化カー(「○○は戒律違反で~す」とトラメガで言いまくる)は実際にあったリアルなものだが中に爆弾を積んだフリーキーな装甲自爆カーの存在はリアルか創作かわからない。レッド・スネイク隊の面々が「マッドマックス」と呼んでいたのでそれはさすがに面白くするために盛ってるでしょーと思うが航空支援で事なきを得る、とかそのへんはまた一転して身も蓋もないリアルである(なんだかんだ現代戦でモノを言うのは航空支援だ)

というわけでクルド女性防衛隊の硬派な実録戦争ドラマを期待すると面食らうことは間違いないが、フェミニズムの視点から実録戦争ドラマのフォーマットを脱構築した一筋縄ではいかない社会派アクションドラマとして見れば大変興味深く見れるのではないかと思う。予期せぬところでユーモアとか遊び心が入ってきたりもして面白かったすね。それをこの題材でやる、という無神経さはフランス資本の映画っぽいなとか思うところでもあるが。

※あとISがバス連れて村に来るのなんか場違いで可笑しかったな。性奴隷にする用の女の人を詰め込むバスなので全然可笑しくないんですが。すいません。

【ママー!これ買ってー!】


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こちらは硬派な戦争アクション編。と思っていたのだが前に観た時の自分の感想を読み返したら「こんなにエンタメっぽくしていいのかな~」みたいなことが書いてあった。どちらが正しいんだ…。

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