全然知らない『ロケットマン』感想文

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音楽は好きなものだけ聞くので通史で知らない、デヴィッド・ボウイは大好きなのに同世代の英国ロック・レジェンドのエルトン・ジョンはエルヴィス・コステロと混同していたし、劇中でも象徴的に使われていた代表曲のひとつ『黄昏のレンガ路』なんかずっとビートルズの曲だと思っていた(もちろんビートルズもろくに聴いたことがない)

なので知っている人からすれば当たり前なエルトン・エピソードにいちいち驚くというなかなか得難い映画体験に。ヒットチャートの1位常連になってツアーに出れば世界各国で大バコ大入り、とにかくめちゃくちゃ儲けたという下りだけでも俺にとってはサプライズ。そんな偉い人だったんだエルトン・ジョン。エキセントリックなコスプレの人じゃなかったんだ…です。

という見方をしているから普通の意味での面白さは正直あんまわかんなかった。酒飲んでアッパーなドラッグ入れてステージの上では道化に徹するがその裏では孤独に苛まれ、みたいな悲劇的エルトン人生の超編集版ダイジェストはエルトン童貞の俺には英国系ロックスターみんなこんな感じだなぁぐらいにしか思えない。
その物語を彩る名曲らしい名曲もなにせ知らないから無条件にノれないし…良い曲だとは思うが思い出補正もないから特に響くこともない。個人的に普段よく聴くのはニューウェーブとかなので、単純に嗜好が合わないというのもある。

普通の伝記映画かなと思ったらミュージカル仕立て、というわけで要所要所にハイなミュージカル・シーンが入ってちょっとしたボブ・フォッシーの自伝映画『オール・ザット・ジャズ』の如しだが、このミュージカルも俺の目にはなんだかパッとしない。
ダイナミックな長回しで混沌とした群像ダンスを捉える手法は過小評価されがちな英国ロックミュージカル映画『ビギナーズ』の影響もありそうな気もしたが、その『ビギナーズ』が色々とショボさを感じさせつつもアゲるところではちゃんとアゲていたのに対して『ロケットマン』のそれはどうにも跳ねない。

なんでだろか。たぶん、エルトンの半生を大急ぎで駆け抜けることが主目的の映画だったからだろう。エルトン名曲集も兼ねたミュージカル・シーンに至るまでの感情の積み重ねが少なめなので、こう、蓄積された感情がミュージカル・シーンで一気に爆発したりしない。要は結構ファンアイテムっぽい映画なのだった。ファンなら映画が始まる前から感情の蓄積があるので、映画の中でわざわざそこを描く必要はないわけだ。

俺にとってはそんな映画。そんなエルトン・ジョン。いろいろ大変だったみたいですが今は幸せそうでよかったね。それぐらいの感想。破滅型のロックスターは家族とか恋人とかプライベートで失敗するとすぐ自暴自棄になって奈落に落ちるので、プライベートがダメでもやっていけるように慈善事業とかで社会の中に自尊心の拠り所を作っておくのは大事っすねというのも付け加えておく。

あとこれは映画の内容とは関係ないんですがエルトン・ジョンが伝記映画になるんならデヴィッド・ボウイが伝記映画にならないはずはないので、そんなものは仮にどんなに傑作だとしても観たら絶対ガッカリするに決まっているが、そのガッカリもそう遠くないだろうと思わされたりもした。
『ロケットマン』もそうですが伝記映画は人生が一区切り付いた人を描くもの。デヴィッド・ボウイの伝記映画の製作発表がされた日にゃまだ実感のないボウイの死を眼前に突きつけられることになるだろうと、エルトン・ジョンとは関係のないところでちょっとだけ感傷的になってしまう『ロケットマン』なのだった。

補足:
エルトンを演じたタロン・エガートンの芝居はなんだかとてもマーティン・スコセッシとコンビを組むようになってからのレオナルド・ディカプリオっぽい。図らずもディカプ主演『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の前菜のような観賞になってしまった。

【ママー!これ買ってー!】


beatmania EP・THE.SOUND OF TOKYO

ふかわりょうの方のロケットマンの曲が入ってるビーマニサントラです。

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