アメドリ映画『バイス』混乱感想

《推定睡眠時間:0分》

観ている間も観終わった後も感想が分単位で変わってしまい安定しない。映画も断片的なショットが多くなかなか落ち着かないトリッキーな作りになっていて情報の洪水の観があるのだが、そのスタイルを採用した理由についてアダム・マッケイがパンフレットのインタビューで語っていた。「今、僕らは狂った時代を生きている。ジャンルのない時代を。完全なコメディでも、ドラマでもなく、奇妙な形で切り刻まれた時代」

なるほどとは思ったがそれを聞くとまたどうなんすかねぇみたいな感じに気持ちがコロっと傾いてしまう。
面白いか面白くないかで言えば映像と音に対する美意識のない『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』ぐらいには面白かったので超面白かったの枠に入るが、時代の表象なんていうものはわざわざスタイルで示さないでも既に存在するものの中から掬い取っていけばだけの話じゃんとか思ってしまうので(トランプとか)、それなんか逃げに走ってねぇみたいな。

なんていうか、こういう政治的な物語を描くときに、それは映画作家としてこれが時代だからとかこれが真実だからとかこれが現実だからとかそんな逃げ道作らないで俺はこう捉えたからとか俺はこれを見せたいからってストレートに言えばいいじゃんと思っていて。さもなくばウェルメイドに徹すればいいじゃんと思っていて。

そのどっちつかずは結局は現状追認にしかならないじゃんみたいなところがあって、だいたい分析と感情と正義の視点を未分化なまま対象を論じることの不誠実だってあるだろうとも思っていて、でもその点を今はそういう視点の未分化な時代だからっていう言い訳で逃げてる感じもあって…この作り手はリベラルとしてこの物語を語っているわけだからじゃあもうハッキリそのポジショントークでやりゃいいじゃんって…なんていうかな、なんていうかな!

この映画の感想ではネタバレをしないと俺の中の俺が誓ったのでそのモヤモヤの発生源を説明できずもどかしいのですがー、すごい真面目なことをやった後ではいウッソー! とかそういうことをメタなレベルでぶっ込んでくるような映画なんですよこれは! でそのメタに更にこれネタだからって感じでメタを重ねちゃったりしてね! 無限後退じゃん! それ際限ないじゃん!

なんかね、俺にはそれが作り手の迷いに見えて仕方なかったんですよ、本人がどう言おうと。
例のパンフレットのインタビューでトランプの映画を作る気はないかと問われた監督のアダム・マッケイはあいつは単にはちゃめちゃなだけだから掘り下げようがない(大意)とか答えていて、それがなにか示唆的だったように思う。

この人はアメリカの現状に途方に暮れてしまっているんですよ。で、その途方に暮れてるところからつまらないジョークで目を逸らし続けているような映画なんですよこれは。オバマは良かったねみたいなシーンを入れて。それに対するセルフツッコミを入れて目を逸らしてないっすよアピールをして。内容はともかく思想的にそんなつまらない映画あります? いや内容は超面白いんですけど。

どこが面白いって超アメリカンドリームなんですよこの話。子ブッシュ政権で副大統領とは名ばかりの実質的な舵取り役を務めたディック・チェイニーの半生を大急ぎで駆け抜けるわけですが、そのキャリアも初めは底も底、成績超優秀な恋人リンの手助けでイェール大学に入ったはいいがろくに授業に出ずに飲んだくれの日々を送ってすぐ退学、人間がゴミのような扱いを受ける電柱敷設の仕事に就く。

そのころ1963年。成績超優秀かつ野心溢れるリンは女だからというだけの理由で出世の道が閉ざされており、若チェイニーを立てて参謀出世を果たそうと画策していたのだが、こんな始末なので三行半の半分を突きつける。愛しているなら証明しろ。成り上がってみせろ。さもなくばもう終わりだ。

そこから若チェイニーの快進撃が始まる。若ラムズフェルドの下に議会インターンで入ったらこれがたいへん気に入られ重用、したたかラムズフェルドから職業政治屋のイロハを学んだ若チェイニーはぐんぐん頭角を現してフォード政権では史上最年少34歳で大統領首席補佐官に(補佐官は議会承認なしで任命できるらしい)。
あの酒浸りの日々が嘘のようだ。すべては妻のために。その妻もチェイニーの影で着実に地歩を固めている。これがアメリカンドリームでなくてなんだろう。

だがチェイニー&リンの快進撃は止まらない。2000年の大統領選を前に子ブッシュに副大統領を打診されるとめちゃくちゃ悩んだのちチェイニーはこれを承認。無能ブッシュの後ろに隠れつつ実質的に大統領権限を掌握、一元的執政府論(大統領えらい理論)なんぞというものを振りかざしながらついにチェイニーはアメリカを手中にしたのであった。

だがアメリカンドリームがアメリカにとってもチェイニーにとってもナイトメアに変わる日がやってきた。それが9.11というわけで、ここからアメリカもチェイニーもついでに映画も迷走していく…という感じなのですがいや『アラビアのロレンス』かと思ったよこの叙事詩っぷり。おもしろかったなぁ。

ディック・チェイニーという人はあまりメディアで見た記憶がないのでクリスチャン・ベイルの演技が似てるとか似てないとかそういうのはまったくわからないのですが、スティーヴ・カレルの下品なラムズフェルド、サム・ロックウェルの無邪気な子ブッシュ、最高。
これはチェイニーもそうですけど良いキャラだからちょっと好きになってしまって困るよね。まあそう見せようとしているところもあるんでしょうな、政治やって権力握っちゃったから悪いヤツになっただけでそこらのオッサンだったら良いオッサンみたいな。

ところでその視点は映画の最初の方では保持されるが、チェイニーが副大統領になってからは手放される。
ここが悩みどころで、それがどの程度事実を反映しているかはともかく(監督が入念にリサーチしたと言っているからそのまま事実として受け入れてよいなどという馬鹿なことはない)チェイニーの権力欲の背景には人間のクズとして扱われていた底職時期の記憶であるとか、性差別に由来するリンの挫折(プラスして男らしくあらねば的なチェイニーへのプレッシャー)とかがあるわけで、選挙を経ずにインターン→大統領補佐官と成り上がっていけてしまう制度なんかも含めてアメリカ社会がチェイニーを生み出したという大きな構図が映画の前半に描かれる。

ところが9.11後の映画の展開はもっぱらそうした俯瞰的な視点を欠いた近視眼的で扇情的なものになってしまって、アメリカをイラク侵攻に突き動かしたものは(チェイニーが筆頭株主の)石油大手ハリバートンの利益とか家族の防衛とかチェイニーの私的なものに回収されていく。
チェイニーがブッシュを傀儡としていく過程はその前段として描かれるが侵攻に向けての政策決定プロセスはなおざりだし、チェイニーが世論をイラク悪玉論に誘導していく場面ひとつでもって国民の間に開戦の機運が高まったとするのは単純化も甚だしい。映画の初めは決してそんな風ではなかったわけで、これはなんだかものすごく歪でバランスの悪い映画なんである。

いやたとえそうだとしてもさぁ、そこに話を全部持ってっちゃったら終わりじゃんみたいな感じないすかねぇ。だってそしたらチェイニー悪いなぁって風には観てる側としては思いますけど具体的にアメリカの何が問題で何ができたのか、これから何を変えていけるのかみたいなことは曖昧になっちゃうじゃないすか、だってチェイニー個人のことはチェイニー以外わかんないし変えられないんだから。
その視野狭窄はイラク戦争前夜のアメリカの空気の表現なのかもしれないとも思いましたけどさぁ、そんなもの今更表現してどうすんだよっていうのも思うよ俺はさぁ。別にそこをクローズアップしてフェイクニュース時代の人々に批判的に突きつけてるわけでもないしね。

タイトルのバイスというのはバイス・プレジデントの略で副大統領の意、もあれば悪意の意でもあるらしい。
その名の通りというか結構ブラックなところのある映画で、慌ただしい情報過多な映像をサポートするのがジョシー・プレモンス演じる謎の男。
9.11の時には消防士としてツインタワーに駆けつけイラク侵攻の時には前線で戦った本人曰くチェイニーとごく親しいこの男がナレーションで色々と丁寧に解説してくれるのですが、これが実はあくどいギミック。

それはたとえばFOXニュース的なものの戯画になっていたりするのですがー、しかし、趣味が悪い。悪趣味も作家の個性として積極的にやるのなら嫌味がないが、その悪趣味を悪趣味な時代だからと無責任かつ消極的に肯定するようなところ、本当に嫌でしたね。
念のために付しておくがこの趣味の悪さはチェイニーに対してのものではなくてジョシー・プレモンス演じるキャラクターに対してのもので…まぁそれは観ればわかる。なんかな、複雑な映画ですよ。映画の内容も観ての感想も複雑でした。

※2019/4/6 ちょっと加筆しました

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なぜと言われても困りますが観ていて頭に浮かびました。

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