選挙もビジネス映画『スイング・ステート』感想文

《推定睡眠時間:0分》

ゆーてアメリカ大統領選の投票率というのはそこまで高いものではなく高いは高いのだが平均すればそれでも60%行くか行かないかとかそれぐらいで、日本の国政選挙の投票率の低さ(とくに若年層の)を嘆く人々を見るにつけいやいやアメリカだってあんな盛り上がってるように見えてそんなもんなんだから…とか思ったりはするのだが、とはいってもアメリカは選挙であんな盛り上がれて羨ましいな~とかなるのもまた事実。

だが、じゃあその盛り上がりがどう醸成されるかといえば、それがこの映画で描かれるネタの一つなのだが自然発生的に生まれるのではなくて、早い話が選挙産業によって無理矢理作られるわけである。とにかくなんでも産業化してしまうハイパー資本主義国家アメリカでは選挙さえも政治が手綱を引っ張ることができずビジネスの論理で回ってしまう。そのへんは映画の本ネタに関係するところなのであまりあれこれ言わないとして…まぁやっぱあれだよな、アメリカの選挙っていうのも結局は隣の芝生だなぁと、そういうことを分からせてくれる『スイング・ステート』です。

お話はですねスティーヴ・カレル演じる民主党の選挙参謀が2016年の大統領選でトランプに負けちゃったのでちくしょう汚名返上だってんで激戦州(スイング・ステート)ウィスコンシンのこいつ神輿に乗せたら2020年大統領選で民主党支持増えるやろ的な退役軍人クリス・クーパーを担ぎ上げに行くわけです。ちなみに2020年大統領選の州別選挙結果を見たらウィスコンシンは49.45%対48.82%でバイデン勝利。き、僅差ぁぁぁぁ! そりゃあもう民主党も共和党も絶対に取りに行きますよ、ウィスコンシン選挙人10人で案外バカにできないボリュームだしな。

でスティーヴ・カレルが例の退役軍人がいるウィスコンシンのド田舎に行くと気の良い(しかしウザくもある)町人たちからお前ワシントンD.C.から来たんだろ! じゃあD.C.ゲイリーだな! とか勝手にあだ名をつけられてしまいます。なんだよそれ。あれかなゲイリー・クーパーが主演したフランク・キャプラ監督の『群衆』っていう政治映画の傑作があるのでそこから引用したアメリカローカルジョークかな。『群衆』のゲイリー・クーパーは部数を稼ぎたい新聞社の思いつきて「俺は政治にこんなに不満があるからクリスマスに抗議自殺する!」っていう連載的やらせ投書の役者に仕立て上げられます。

まぁカネになればいいよなぐらいな軽い気持ちで引き受けたクーパーであったがこの連載がビックリ仰天のバカウケ。とくに農村部の人とかはクーパーの抗議投書を読んでこいつは俺たちの不満を代弁してくれてるよ~っていたく感動したりして、クーパーもなんだかそのうちみんなの不満を背負って本当に自殺すべきなんじゃないかとか思ってきてしまうのでした。う~んなんか『スイング・ステート』と重なるところもありますね。

スティーヴ・カレルがワシントンD.C.から来たと知った町のバーの田舎オッサン連中はワシントンD.C.なんか修学旅行で一回行ったきりだよな~と昔話で盛り上がる。な、泣ける! まこのオッサンたちはからかい半分であえて都会人のイメージする典型的な田舎者を演じているようなところもあるのですが、でもワシントンD.C.なんか学校行事でもねぇと行かねぇよ行く用事もカネもねぇしっていう人は広大な田舎の集合体であるところのアメリカなら普通にいるんだろうな~。

物語が進むにつれて明らかになってくるのはアメリカの都市部と農村部のハイパービッグ格差であるがそれを(都会的な)哀れみの視線で捉えない一捻りがなかなか痛快である。そりゃ格差はあるかもしれないけどこっちはこっちでそれなりに毎日楽しくやってるしな~というのも田舎人のそれなりに本音だったりもするだろうそりゃあ。つっても格差の犠牲になるのはいちばん立場の弱い人たちなので女性の社会進出率は低く子供の学歴も低くバリアフリー設備とか病院とかもなく人種多様性なども当然ないので結果として町自体の将来性もあまりない…というわけで楽園であるわけもないのだが、ある地域の一面だけを見てこの地域は良いとか悪いとか判断を下してしまう都会のスノッブ政治ゴロの傲慢がここではネタにされているわけである。「誤爆」のくだりとかね(これは中東でのアメリカ軍のドローン空爆による民間人の巻き添え事故の数々を皮肉ったものでもあるだろうから、偶然だがまことにアクチュアルかつ辛辣なワシントンD.C.批判になっている)

そうした地方目線の映画であるからものっそいアメリカローカルネタのてんこ盛り、ジョークの4回に1回ぐらいはなんのことやらわからんかったがアメリカ在住者が見ればきっとあるある~って感じで笑えるのだろうと勝手に想像。全体的な作りはテレビ的でサタデー・ナイト・ライブの政治コントを2時間弱に引き延ばしたようにも見える。なんかアドリブとかわりと入れてるっぽいし。でもそれがたぶんいちばんアメリカの政治を見るっていうことなんだろうな。アメリカ在住者はアメリカの政治をこんな風に理解してます、こんな感覚で政治やってます、みたいな。

基本的にふざけてばかりいるがその意味ではなかなかお勉強になる映画だったんじゃないだろうか。アメリカの選挙制度とか献金文化(と制度)って本当にアメリカ国民のためになってるんすかね~というこの映画の問いかけはトランプかバイデンかみたいなそういう表面の選択よりも遙かに熟慮する価値のあるものだろう…と思うがでもそんなことを考えてられる余裕なんかねぇよ選挙負けたらこっち比喩的な意味で死ぬんだから! というアメリカ政治の隘路もまたアイロニカルに語られるのでした。辛辣な映画である。

【ママー!これ買ってー!】


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ヒューマニズムの巨匠とか言われることも多いキャプラですがこういう暗くてシニカルなキャプラ映画の方が面白いと思うんですよね。容赦なくて大好き『群衆』。

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