《推定睡眠時間:0分》
いかにもヒューマンな邦題だが製作国である香港の原題は『破・地獄』というからものすごいギャップを感じてしまう。破・地獄て。地獄だけでも凄そうだが破が付く。悪魔祓い系のホラーか香港ノワールのタイトルとしか思えないが、もちろんそれは香港カルチャーをよく知らないからで、破地獄とは別におそろしいものではなく道教における死者を地獄に行かないようにする鎮魂の儀式だそうである。コロナ禍で多額の負債を抱えてしまいたまたま跡目を探していたらしい葬儀屋に転職した主人公は香港では葬儀屋は道士と組むんやと先代から教わる。仏教が葬儀のメインスタイルである日本では葬儀屋は葬式の時にお坊さんに来てもらうわけだが、香港ではお坊さんではなく道士さんに来てもらうわけだな。この道士さんが葬式で行う儀式が破地獄というわけで、日本でいえば読経だろう。『破・地獄』と聞けばなんだかものすごいものを想像してしまうが、つまりこのタイトルは日本語に変換するとすれば『読経』なのであった。ちなみに英語題は『The Last Dance』なので邦題はそれを下敷きにしたものである。
でその『読経』は言うならば香港版の『おくりびと』。葬儀屋を始めた主人公はマイケル・ホイ演じる道士とコンビを組むことになるのだがこいつがもうやたらと無駄に気難しい。お金のためならお客様のどんな無茶振りにもヘラヘラしながらオールオッケーで応じて葬儀の伝統など知ったことかと時に冒涜的な葬儀さえ執り行う主人公に道士激怒。主人公の方でも伝統に固執する道士がお金儲けの障害になっていて嫌だなーとか思ったりして関係最悪なのだが、こういう映画の常として仕事を続ける内にだんだんと主人公はお金だけではなく遺族の心を救ってあげたいと願うようになり、それを知った道士は主人公に心を許して自分も伝統に固執するばかりじゃアカンな……伝統は時に人を苦しめるものだ……とか反省するようになっていく、そこに葬儀屋と道士それぞれの順風満帆とは言えない家庭模様が入ってくるという寸法。
いやぁ面白かったですねぇ。道教には陰陽の考え方があるが伝統と革新も陰陽のように半分半分で入り混じって存在するもので、どちらか一方だけだと往々にして物事はうまくいかない。この映画では葬儀屋が革新を担って道士が伝統を担うわけだが、伝統と革新の対立がより鋭い形で表れているのは道士と娘の関係であった。古代宗教において月経は穢れの意味が付与されることが多く道教でもそうらしい。そのため道士はすべて男が務め、マイケル・ホイは一男一女なのだが長男に道士を継がせ長女には道士を継がせなかった。ところが長男じつは道士の仕事なんかやりたくなかった。むしろ長女の方が道士の仕事に理解を示しており、父親によって道士修行のために高校を中退させられた長男も、道士になりたかったのに慣習によって道士社会から排除された長女も、どちらもここでは伝統の犠牲となっているわけである。
じゃあそんな伝統捨てちゃえばいいよな、とそう単純な話でもない。道士が救うのは人の魂である。長女は救急隊員として活躍しているので人の死に触れるなど日常茶飯事。ところがいつまで経っても人の死に慣れることができず患者を死なせるたびに強い自責の念と虚無感に駆られてしまう。医療の世界には当然ながら宗教など御法度であるが、すべてを革新に属する科学の枠組みで解釈し処理しようとする医療の世界では人の心はうまく扱えないことがある。生存の見込みの無い末期がん患者が宗教的な代替医療に縋ったりするとかよくある話だし、オウム真理教にも中川智正や林郁夫など医療では人を死から救えないという挫折感から入信した医師の信者がいた。道士が儀式によって死者の魂に平穏をもたらすなどというのはたしかに宗教的幻想かもしれない。しかし、その幻想によって遺族や長女のような医療関係者の心は救われるかもしれないのだ。
革新で救えないものを伝統が救い、伝統で救えないものを革新で救う、そうした伝統と革新の相補関係が道士と主人公、道士と長女の関係を中心に多面的に描き出されて、あるいはまたその中で男の人と女の人であるとか、当事者と部外者であるとかの相補的な関係性も描かれて、心の機微ならぬ社会の機微をよく捉えた『旅立ちのラストダンス』である。アンソニー・ウォンの『淪落の人』とか香港映画界はこういう異種混合的なイイ話を作るのがやたらとうまい。やはりイギリス統治の中で西洋と東洋が独特に混じり合って文化を発展させてきた地域ゆえなのかもしれない。
最後に少しだけ役者さんの話をすると、役者歴も長いのだし今更『Mr.Boo』の……と言うこともない気がするマイケル・ホイだが本国香港ではいろいろな映画に出ていても日本では『プロセキューター』が劇場公開されるまでおよそ20年間スクリーンには登場していなかったらしく、久々に映画館で観るマイケル・ホイが終始渋面の道士役というのはかなり意表を突かれるところではあったが、実際に観るとマイケル・ホイは良い芝居をしているとしても更に光っていたのはそのダメ息子役のチュウ・パクホンであった。この人の放つどこがどうとか言えないが「ダメな人っぽいな~!」のオーラはすごい。どこがどうとか言えないがすごくリアルにダメな人で、でもダメなりに意外と真面目に子供のことを案じてたりするというね。そのへんすごくよかったです。