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日本版の予告編だと世界が終わりを迎えようとしているそのとき突如として町中に「ありがとう、チャックさん。39年の素晴らしい人生」という謎の広告が現れ……と一種の終末映画として宣伝されており、はたしてその広告の意味するものはというミステリーのようなのだが、この終末世界に現れた広告の謎というのは実際にはオチではなくほとんどプロローグのようなものであり、映画の本題はそこから見えてくるチャックさん(トム・ヒドルストン)の数奇なような数奇じゃないような人生にあるので、さて困った、この場合どこまでをネタバレと見なすか見なさないか。
ぶっちゃけ広告の正体というのはさほどびっくりさせられるものではなく多少なりともSFっぽい映画なり小説なりゲームなりに触れている人なら比較的すぐにピンとくるものじゃないだろうか。この感想文はタイトルにきっちり間接ネタバレ注意と書いてあるのでとくに気にせず言ってしまうがこれってフィリップ・K・ディックの『虚空の目』とか『ユービック』だよね。あるいはキング流の『マルホランド・ドライブ』か。スティーヴン・キングという作家の本質は既成のSFなりホラーなりのアイデアを大衆的で泣ける感じにアレンジする才能にあると思っているのでこれも物語に独創的なところはほとんどない。ただその語り口やディテールが巧みなのでついつい読まされてしまう、というのが俺の考えるキング小説で、そのへんこの映画の監督マイク・フラナガンの作風ともよく合っているんじゃないだろうか。
それにしてもマイク・フラナガンは近年すっかりキングの座付き作家のようになってしまった。繊細な映像センスと丹念なストーリーテリングが光るフラナガンはたしかにキング原作の映画化を任せるに適任かもしれないのだが、だからといってキング原作映画ばかりやらせるのは才能の損失とさえ言えるんじゃないだろうか。フラナガンは常に巧いのでこの映画ももちろん例外ではないのだけれども、ぶっちゃけこれは大したストーリーではなく、『グリーンマイル』みたいなキングの奇妙なイイ話路線の中でも技巧ばかりが先行してつまらない部類に入るであろうから、わざわざ大枚をはたいて2時間の映画にするだけの価値があるようにはあまり思えない。
チャックさんの人生には常にダンスと死の香りがあった……と言われても。それが思いがけない出会いや体験を生み出すとしても、その思いがけなさのスケールはたとえば『ガープの世界』のような作品に比べるとずいぶん小さく、底も浅いように感じられてしまう。要するに凡庸なのだが、キングは凡庸なアメリカ人の凡庸なアメリカ生活を迫真の筆致で描き出す天才なので、これこそがキングの真骨頂という感じもあってちょっと困ってしまう。どうすればいいんだ。あぁアメリカだなぁとか思えばいいのか。いや、何を思おうがそんなの観る側の自由なんだから何でも好きに思ったらいいと思うが、凡庸なアメリカ人の感性で描かれているからこそマジョリティから絶大な支持を得ているというたぐいの物語にそう感じるものも言うこともないので、感想としては「とくにない」みたいな感じになってしまう。
とくにつまらないわけでもないけどとくにおもしろいわけでもない。観ながらただ漫然とアメリカっぽくてキングっぽい映画だなと思う。味のしない映画かもしれない。たとえば終末世界の行く末とチャックさんの運命を交互に見せてその相互作用でドラマを進めていく、というシナリオ構成になっていたらもう少しドラマティックで面白くなったと思うのだが(実際フラナガンはNetflixドラマ『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』でそういうことをやっていたのだ)、どうもこの映画の場合はあえて枯れたところのあるキング原作をとくに映画向けに盛ったりせずそのまま映像化することを狙っているように見える。個人的な好みで言えば、たとえ不味くても味のある映画の方が満足感とも違うが何か充実感のようなものがある気がして好みではあるので、フラナガンみたいな巧い人がこんな味のしない映画を撮らないでいいのなぁとか、やはり思ってしまうのであった。