郊外住宅地の幸福幻想で隣人愛粉砕映画『隣人たち』感想文

《推定睡眠時間:15分》

今日これと『プライベート・ケース』っていう映画を観に行ったらどっちもベテラン女優演じる主人公が(『隣人たち』はジェシカ・チャステインで『プライベート・ケース』はジョディ・フォスター)知り合いを殺人鬼なんじゃないかと疑う内容で同日封切り新作のその微妙なネタ被りなんなんだよ。そりゃまぁたまにそういうことがあるのは統計学的にはまったくおかしなことではないのだろうが知り合い疑念ブームが来てるのかと思っちゃうよな。ちなみにタイトルは覚えてませんが映画館で見た予告編によると近々「父親が実は殺人犯でした」という日本映画が2本公開されるらしい。やっぱり来ているのはないだろうか、知り合い疑念ブーム。なんて嫌なブームなんだ!

ということで『隣人たち』はお隣さんを疑う映画です。時はケネディ大統領がまだキラキラしていた1960年代初めのアメリカ、場所はどこか知らんが戦後造成されたピカピカ郊外住宅地。その数年後にアメリカはケネディ暗殺に公民権運動にベトナム戦争にと激動の時代に突入するわけだがまだまだそんな気配はまったくなく平和そのもの、少なくとも表面的にはそうである(郊外住宅地なので貧困層とか人種マイノリティとかは存在しないのだ)。

そんな平和郊外住宅地で悲劇勃発。なんと一人遊び中の事故でアン・ハサウェイ演じる郊外主婦の一人息子が死んでしまうのだ。この事故に隣人にして仲良し主婦のジェシカ・チャステインはひどく心を痛めるのだが、それからというものどうもハサウェイの言動がおかしく感じられるようになり、以前はよく預けたりしていた大事な一人息子をハサウェイから遠ざけてしまう。そしてそのことで仲良し主婦の関係には徐々にヒビが入っていくのであった……。

隣人トラブルの映画というということでご近所ブラックコメディの佳作『隣の影』みたいなものを想像して観に行ったのだが、こちらは笑えるようなところはまったくなくシリアスそのもの。どうもこれはフランス/ベルギーの『母親たち』という映画のアメリカ版リメイクだそうでさもありなん、ベルギーこういう感じの一般市民が日常的な人間関係の中で徐々に追い詰められていくサスペンス映画とか巧いからなぁ。そちらの方は観ていないのでオリジナルと比べてどうかというのはわからないのだが、大スター競演系の今時のアメリカ映画にしてはユーモアなく飛び道具なく正統派のシリアスなサスペンスというのは珍しいので、それだけでなんとなくイイ映画っぽい気がしてしまう。

とはいえそうめちゃくちゃ面白いわけでもなく、もし俺がオリジナル版を観ていたらたぶんオリジナルに比べてずいぶん薄味だなぁとかになったんじゃないだろうか。道具立てはそう悪くないかもしれない。1960年代アメリカの郊外住宅地という舞台設定になんの意味があるのかと感じる人もいそうではあるが、これはおそらく主人公の家庭への執着に説得力を持たせるためのものだろう。ハサウェイの過去は俺が起きていた範囲では描写されていなかったと思うがチャステインの方は新聞記者として働いていたが出産を機に退職、しかし本音では記者の仕事を続けたかったという人である。

1960年代のアメリカで育児と仕事の両立は女の人にとって不可能とまでは言わずともなかなか社会的なハードルが高かったに違いない。だから記者のキャリアを断念したチャステインは代わりとして一人息子をとっても大事にするわけで、その愛情の過剰が「あの女、もしかしてウチの息子が生きてるのを妬んで殺そうとしてない……?」とハサウェイへの疑念を生み出してしまうのだし、一方ハサウェイの方もいささか過剰なほど息子の死にショックを受けるが、それは郊外住宅地の見せる「カンペキな幸福」という幻想を不条理な現実に破壊されてしまったからなんである。その意味で、おそらくオリジナル版ではそうではなかったと思うのだが、このリメイク版は『ハロウィン』ぐらいからアメリカ映画の一つのサブジャンルとなった観のある郊外住宅地の病理ものとしての顔を持っている。郊外住宅地の傷一つないピカピカでまったく現実味のない風景こそが、そこに住む人々を狂気に駆り立てるんである。

とその発想は面白いが結構残念なことに発想が発想のままに留まっていてテーマにまでは深められていない。本当は記者を続けたかったというチャステインの人物像もそれ以上は掘り下げられずにハサウェイとの対決に突き進んでしまうのでそのドラマもニュアンスに富んだものにはならなかった。二転三転する展開は面白いといっても結構ありがちな面白さだし、ありがちな展開をやけに面白く見せてしまう演出のマジックもとくに見当たらない。要するに、いろいろポテンシャルは秘めていた企画だけどそのポテンシャルが発揮されたとは言い難く、結構面白いけどわりと普通のサスペンス映画に落ち着いた、という感じなのだ。

いや好きですけどねこういうわりと面白い普通のサスペンス映画って。上映時間も94分と観客に優しいし。でもアン・ハサウェイとジェシカ・チャステインというデカい看板を二枚も揃えたんならもう少し印象に残るような作品を目指してくれてもよかったんじゃないか……とかはどうしても思っちゃう。愛ゆえの母の狂気を二大ハリウッドスタアが魅せるというコンセプト(※想像)にしては、ちょっと薄味すぎる映画だったんじゃないだろうか。なにも『屋敷女』ぐらいやれとかは言いませんが……。

※ラストがハリウッド式のハッピーエンドに(たぶん)改変されてなかったのは立派だと思う。ヨーロッパのサスペンス映画のアメリカ版リメイクは『スピーク・ノー・イーブル』みたいにハッピー改変されるのが常なので。

Subscribe
Notify of
guest

0 Comments
Inline Feedbacks
View all comments