小学生に道徳の授業で見せるなら良い映画『ひつじ探偵団』感想文

《推定睡眠時間:0分》

ある意味では当たり前のことなのだがインターネットで口コミ拡散されている映画というのは基本的に大して面白くない。最近のそうした作品で言えば『プロジェクト・ヘイル・メアリー』が筆頭だろうと思うのだが、『プロヘメ』はこれといって目新しいところも吸引力のあるところもない普通のハリウッド製SFであって、もちろん普通のハリウッド製SFなので2000円だか1500円だか知らないが観るために支払った料金を損したようには感じない程度には面白いのだが、それはハリウッドの大予算をかけて宇宙船だのなんだのという日常生活ではまずお目にかかれないものを(見える範囲で)実寸大で作っているか、高度なCG技術で実際にそこにあるかのように見せているという点での非日常感覚の面白さに加えて、可愛い(?)し優しい宇宙人と人間がお友達になるという、その程度の面白さに過ぎない。

『E.T.』からこのかた世の中というのは優しい宇宙人とお友達になる映画が本当に大好きである。ジョン・カーペンターなんか「みんな優しい宇宙人を求めてる時だったから凶悪な宇宙人の出てくる『遊星からの物体X』はヒットしなかった」なんてこぼしているぐらいだが、個人的にも優しい宇宙人とか賢いメカとお友達になるほんわかヒューマンSF映画なんか大好きなので、なにもその点に異存があるわけではない。あるわけではないけれど、何が言いたいかと言えば、そういうのはハリウッドSFの単なる王道であって、優しい宇宙人とお友達になるからといってわーきゃー騒ぐようなもんでもないだろう、ということで、宇宙船のセットが出てくるとか優しい宇宙人とお友達になるとかそのへんの面白味を除けば、『プロヘメ』はストーリーは凡庸だしアイデアも手垢が付いて音楽や演技もあまりセンスを感じるものではなく、つまり単なるそこらへんのよくあるハリウッドSFでしかない。

そのような普通のハリウッドSFがインターネットで大評判になるのは理に適っていると言えるだろう。なぜなら、総務省の「令和6年通信利用動向調査の結果」によれば日本におけるスマートフォン保有率は80%を超えており、「情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査」を見ればYouTubeのように視聴ではなく投稿やシェア行動がメインになると考えられるSNSであるツイッターとInstagramの利用率はそれぞれ36%、両方やっている人もいるので合算した数字がシェア型SNSの利用率になるわけではないが、やや低めにざっくり仮定すればまぁシェア型SNSの利用率はスマートフォンなどインターネット端末を保有している人のうち50%は超えるんじゃないだろうか。

日本の人口を約1億人としてその80%がスマートフォンを所持しているので8000万人、そのうち50%がツイッターやInstagramをやっているので4000万人である。ちなみに日本新聞協会が出している「新聞の発行部数と世帯数の推移」によると2025年時点での発行部数=購読数は2486万とあるので、今や新聞よりもSNSの方を多くの人は見ている。1990年代~00年代まではまだインターネットは一部の人がやるアングラなものというところもあったかもしれないが、現在では完全に大衆化したと言えるだろう。そのような状況のSNSで「これ面白いよ」と流行るものがあるとすれば、それはマニアックなものではありえない。今のSNSでは一部の人にだけ訴求する作品ではなく、誰もが見てすぐに面白さがわかるメジャーなもの、王道なもの、たとえば普通のハリウッド映画のようなものこそが「これ面白いよ」の口コミ対象となるのである(もちろん、SNSにはエコーチェンバー現象もあるから、その中で『超かぐや姫!』のようにカルト的な人気を博す作品が生まれることもある)

そんなことを長々と書きたくなったのは俺がやっているSNSのBlueskyで「これ面白いよ」と口コミで広がっていたのが『ひつじ探偵団』だからであった。もはやみなまで言うな状態かもしれないが『ひつじ探偵団』、とっても普通の娯楽ミステリー映画である。気軽に楽しめるウェルメイドな作品で適度に笑えて適度に謎解きして適度にイイ話感があるが突出して面白いところはとくにない。トリックは単純、伏線は薄っぺらい、探偵役が推理ターンになって突然覚醒して「そんな証拠で起訴できんの?」みたいな事実の提示で犯人がぐわー私が犯人だーと自らボロを出す火曜サスペンス劇場みたいな超定番展開ということで、ミステリーとしての出来で言えば中の下くらいじゃないだろうか。B級ミステリーということかもしれないが、といってB級的なサービス精神とかケレン味とかがあるわけでもないので、単純に目指すところが最初から低いだけのミステリーという感じ。

この映画にユニークで面白いところがあるとすれば羊が喋って推理するということだろう。飼い主を殺された羊たちがその犯人を探すというわけだが、俺はどうぶつ原理主義者なのでここまで擬人化された(しかも大半CGの)羊にはほとんど心が動かされるところがないし、しかもその羊たちが飼い主の死を悲しむとか、これはどうぶつ原理主義者として許せないとまでは言わないがはいはい人間様の好きないつものやつですねという気持ちになってしまう。羊が飼い主が死んだとかそんなことで悲しむわけがないではないか。なんだかんだ美辞麗句を並べ立てたところで羊飼いは羊を軟禁して生計を立てている人である。何もそれが悪いと言いたいのではまったくない。羊飼いという人間の都合だけで作られた商売を正当化するために「羊さんたちは実は飼い主が大好きでみんな進んで軟禁されてまーす」みたいな物語を作ってしまうのはおめーそれは人間にとって都合が良すぎるだろうがという話なのである。

たとえ放牧であろうが羊が羊飼いのもとに留まっているのはもっぱら寝床があってエサが貰えるからに過ぎないわけで、もしそこらへんの草原にエサがたくさんあって天敵のいない寝床もあれば羊さんたちは羊飼いのもとに留まる動機はないだろう。そのような羊が野生で暮らせる自然環境を人間が剥奪した上でエサと寝床を提供しているのだから羊の側に選択肢はないわけで、羊に限らずすべての家畜業は軟禁なのである。こうした前提の上で、飼い主が大好きな家畜羊さんたちが飼い主を殺した犯人を捜してあげるなどというお話をイイ話として受け取るピュアさは俺にはないし、この映画を作っているスタッフの大半とこれを観ている客の大半がマクドナルドで牛肉を食いスーパーで豚肉を食い焼き鳥屋では酒のつまみに焼き鳥をつまんで少しお高めのレストランに行けばひつじ肉料理を食べているに決まっているくせに、劇中に登場する精肉屋が悪人扱いされる白々しい偽善をなんの反省も無く受け入れているのだから、まぁみなさん上手いこと本音と建前を使い分けますわな、と思う。

こういうところに引っかかるのは俺の病的な思想のせいだとしても、擬人化された羊が喋るネタは出オチ感が強く、以降は人間を羊に見立てた寓話として進行するわけだが、その寓話も仲間はずれは良くないよとか嫌なことから逃げるだけじゃいけないよとか、幼稚園児向けの絵本で教えるごくごく一般的な教訓であって、そうした教訓はもちろん大事だとしても、良い大人が素直にイイ話だなーと感じるとしたらお前の倫理観はそもそもどうなってたんだよ今まで、とかツッコミたくなるというもので、まぁ要するに大したものではまったくない。

総じて『ひつじ探偵団』は幼稚園~小学生ぐらいの子供に見せるとするなら良い教育映画と言えるかもしれないが、大人が観る映画としてはほとんど何の工夫もない普通の娯楽映画であり、ミステリー映画としては質が低いとさえ言えると思うのだが、結局のところ、これはウェルメイドで誰でも面白さが分かるタイプのローコンテクストな映画であり、そんなものこそ今の大衆化されたSNSで「これ面白いよ」と口コミで広がるわけである。野心的な試みもなく、深い洞察もなく、これはこの映画でしか観られないというような独創的なところもない。そんな普通の映画だからこそ、『ひつじ探偵団』は多くの観客に支持されるわけだ。

結構なことであるが、これは基本的に子供向けの絵本みたいな映画なのだし、大人ならもう少し知的であったり芸術的であったりする羊映画を観てもよいのではないだろうか。たとえば『ひつじのショーン バック・トゥ・ホーム』とか……いや、マジで面白いから『ひつじのショーン』は! マジで!!!

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