世界はウンコに満ちている映画『愛しのクノール』感想文

《推定睡眠時間:0分》

めちゃめちゃ面白い映画だったのでパンフレットを買ったらミニブタとふれあうことのできる動物カフェの広告が載っていて劇中のブタちゃんもサイコーに可愛らしいのだが早速そのカフェの店名で画像検索をかけたところスマホ画面に現れたミニブタちゃんたちがあまりにも天使だったため破顔を通り越して泣いてしまった。まるでビーズのようなつぶらな瞳、その下に突き出した不格好な鼻、老人の頭髪を思わせるまばらな白い毛、なんだかよくわかっていないが幸せそうではある赤ちゃん的な表情…完璧にバッチグーである。

ネコももちろん可愛いがネコちゃんの可愛さはどちらかと言えば美しさと紐付けられる高貴な可愛さであり、それはネコちゃんの一匹狼的性格もさることながらやはりあの均整の取れた風貌に依るところが大きいのではないかと思う。イヌももちろん可愛いがワンちゃんの可愛さは従順な可愛さであり、これは飼い主の言うことを頑張って聞こうとしたり抵抗する時でもネコちゃんのように本気感は出せない健気さに由来するんじゃないだろうか。そしてブタちゃんである。ブタちゃんの可愛さは赤ちゃんの可愛さなのだ。

赤ちゃんが冷静になってよく見れば生物としてかなりブサイクであるのと同様にブタちゃんもぶっちゃけブサイクである。しかしブサイクであるがゆえに…しょうがないなぁもう俺がナデナデしてエサをあげてウンチを拭いてお外で遊ばせて危険が及ばないよう守ってあげないと誰が守ってあげるんですか! という気にさせられるのだ。可愛いとブサいは紙一重であるということ、むしろ依存関係にあること、これは日本のアニメやアメリカ文化圏にはあまり見られないkawaii意識であろう。整ってりゃイイってわけじゃない。それはまた『愛しのクノール』という映画の核にある監督や原作者の哲学であるように思える。

主人公の冴えないと顔に書いてあるような風貌の少女はヴィーガンの家庭の子、こいつは友達と肉屋に行くと「うわぁブタさんの死骸がいっぱい並んでる! 野蛮~」とか店長に聞こえる声量でナチュラルに言ってしまう悪気はないのかもしれないがムカつくガキである。父親は常に母親の半分以下の声量でなにかボソボソ言いながらクロスワードパズルをやるだけの人、母親は家庭菜園作りに熱中し家庭料理でも肉は一切使わない厳格なヴィーガン。どっちもわりと気に食わない性格な上に顔面造型がアニメのくせに可愛げなく不気味なので一家揃って共感度ゼロ。とそこへやってきたのがこちらも見るからに胡散臭い肉屋の祖父、この祖父が主人公の欲しがっていたイヌの代わりに子ブタちゃんを買い与えてやったことから一騒動巻き起こる。

何がイイってこの映画出てくる全員見た目がちょっと不気味でキモい。そして性格には癖があり欲望は丸出しで俺が俺がと自分を主張して相手に全然配慮しない、子供にも大人にも理想化されたウソの人間というのが出てこない。子供の視点で作られてるってことだろうな。原作はロアルド・ダール味のある児童文学だそうだがおもしろい児童文学は大人ではなく子供の視点で世界を眺めるもの、子供はウソをつかないとは一切思わないが大人に比べればウソをつくのが下手だし、だいたい子供は自分勝手なのでその世界は大人のような人工的な八方美人にはならないだろう。ムカつくやつはストレートにムカつくやつとして描かれ、好きなものは無責任に好ましいものとして描かれ、世界の汚さや残酷さはオブラートに包まれることなく露呈してしまうのだ。ブタちゃんもただ可愛いだけではなくウンコ撒き散らしまくりなのである。

でも、だからこそ見ているうちに愛おしくなってくるんだよなぁ。その歪んだ不格好な世界には赤ちゃん的な守ってあげたくなる可愛げがある。たとえばウェス・アンダーソンのような大人の視点で作られた理想化された世界というのはネコのような整った可愛さはあってもこういう種類の可愛さってない。最初から最後まですべての要素が完成されているので観客の側は特定のキャラに一度感情移入(などと世間では言うが俺に言わせればそれは感情依存なのだ)したりすれば後は足場を動かさずに安心して映画を楽しめる。『愛しのクノール』はその逆なんですよね。感情移入できないからこそ面白いし愛せるというもので…などと言ったところで整った可愛さをただ安全圏から愛でていたいという受動的で幼稚な大人の人がどうやら大多数らしい日本のことだからあまり理解はされないかもしれないが!

まとにかくこれはすばらしい映画だということです。イタズラっぽいユーモアあり風刺の効いた展開ありスラップスティックなアクションあり、そしてきゃわきゃわすぎる子ブタちゃんあり子供だいすきウンコ爆弾ありキッズのちょっとした成長もありというわけで、俺が幼稚園の先生であれば反対する園長を一時的に拘束してでも園児たちに強制的に観させているに違いない。

ちなみにさっきから子供視点子供視点と書いているがヴィーガンと肉食の共存の仕方なんて実に大人の知性を感じるところで、「みんな違ってみんな良い」を綺麗事ではなくちゃんと現実に可能な形で提示しているのがまことに立派。作者がちゃんとした大人の知性を持った人だからこそ子供の視点で世界を眺めてみることもできるという、これはそういう本当はたいへんに高度な知的技術に裏打ちされた映画なのである。

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