勝手に落ちろ映画『FALL/フォール』感想文

《推定睡眠時間:15分》

俺にとってはそんなに面白くない映画だったのだがなんで面白くないのかと考えているうちに映画のジャンル論めいたものに到達してしまった。これはジャンル的にはシチュエーション・スリラーとかになるだろうが似たような作りの映画としてたとば典型的なサメ映画を考えてみる。サスペンスやホラーのジャンルのサメ映画の場合、登場人物はそこに人食いサメがいるなどとはつゆほども思わず海に入ってサメに襲われる。サメの存在を知るのは観客のみで、かの『ジョーズ』がサメ主観カメラを採用していたように、観客は「危ないぞ…危ないぞ…ウワァ!」とこういう感じで避けられない破局を予想することでそこに恐怖と愉しみを見出すわけである。

また別のたとえ話をすれば、そこに扉があるとして、ただ「扉を開けて下さい」と言われて扉を開ける人はその行為に基本的には何も感じない。しかし「その扉の先には殺人ゴリラか木村拓哉のどっちかがいます。扉を開けて下さい」と言われて扉を開ける人は、まぁ開けるとすればだが恐怖と期待でハラハラドキドキしながら扉を開けることになるんじゃないだろうか。つまり、サスペンスやホラーを生むのは「見えているもの」ではなく「見えていないがなんとなく存在の予期できるもの」であり、そのためにこれらの映画の登場人物は最初そこに危険があるとは考えず知らず知らずのうちに危険地帯に足を踏み入れてしまう…という構造を取りがちなのだ。そこに危険があるとわかって足を踏み入れるなら恐怖は「見えているもの」となってしまってあんま恐ろしくは感じられないだろう。

翻ってこの映画『FALL/フォール』はどうかというと主人公はフリークライミング趣味者でクライミング中の滑落事故で恋人を亡くして意気消沈、そんな主人公を励ますべく危険系ライバーの親友は「二人で今は使われてない600メートルのテレビ電波塔に登りに行こうよ! めっちゃスリリングで気分が晴れるよ!」とトチ狂った提案をして主人公もまんまと乗るのであったというわけで案の定電波塔のてっぺんで二人は孤立するわけだが、元から死ぬ可能性があることをわかって危険地帯に踏み込む人なんか見ててもそんなの怖くないだろ、と俺は思う。高所恐怖症の人がある朝目覚めたら理由はまったくわからないが600メートルのテレビ電波塔のてっぺんにいた…とかなら怖いと思うしこの不運極まりない人には頑張って生還してほしくなる。でもこっち危険をわかって自分から登ってるからなぁ。最悪死んでもバカがバカやって死んだぐらいな感じであんま悲劇性とかもないんじゃないだろうか。

サスペンス演出自体はなかなかダイナミックなので面白く観られるが演出がいくら優れているといったところで所詮600メートルのテレビ電波塔のてっぺんだけで展開される映画なので驚くような捻りもなく(捻りはあるがこの手の映画ではありふれたものでしかない)、主人公を襲う数々のピンチも行き当たりばったりの使い捨てで、ライド的な面白さこそあれサスペンス映画的な興趣はそれほどない。たとえば主人公の父親が序盤に出てくるのだから二人が電波塔のてっぺんで『浦安鉄筋家族』の春巻よろしく遭難している間、地上では二人の行方を捜して父親が駆けずり回っており、些細なヒントを辿って少しずつ電波塔に近づいていく…みたいな展開でもあれば良いと思うのだが。

ストリッパーでWWE好きという主人公の設定はなかなか珍しいがそれも生かされているとは言いがたく、そういう意味で気が利かない映画とも言えるし、良く言えば潔い映画とも言えるかもしれないが、なんにせよ俺にはあんまハマらん映画でした。ただ、主人公と親友が汗と垢にまみれた腕力の信頼できるタンクトップ・レディースなので点数をつけるとしたら100点です。

【ママー!これ買ってー!】


よりぬき!浦安鉄筋家族 1 春巻遭難編 (少年チャンピオン・コミックス) Kindle版

ことによっては春巻遭難回の方がサスペンスフルな可能性もある。

Subscribe
Notify of
guest

0 Comments
Inline Feedbacks
View all comments