《推定睡眠時間:40分》
邦題の時点で既に味がしないのだが本編を観ても味がしなかったので何を書けばいいかよくわからない。なんか知らんけど致命的なウイルスの蔓延で文明が崩壊したらしいポストアポカリプス世界を舞台に生き残った少数の人々が云々というお話なのだがぶっちゃけ冒頭から今までに何度も見たシーンばかりである。緑が生い茂り野生動物が闊歩する都市風景は『アイ・アム・レジェンド』、落書きだらけの廃墟で生存者を発見するあたりは『28日後…』、ヒャッハー的な暴徒集団(ゾンビ映画ではないはずなのだがなぜか言葉も話せず叫びながら暴れ回るだけというゾンビ枠)は『ニューヨーク1997』か『ドゥームズデイ』、定期的に死んだ妻の思い出を求めてかつて住んでいた家を訪れるのはシチュエーションは少し違うが藤子・F・不二雄先生の終末SF『みどりの守り神』を思わせたし、生存者に対する一方的な無線での呼びかけを受信してその地へ向かう展開は言うまでもなく『渚にて』、微かな希望を胸に向かった先はまぁ当然ながらアレな感じというわけで、とにかく全編既視感ばかり、何も映画は一作毎に新しいことをやらなければならないとは思わないのだが、曲がりなりにもリドリー・スコットというビジュアリストのビッグネームが監督にクレジットされてこの既視感の嵐はなんなのだろうか。
というわけで書くことがない。演出もシナリオもキャラクターもすべて「いつものアレ」である。せめて何かしら引っかかりがあれば良かったが俺には見つけることが難しかった。多少あるとすればそれはどちらかといえばあまり良いことではないかもしれない。例のヒャッハー暴徒集団は馬を駆って集団で襲ってくるのだが、その際はララララララァァァァァ! と雄叫びを上げて、これはどう見ても古典西部劇におけるネイティブ・アメリカンの表象である。言葉が通じず理性もまったくないように見える単に主人公サイドに殺されるだけのゾンビ的な敵をネイティブ・アメリカンのイメージで描くというのは、いやまぁ別にやりたければやってもいいとは思うのだが、うーんこの時代にずいぶん叩かれそうなことをやるものだなぁという感じである。白人の金持ち連中とか軍人もちゃんと敵として描かれるし殺すのでまぁバランスは取れているのかもしれませんが。
書くことがないから俺の雑なリドスコ論でも付け足して水増ししよう。リドスコというのは超越を志向する人物をヒーローとまでは言わずとも常にシンパシーを込めて描いてきた監督である。現在の自分の境遇に決して満足せず、たとえ死ぬことになるかもしれないとしても、そこからの命がけの飛躍を行う人物たち……それはたとえば『デュエリスト 決闘者』の下級兵士であり、『ブレードランナー』のレプリカントたちであり、『テルマ&ルイーズ』のタイトルロール二人であり、『グラディエーター』の奴隷剣闘士であり、こうした勇気ある人物たちをリドスコは称賛してきた。『ラスト・サバイバー』の主人公も変わらぬ日々を是とする相棒や近所のメノナイト・コミューンと違ってここではないどこかを夢想しそこに向かうことを決意するので、一応はその範列に含めることができるかもしれない。
ただこの映画では主人公が人に好かれやすく仲間が多い。ここではないどこかへの旅も一人で行くわけではなく仲間と一緒に行くわけで、それはそれでドラクエみたいで面白いと言えなくもないのだが、なんか『メイズ・ランナー』みたいに和気あいあいとしてるからリドスコ的な超越志向は見えにくくなってしまった。そうしてリドスコの監督カラーが薄まった結果、なんか既視感ばかりだなぁという映画になってしまったんじゃないだろうか。もしこれが周囲の反対を押し切っての主人公単独での終末旅行であったらどうであっただろう。それで燃料が無くなるまで飛行機で飛び続けて墜落するとか。なんか一般ウケの悪い暗い話になりそうな気がするが、でもその方が少なくとも味のする映画にはなったかもしれない。
それにしても不思議といえば不思議である。重ね重ねなのだがリドスコはCM監督出身の映画監督なので何よりもまずビジュアルを過剰なまでに作り込む人だったはずである。『ブレードランナー』はその最強の例だが、それならポストアポカリプス世界という未来が舞台のこちらもビジュアルをゴテゴテ作り込んで欲しかったよな。現代劇だったらビジュアルの作り込みなんて言ってもいろいろ制約があるだろうけどポストアポカリプスの近未来なんだからそんなの別に制約とかないじゃん。それがなんでこんな既視感しかないビジュアルになったのだろう。さすがにリドスコもご高齢、体力的に美術に口を出す余力がなくなってしまったんだろうか。昔はなんか自分でコンテとかイメージとか描いてたと思うんですけど。
はい、ということで水増しコーナー終わりでーす。『ラスト・サバイバー』、とくに言うことのない普通のポストアポカリプス映画でした!
予告編では思いっきり「ディストピア」と言ってましたが、やはり誤用だったんでしょうか?
『未来惑星ザルドス』や『少年と犬』など、ポストアポカリプス世界の中にディストピアがあって、そこにポスカリプスの住民がやってきて大騒動~みたいな感じの作品はままありますし、今作にも金持ちのゲーテッドコミュニティが出てくるそうですが。