ウソでもいいけど納得はさせてほしい映画『マジカル・シークレット・ツアー』感想文

《推定睡眠時間:15分》

冒頭を見逃してしまったのでこの映画の時代設定がわからないのだが、スマホでLINEみたいのやってるし仮に現在ではないとしてもそう昔の話ではないだろう、そう昔の話ではないはずなのだが主人公三人がえらくカンタンにシンガポールからの金密輸に成功していたので飛行機なんか人生で二回しか乗ったことのない身にはずいぶん不思議に感じられたりした。だってわかんないけど空港ってX線検査やるじゃん荷物の。そしたら金でしょう。金の延べ棒。違法薬物の密輸だったらX線検査で発見するのは難しいだろうけど金はわかるんじゃない? 形状的に。でもこの三人あまりにもあっさり金密輸に成功するし、それも何度も成功してしまう。そして肝心の「どうやって税関をすり抜けたのか?」という場面はこれはあれかなぁ税関の協力で撮ってるから配慮してるのかな、こちらが知りたい金密輸手法の細部は描かれないのである。

そういうことを気にしない人は気にしないのだろうが、俺は性格的にリアルな犯罪を題材にしていたり実在の事件をモチーフにしている映画の場合(※この映画の元ネタは2017年の主婦集団金密輸事件らしい)ちゃんとその過程を細かく描写してくれないと誤魔化された気がしてその映画をあまり楽しめない方である。だからそれでかなり引っかかってしまうのだが、とはいえ、金密輸の実際の手法だけならはまぁ大人の事情で撮りたくてもできなかったんだな、ぐらいな感じで勝手に納得することもできる。問題は映画のわりと全編に渡ってリアリティとかディテールがかなり手薄だったことじゃないだろうか。

たとえば主人公は色々と不幸が重なって急にお金が入り用になった二児の母、それも下の子はまだ乳幼児なのでいつも抱っこして出かけているのだが、その人のもとにお金に困っていることを嗅ぎつけた何者かから良い稼ぎ話がありますよと勧誘電話がかかってきて、とくに弱みを握られているとかでもないのに言われるがまま怪しげ組織の主催するシンガポール密輸ツアーに二人の子連れで「金密輸をすると知らないまま」(荷物を運んでもらうとは聞かされていたらしい)参加するのである……ってこれは現実的にあり得る話だろうか?

まず金稼ぎ以外に何も考えておらず人間を動く金だと思っている犯罪組織がいろいろと面倒臭そうな子連れでの参加を許可するようには思えないし(俺だったら「そんなの途中でガキ死んだらこっちで死体処理しなけりゃいけないじゃん。ダメだよ!」って断る)、このシングルマザーはいろいろ仕事を探すがどこも採用してくれないということで金密輸に参加するのだが、風俗とまでは行かなくてもキャバクラとかスナックとか夜職系ならなんぼなんでも雇う枠がゼロということはないだろう(演じるのが有村架純という美形なら尚更である)

仮にこの人が夜職にとても抵抗のある人だとしても犯罪組織がこの人を金稼ぎのカモとしてマークしているなら手間がかかるわりに利ざやが小さい金密輸の運び屋なんかよりも風俗やりませんかとか原発作業やりませんかとかまずはそちらに案内するだろうし(犯罪組織がカモの都合など考えるわけないだろう)、じゃあそのすべてをとりあえずスルーするとしても、お金稼げますよと怪しい人から案内されたから自分が密輸をすると知らないまま二人の子供を連れてシンガポールに飛ぶ……ってそんな人いる? いくらなんでも鈍すぎないか? 映画の終盤に地元の人たちから「○○ちゃん昔からトロいからなぁ」と言われている主人公が「私のことをよく見もしないで決めつけるな!」とキレるシーンがあるが、怪しい人から怪しい案内をされて実際に稼げる保証もなくそれが犯罪だと気付かないまま他国への飛行機に乗る人はトロいとしか言いようがないだろう。

主人公は密輸ツアー先で二人の女の人と仲良くなって映画は群像劇として進んでいくのだが、この他の2人というのもやはりあまりリアリティの感じられない人たちであった。一人はキャバ嬢である。この人は母親も夜職系の人でその生活態度はかなりだらしなく日々不満を募らせている中で中学か高校生の妹の修学旅行費が必要になって親は当然出してくれないから自分でいくらか余分に稼がなきゃという話になるのだが、この人もというかこの人こそじゃあとりあえず1ヶ月間限定で風俗やってみっか、風俗ならスポット的に掛け持ちできるし、と普通はなるはずなのである。まったく誰にも相談しないならその発想が出ない可能性もあるがこの人はちゃんとキャバの同僚に良い金稼ぎないかと相談し店長には金を貸してくれとせがんでいたので、そんな会話を同業者としているのに少なくとも犯罪組織主催の金密輸ツアーよりは圧倒的にリスクが少なくカンタンな上に稼ぎの効率もいい期間限定風俗勤務の選択肢が出てこないというのはほとんどあり得ないことではないだろうか。

三人目は大学の研究室で働く分子生物学かなんかの人であるが、この人はそもそもどのルートで犯罪組織にスカウトされたのか、あるいは自ら志願したのかという具体的な描写がない。それもそうだろう、分子生物学かなんかの研究者なら奨学金返済に困っているとか次期の雇用が不安とかの理由はあるとしてもよほど破れかぶれにでもならない限りキャリアを毀損する金密輸(発覚したら研究者としてのキャリアが終わるのは間違いない)なんか手を染めるわけがなく、そのため自分の研究が教授に横取りされたとか後輩の方が出世したとかそういう描写が用意されているが、そこから一気に金密輸へというのはかなりの飛躍だろう。

別に子連れのシングルマザーでも貧乏キャバ嬢でもキャリア形成が上手くいかない研究者も金密輸をしたっていーんである。というよりも、それをしてしまえるのが映画というフィクションの面白さなのだから、それぐらいの飛躍はどんどんして欲しいとさえ思う。ただしウソをつくならちゃんと巧く俺を騙して欲しいのだ。これこれこういう理由でこの人は金密輸をせざるを得なくなりましたしこれこれこういう方法で金密輸が可能ですとウソでもいいからそのへんのディテールを深く掘り下げてもらえばリアルとは別の映画の中だけのリアリティというものが立ち上がってなんかなるほどそういうもんなんだなって思うじゃないですか。

でもこの映画それがないんだよ。ウソを観客に納得させるための努力をしてない映画だと思う。ついでに言えば国をまたいでの金密輸という題材を扱いながらもサスペンスを感じさせようともしていない。俺が犯罪組織の悪い人だったら金密輸に使う運び屋なんか必ず弱みを警察にタレ込まれないようにするし、その弱みを使って「警察にバラされたくなければ」と毎月のお金を要求するなり人がやりたくない系の仕事をさせるなり死ぬまで搾取するので、犯罪組織にスカウトされての金密輸という題材からすれば犯罪的なハラハラは犯罪サスペンスというジャンルではなくてもあってしかるべきだと思うのだが、この映画の中の犯罪組織は非常に優しく人を築けない謎の犯罪組織なのでそんな悪辣なことはしないし、そればかりか組織の用意した金を持った主人公にまんまと逃げられてしまったりする。組織の金を盗んでも殺されたり拉致拷問されたりしないとかそんなに優しい犯罪組織はこの世に存在しないだろう。優しかったら犯罪してないんだからそもそも。

監督の天野千尋という人は『ミセス・ノイズィ』が面白くてその時は現代では貴重な風刺喜劇を撮れる人だと思ったし(『マジカル・シークレット・ツアー』にも喜劇っぽく見せようとしている箇所はいくらかある)、去年公開された『佐藤さんと佐藤さん』はもっとシリアスな恋愛映画というか夫婦映画だったが生活のディテールが深くて面白かったのに、『マジカル・シークレット・ツアー』にはそれぞれ志向するものが違った前二作の良さがどちらもなくて、とにかくこの題材に対してディテールが甘いというもうそれが、とにかくそこが面白くないところなのだが、第二の『OUT 妻たちの犯罪』かと思いきや全然そうなれてなくて、もうちょっとどうにか、と思う映画なんであった。あと『OUT 妻たちの犯罪』は面白かったから配信かBlu-ray出してください。

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