【前編】2015~2020年ホラー映画これを観ておけ100本

ステイホーム! リモートワーク! 巣ごもり消費! …ということで家で観られそうな2015~2020年公開の面白いホラー映画を100本ぐらいステイホームでゴロゴロしてる人たちと俺のためにリストアップしてやるかと思い立ったのが去年の12月、それから一年弱経過してもう誰もステイホームとか巣ごもりとか言わなくなってしまいました。怖いですね。時が過ぎるのはあっという間。世の中で一番こわいのはお化けでも殺人鬼でもなく時間かもしれません。あるいは怠惰。

でようやく100本のうち50本の一言ではない一言ぐらい感想が書き終わったので放出。世の中にはホラーと聞けば西へ東へ金も足も使ってトレジャーハントしに行く勤勉な方々もおりますがこちらは怠惰の極みなのでレンタルビデオ屋すら映画発掘に行かず100本たぶん全部が限定的な形でも劇場公開された作品です。したがってお宝発掘的な要素はゼロ。あーこういう映画あったあった、みたいな感じで読んでもらえればいいんじゃないでしょーか。までもそこは怠惰映画鑑賞者としての俺のプライドで一般的にはホラー映画に分類されないが観ていて恐怖を感じた作品というのも結構混ぜてますからホラーマニアが作るリコメンドとはちょっと角度の違ったそこそこ新鮮な感じのリストにはなってると思いますけどねっ!

※俺が挙げるまでもなく人類全員が既に観ていることは明白なので『IT それが見えたら、終わり』前後編や『死霊館』シリーズ本伝などの超メジャー作は入れてません。あと2015~2020年というのは基本的に日本での公開年ですが一部2021年に公開がずれ込んだ映画も入ってます。そのへんは大目に見よう。

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幽霊こわい

『残穢 住んではいけない部屋』

最近のJホラーは単純に怖さを追求したものは少なくて『事故物件』とか『犬鳴村』とかネタ的な要素を含んだバラエティっぽい映画が多いわけですが、そんな風潮にあってこれは貴重なただ真剣に怖いだけのJホラー。安易な解決策も泣かせドラマも派手すぎて興ざめなびっくり演出もなく、呪いの輪に囚われた霊たちがただ淡々と全力かつ無言で生者の魂を取りに来るのがイイ。ちゃんと怖い映画を観たい人はどうぞ。

『貞子VS伽椰子』

いかにもネタ系っぽいタイトルだが最恐モンスター激突のお祭り騒ぎ的たのしさとガチの心霊ホラー的こわさを絶妙なバランスで両立させた傑作。Jホラー界の二大怨霊に負けじと人間サイドもしっかり漫画的にキャラが立っており、どう戦わせるのかのアイディアも含めて、企画モノにも関わらず物語として見応えと説得力があるのがすごい。監督は『コワすぎ!』シリーズの白石晃士で、個人的にはこの人の最良の仕事ではないかと思う。ネットミームになった名言「バケモノにはバケモノをぶつけんだよ!」はこの映画が元ネタ。

『ファントム・スレッド』

寡作で知られる現代アメリカ映画の名匠ポール・トーマス・アンダーソンの現時点(2021年9月)の最新作で、主演ダニエル・デイ=ルイスの(現時点での)俳優引退作。表向きはファッションデザイナーが陥る相互依存的毒恋愛の物語だが、服が呼び込むどうしようもない運命の力に人間が為す術なく屈する展開はヘンリー・ジェイムズ風の心理ホラーのようでもゴシックホラーのようでもあり、何かに憑かれたような主演二人(もう一人はヴィッキー・クリープス)の演技は小林正樹『怪談』や溝口健二『雨月物語』を思わせる。見える人には幽霊映画に見えるが見えない人には全然見えないという意味で、この映画自体が幽霊のような怖い映画。

『オキュラス/怨霊鏡』

現代アメリカ映画のモダン・ホラー分野をほぼ独占的に手掛けている若きホラーの巨匠マイク・フラナガンがまだ『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』『ドクター・スリープ』などの大作を任される前に手掛けた逸品。呪いの鏡に憑かれて崩壊していく家族模様が綴られるが、ちょっとした感情の揺れや家の中の風景の変化の一つ一つを小さな恐怖描写として積み重ねることで厭な空気を醸成し、やがて訪れる破局を恐怖のカタルシスとして機能させるストーリーテリングは巧みの一言。ワンカットが比較的長く、焦らしに焦らす演出には好みが分かれそうでもあるが、アリ・アスターやトレイ・エドワード・シュルツが牽引する昨今の家族ホラー映画ブームの嚆矢として押さえておくとテストで点取れます。

『君のまなざし』

宗教は幽霊よりも怖いという人もいますがこれは幸福の科学が作った幽霊映画なので怖い×怖いのダブル怖いでたいへんお得、そのうえ伝奇映画的要素やサイキック・アクションまであってサービス満点の映画と言えましょう。製作・脚本・ほぼ主演を務めたのは幸福の科学の教祖・大川隆法の長男・大川宏洋で、宏洋の教団脱退に伴うお家騒動により教団から存在を抹消されたいわゆる封印映画のため現在では観ることが難しいが、即物的な恐怖描写は結構怖く先読みのできない展開もケレン味のある美術なんかも面白い力作なので、機会があれば是非どうぞ。

『死霊館のシスター』

『死霊館 エンフィールド事件』で部屋に飾ってあった絵画を掲げて突進してくるとかいう謎の恐怖行動を取っていた『死霊館』シリーズのスタア怪異の一匹、シスター・ヴァラクを題材にしたスピンオフで、シリーズ初のゴシック・ホラー篇。個人的にこのシリーズはホラーというよりキリスト教信仰を背景にしたスピリチュアルな家族ドラマという感じで大して魅力を感じないのだが、これは他のシリーズ作と毛色が違い家族ドラマを潔くカット、辺境の修道院に吹き荒れる恐怖と悪霊退散バトルに特化していてたいへん好感が持てた。肝心のシスター・ヴァラクが物理で殴ってくるタイプの上に反則級に強すぎてあんま怖くないのはご愛敬(でもバトルは燃える)

『霊的ボリシェヴィキ』

『リング』とか黒沢清とのコンビ作で知られる人でなし脚本家・高橋洋が自身が講師を務める映画美学校の受講生を使って撮り上げた半実習的ホラー中編。一応幽霊っぽい何かも出るが基本的にはどっかの廃墟で百物語をやってるだけの映画なので好き嫌いが人によって極端に分かれそうだが、個人的には大いにアリ派。派手な恐怖演出もなく人間ドラマもなく淡々と百物語をやってるだけなのにその雰囲気に呑まれて段々と怖くなってくる、なんだか背景に幽霊が映り込んでいるような気がしてくる…という人間心理の奇妙を主題とした一種の実験的メタホラーとして、ホラーとは何かと考える良い材料になるのではないかと思う。

『ウィンチェスター・ハウス』

こちらもホラーとは何かをテーマとしたメタホラーで監督は21世紀SFの金字塔『プリデスティネーション』を手掛けた知性派スピエリッグ兄弟。亡霊を迷わす目的で改築に改築を重ね迷宮と化したウィンチェスター邸の物語だがたのしいお化けがいっぱい出てくる『死霊館』のような作りではなく、なぜ人は幽霊を見てしまうのか、人に幽霊を見せる環境があるならそれはどんな環境か…といったことが描かれたりする。世界一有名な幽霊屋敷とも言われるウィンチェスター邸の映画をやるのにそっち方向に舵を切るんかいと言いたくなる気持ちもあるが、幽霊そのものよりも幽霊を生み出す心理に着目した点で米国幽霊屋敷映画の古典『たたり』の現代アップデート版とも言え、伏線を巧みに張り巡らした脚本の面白さもあって完成度は高い。

『ゴースト・ストーリーズ 英国幽霊奇談』

そしてこちらもまたメタホラー。2010年代はなんかそういうのがホラー先進国の間で流行っていたようで、作品紹介は別項に譲るがアレハンドロ・アメナーバルが監督したカナダ/スペイン映画の『リグレッション』、東アジアのホラー大国・台湾が放った異形の学園ホラー『怪怪怪怪物!』、あるいは作品のテイストからすればホラーとは呼べないが、従来ホラーモンスターとされていた半魚人をあえて恐怖の対象とは見せずにラブストーリーとして構築されたギレルモ・デル・トロの『シェイプ・オブ・ウォーター』もまた「ホラーとは何か」を観客に問いかける一種のメタホラーであった。
『ゴースト・ストーリーズ 英国幽霊奇談』はそうしたメタホラーを英国ホラーの伝統といえるオムニバス映画の形式に落とし込んだもので、幽霊ホラーとしてしっかりと怖いのは一話目ぐらいだが、伝統と現代性やホラージャンルと批評性の融合が見事な佳作と言えると思う。

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殺人鬼こわい

『ヒメアノ~ル』

古谷実の同名漫画の映画化で、V6の森田剛が演じるシリアルキラーのストーカーがまあああああああ怖い! 怖いっていうか生理的に無理! キモイとかじゃないのです。とにかく言動が幼稚で話の通じない感がすごい。絶対に嘘とわかる嘘を平気で吐いて悪びれないばかりかこっちのせいにしてくる。後先を考えないのでわけのわからないタイミングで通り魔的に人を犯して殺す。そこに一切の感情が見えないのが無理すぎる感じである。その無軌道で無意味な殺人行脚をポルノ的な過剰演出で盛り上げる監督・吉田恵輔の演出も不謹慎にドス黒く後味はかなりめっちゃ悪いが、殺人鬼ホラーとしては傑作なので必見(でも俺はこの監督の女性蔑視っぷりがこの映画と次の『愛しのアイリーン』で無理になったのでもう監督作を観ないと決めた。まぁそれぐらいパワフルな映画ということで…)

『地獄愛』

古典的カルト映画『ハネムーン・キラーズ』のリメイク。恋愛初心者マークのまま結構な歳になってしまった主婦がチンケなワル男に引っかかってしまったことから冥府魔道に突入、愛を証明するために殺人とか死体解体とかに手を染めるようになる。日本だったら園子温がやりそうなお話で死体解体のゴアゴアシーンで突如女が歌い出してミュージカルになるなどの演出もちょっと似ているが、人間ドラマの掘り下げは園映画と違って深く、血と死体と残酷と腐臭が充満しつつも主人公の女の愛の希求にちょっと泣けてしまう痛切な恋愛ホラーとなっている。

『レザーフェイス 悪魔のいけにえ』

超ご存じ『悪魔のいけにえ』の前日譚とかいう超無謀企画はストーリーもシリアルキラー題材のフーダニット的ミステリー&ニューシネマ的ロードムービーという超攻めの姿勢。自由を求めて更生施設から脱走した男女数人が行く先々で死体の置き土産を残していく。その殺人者の中の誰かが将来あのレザーフェイスになるらしいのだが果たして誰が…ってな感じ。なかなか突拍子もない映画にも思えるがニューシネマとシリアルキラーはオリジナル『悪魔のいけにえ』の二大バックボーン。ホラー映画の大古典をバッサリ解体しつつその中核要素を的確に抜き出して大胆に再構築した知的な意欲作として、どちらかと言えば批評的に楽しめる一本。

『ハロウィン』(2018)

元祖米国スラッシャー殺人鬼マイケル・マイヤースの復活作にして『ハロウィン』シリーズ新三部作の一作目。初代『ハロウィン』の主人公ジェイミー・リー・カーティスも『ハロウィンH20』『ハロウィン レザレクション』以来久々にシリーズ復帰を果たし(※『レザレクション』の序盤で死んでしまったのでこの二本はなかったことにされた)宿敵マイケルとさながら『要塞警察』なバトルを繰り広げる。『ハロウィン』は当初よりフェミニズム的なテーマを内包していた点で『13日の金曜日』や『エルム街の悪夢』などとは一線を画しており、とはいえスラッシャー映画花盛りの80年代にはそのテーマ性が評価されることもなく地味な扱いを受けていたが、ジェイソンもフレディも映画界に居場所がなくなりホラゲーなどのゲスト出演で日銭を稼ぐ「あの殺人鬼は今」的なポジションに落ちぶれた現在、あの地味な『ハロウィン』がそのテーマ性ゆえに脚光を浴び、マイケル・マイヤースが米国スラッシャー殺人鬼界の絶対王者として帰還する…というのはなかなか痛快な話です

『サマー・オブ・84』

ある意味『スタンド・バイ・ミー』のような映画だがこっちの少年たちが探すのは死体ではなく殺人鬼。近所に住んでる人の良い警官がどうも怪しいなぁ、あいつ殺人鬼なんじゃないかなぁ…ということで軽い気持ちで探偵ごっこを始めたところアメリカ郊外の地獄へと一直線。思わせぶりな演出と情報を小出しに小出しにするシナリオが面白くこの手の映画にしては結構先が読めない方。ラストもそう来たか! という感じで唸らされる。そうだよね~シリアルキラーはそれが一番怖いよね~。米国シリアルキラー恐怖譚の本質を抽出したエスプレッソのようなシリアルキラー映画です。

『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』

映画やドラマの中の米国シリアルキラーを見ているとシリアルキラー超無敵じゃんとか思えてきてしまいますが端的に言ってアメリカでシリアルキラーが人を殺しまくれるのは広大な国土を貧弱な警察力がまったくカバーできていないせいでしかないのでシリアルキラー本人は基本的に単なるそこらへんのオッサンでしかったりします。この『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』はそんなそこらへんのオッサン殺人鬼をドキュメンタリー的なタッチで捉えたリアル路線のシリアルキラー映画。リアルなシリアルキラーは…なんかどうしようもなくて笑えた。言い訳のレパートリーの少なさとか死体処理の雑さとか最高にバカ。でもバカが酒に酔って適当に女殺しまくるんだから怖いですよね。ホラーと喜劇がない交ぜになったところに無能オッサンの悲哀も加わってなんとも言えない異臭を放つシリアルキラー映画の怪作となっております。

『ダウンレンジ』

現在はアメリカを拠点に映画制作を行っている北村龍平の変則スラッシャー映画。荒野のハイウェイに大学生かなんかのグループが車を走らせていたら当然やっぱりパンクしちゃって立往生、とりあえず車の外に出てみたところスナイパーライフルで安全圏から人を殺すのが趣味とかいう卑怯極まる殺人鬼のえじきになるのでした。でも監督は北村龍平だからやられっぱなしなわきゃあないともう観なくてもわかりますね。密室不条理劇の趣のある前半から後半の食うか食われるかの肉弾系バトルホラーへの転調は小気味よく、個人的には北村龍平のアメリカン・ホラーのベスト。

『アイム・ノット・シリアルキラー』

親の仕事と猟奇趣味のおかげで周囲から浮いてしまっている葬儀屋の息子のティーンエイジャー主人公が目撃したのは手慣れた様子で人を殺す『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のクリストファー・ロイド! どうやら彼はシリアルキラーのようだ…ということで後ろ暗さもあるがしかし好奇心には勝てずシリアルキラー老人ロイドの個人追跡を開始した主人公だったが逆にシリアルキラー老人ロイドに追い詰められていく。シリアルキラー追跡を通して自分がシリアルキラーではないことを確認しつつしかしそのことで自分もシリアルキラーの精神的共犯者かもしれないという不安に苛まれるアンビバレント。孤独な思春期男子の心理的冒険と成長をグロテスクに描き出した寓話的なモダンホラーで、舞台となる雪に閉ざされた田舎町の風景も素晴らしい佳作。

『ハウス・ジャック・ビルト』

シリアルキラーの主人公があの手この手でひたすら人を殺しまくる身勝手な内容なので描かれる状況的にはホラーでも怖いというよりも痙攣的な笑いが出てきてしまうラース・フォン・トリアーの人でなしコメディ。いつからか反動的な鬱映画の旗手みたいになってしまったがトリアーがキャリアの初めの方に手掛けたテレビシリーズ『キングダム』はこういう感じの笑いに溢れたシニカルなドラマだったのでトリアー原点回帰の観も多少ある。何が怖いかと言えば、観ているうちにこの鬼畜主人公についつい同情したり同調したりしてしまう観客の自分が怖い(わざとそう誘導するトリアーも怖い)

『ハッピー・デス・デイ』

よくあるスラッシャー映画みたいに友愛会パーティの帰り道で仮面の殺人鬼に殺された女子大生だったが目が覚めてびっくり、あれこれ今日の朝じゃん…? もしかして同じ一日ループしてる…? というスラッシャー映画×ループSFのゲテモノ異色編と思わせつつストーリー展開は意外にも王道の学園コメディにしてフーダニット系スラッシャーにしてループSF、そして家族ドラマ。全部乗せなのに破綻のないストーリーテリングが見事で主人公の蓮っ葉なキャラクターも大変良し、一応スラッシャー映画とはいえ主人公が百回ぐらい死ぬので怖さが薄すぎる気もするが、とはいえ死の痛みの克服は物語のテーマでもあるのでこれで良し。

モンスターこわい

『ゾンビーバー』

日本ではエアコンだが北米では害獣枠のビーバーちゃんがゾンビになったらどうしよう! の発想がたいへんバカっぽいが中身は案外真面目なゾンビものというかアニマルパニックもの、例によって湖畔を訪れた殺され用の学生たちがゾンビーバーに食われていくだけのストーリーではあるが出オチではなく学生とゾンビーバーの攻防が丁寧に紡がれていくのでバカバカしくもわりと怖く見ることができる。ゾンビーバーはチープCGではなくちゃんと手間のかかるパペット操演。作り手の80年代ホラー映画への愛が伝わってくるちょっとだけノスタルジックで泣けるかもしれない映画になってます。

『クランプス 魔物の儀式』

邪悪な『グレムリン』と言うべきクリスマス・ホラー。雰囲気はダークファンタジーに近く展開もおとぎ話のようだが、ユーモラスでグロテスクな小鬼たちがクリスマスで家に集まった人々を襲うシーンは暗めの照明や『パペットマスター』などの古典的な人形ホラーを思わせる演出で結構怖い。おとぎ話特有の不条理な残酷さを帯びたラストも心にシコリを残す、なかなか侮れない一編。

『獣は月夜に夢を見る』

古典的な怪奇小説の香り漂う一編。デンマークの寂れた漁村で母親の介護をしながら孤独に暮らしているヤングウーマンがある日のこと生理とか病気とかそういう感じではない身体の変調に気付く。どうやら彼女は人獣の血筋らしく、成人を前にしていよいよ獣化が始まったようなのだが…。人獣も怖いが田舎の人も怖い、ドキュメンタリータッチで描かれる村人たちの迫害っぷりはなかなかエグいが、その一方で閉鎖的な村社会の中で虐げられてきた者が獣化によって自己を解放していく過程にはカタルシスあり。謎を謎のまま残すミステリアスな展開、アンドリュー・ワイエス「クリスティーナの世界」を思わせる風景も印象的。

『クロール ー凶暴領域―』

「お前は最強捕食者だ!」というアニマル浜口も真っ青の父親兼コーチの発破に乗せられた女子競泳選手がワニと水泳で勝負する映画はこれです。ジャンル映画名人アレクサンドル・アジャ会心のB級モンスターパニックホラーで、このジャンルのお手本と言うべき巧みな構成と多彩なアクション、ホラー演出に加えて「お前は最強捕食者だ!」みたいな過剰さもしっかりと持ち合わせた隙の無さ。ハリケーンの襲来により孤立した一軒家の中で父娘がワニから逃げたりワニと戦ったりワニと一緒に泳いだりしてるだけなのにすごい面白いのですごいと思う。最後もスカッとするし主人公の女子競泳選手もカッコイイし。

『ライフ』

閉鎖空間に怪生物が侵入して一人また一人と餌食になっていく『エイリアン』型SFホラーの最新アップデート版。基本的に人体の内側から殺していくスタイルのアメーバ状宇宙生物が敵なので人の死に方がいちいちエグく、ほぼほぼ宇宙船内だけで展開するストーリーと相まってなかなか厭な空気を醸し出す。ジャンルの定石を律儀に踏んでいく映画なので目新しさなどはほとんどないが、現代でこういう映画がちゃんとお金をかけて作られていることが嬉しい。キャストもジェイク・ギレンホールとか真田広之とか実力派揃い(なんとなく『サンシャイン2057』を彷彿とさせる顔ぶれ)

『X-コンタクト』

こちらも閉鎖空間系エイリアンホラー。予算的には『ライフ』の10分の1以下だと思われるのでランス・ヘンリクセンの出演を除けば安さ雑さばかりが目立つが監督は『ウルヴァリン:X‐MEN ZERO』や『エイリアンVS.プレデター2』の特殊メイク、クリーチャーデザインを手がけたアレック・ギリスということで80年代SFXホラーへの愛が迸るクリーチャー描写は本気、それを見せるためだけに作られた映画と言っても全然過言ではない。『リバイアサン』『遊星からの物体X』『デッドリー・スポーン』などなどのタイトルにときめく人ならグッとくること間違いなし。それ以外の人はどうか知らない。

『アンダーウォーター』

『ライフ』とはまた別の方向で『エイリアン』型SFホラーの最新アップデート版。こちらは監督がテレンス・マリック風のポエティックなSFヒューマンドラマ『地球、最後の男』のウィリアム・ユーバンクということで設定やシチュエーションこそ閉鎖空間系エイリアンホラー+パニック映画の常道だが、逃げ場のない深海で孤独に死と向き合わざるを得なくなった人間の心理や選択にスポットライトを当てた内省的なムードの作品となっている。地上の生のはかなさを観客に叩きつけるラストはなかなか荘厳。

『クワイエット・プレイス』

そんなに面白いとも思えないのになぜか大ヒットを記録しパワーアップした続編も作られた(※2021年現在)やつ。音に反応して殺しにかかってくるモンスターのせいで人間文明あっさり崩壊、生き残ったわずかな人々は息をひそめて暮らしているが…。モンスターを見せないことで怖がらせるタイプのモンスターホラーだが、こちらも『アンダーウォーター』同様にモンスターを恐怖の対象というよりは畏怖の対象ないし死の象徴として寓話的に捉えており、主人公一家の質素な暮らしぶりも含めてプロテスタント色がかなり色濃い映画になっている。ホラーとしては設定のいい加減さや展開のご都合主義がいちいち気になるが、その宗教性に感動できる人なら面白いと思う。ちなみに似たような趣向の映画としてNetflix映画の『ブラックバード』というのもある。

『ザ・サンド』

ビーチの砂が襲ってくるとかいうあらすじにはZ級ムードが漂うが実は意外と厭な怖さのある掘り出しもの。言ってみればグラボイズの出ない『トレマーズ』のようなものなのだが、この砂の殺し方が痛い。砂に直に肌を触れてしまうとその部分に砂から生えた正体不明の糸のようなものがくっついて皮膚ベロンと融解、接触時間が長いと骨まで砂に溶かされてしまう。浜のドラム缶にハマって動けなくなった人などバカ映画っぽいところも結構あるがバカっぽさとエグさのバランスが良く、人を食った結末もブラックな笑いがあって面白かった。

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人間こわい

『累 ーかさねー』

土屋太鳳と芳根京子が二人一役を演じるダークメルヘンドラマで、『累ヶ淵』をモチーフにしているとはいえ怪談的な演出はあまりないのだが、一人の舞台女優の顔を巡って壊れていく土屋太鳳と芳根京子の演技合戦は鬼気迫るものがあってなかなか怖い、人格の境界と共に演じることと演じられることの境界までも舞台の上で消失してしまうラストは美しくも凄惨である。その光景を亡霊のように眺めるメフィストフェレスに浅野忠信、こちらも不気味な存在感を発揮しており、役者という人種の業と、役者を精神崩壊するまで追い込む業界男社会の罪をまざまざと見せつける、最近の邦画としては珍しいテーマに挑んだ映画となっている。

『クリーピー 偽りの隣人』

黒沢清お得意の家ものホラー。平凡よりちょい裕福寄りな夫婦が夢の新居に引っ越してきたら隣に住んでいたのは絶対にやばい人の顔をした香川照之。そんな奴には近づかなければいいのに家と主婦という枠に押し込まれて心のどこかで息苦しさを感じていた夫婦の妻(竹内結子)は香川照之と近所付き合いを始めてしまい、地獄の門が開いてしまうのだった。この映画はとにかく香川照之である。昆虫が大好きすぎて本人が昆虫のようになってしまった香川照之のナチュラルなやべー奴っぷりが気持ち悪くてだいぶ最高。でも思考回路はやべー奴でもこの人は頭脳とか肉体的にはヘナチョコ、したがって殺してしまうか通報してしまえばいいのだが、それができない平凡な人々によって事件は拡大していくわけで、最終的には主体的に行動できず他人に思考を委ねてしまう平凡な人がこわい、という映画なのかもしれない。

『ドント・ブリーズ』

若者たちがなんとなく強盗に入った家に住んでいたのは盲目だけど戦闘スキルがプロすぎる元特殊部隊の老人、ということで立場が逆転して若者たちが老人に見つからないよう息を潜めながら家の脱出を目指すことになる『クロックタワー』みたいな映画。タイトなランタイムの中で二転三転する展開が面白く限定空間での攻防もメリハリとケレン味があってスリリングで良し、個人的にはホラー映画なんだからもうちょい人が死んでもいいのではと思うが、ともあれ好評を得て第二弾が作られるぐらいにはよくできた暇つぶし映画。

『ブリムストーン』

厳密に言えばホラーというよりもバイオレンス描写に容赦のないノワール西部劇に分類されるだろうが、女憎しの極悪ストーカー牧師に扮したガイ・ピアースが怖すぎるので俺判断でホラー認定。クレジットされてはいないが内容的には映画史上に傷を刻むカルト・ノワール『狩人の夜』の焼き直しといっていいもので、極悪ストーカー牧師の罪を目撃してしまった女(ダコタ・ファニング名演)の悪夢的な逃走の旅とやがて訪れる対決を描く。展開的にも描写的にも色々と無慈悲の連続なので昨今のフェミニズム映画ブームで生まれた作品の中でもとりわけ強烈な印象を残す一本。

『伊藤くん A to E』

これもまた一般的にはホラーとは呼ばれない作品だが岡田将生の演じる伊藤くんの正体不明の童貞モンスターっぷりがヤバいことになっておりそのヤバさときたらかのジョーカーを彷彿とさせなくもない。この童貞は男たるもの女の上に立つべしの妄執に駆られてそれっぽいイケメン風言動で恋愛経験浅めの女の人たちを次々と誘惑し、いざベッドインという段になると童貞なのでベッドに入ることができず、その理由が相手の女の人にあるかのように糾弾して傷を植え付け去っていくという超不毛行為を延々繰り返しているのであった。果たして誰がこの不死身の童貞モンスターを止めることができるのだろうか…おそろしい映画である。

『ジュリアン』

おそらくレンタルビデオ屋などに行くとサスペンスのコーナーに置いてあると思われるがラストシークエンスは完全にホラーの域。DV理由での離婚調停中に父親と母親の間で揺れ動く少年の物語ではあるが、極度の緊張の中でなんとか保たれていた夫婦の均衡がついに破れた瞬間のおそろしさときたら! だが単に怖いだけの映画ではなく、ドキュメンタリータッチのカメラが捉える夫と妻と息子の三者三様の悩みや痛みの描写は繊細で、家族の複雑さを丁寧に掬い上げた家族ドラマとしても見事な出来映え。そのへんを疎かにしないからこそラストの怖さや悲劇性が引き立つのだ。

『ザ・ギフト』

いわゆる胸糞系。これは観る人間の属性によって怖さを感じるポイントがかなり異なる映画かもしれない。具体的に言えば男か女か、夫か妻か、子供か大人か、あるいは…とそれ以上言うとネタバレになってしまいそうなので控えますが、そのことからもわかるように複眼的な作劇になっており、そこそこ裕福な夫婦のもとに夫のかつての同級生を名乗る男が現れたことから起こる惨劇を当事者それぞれの視点から描く。事の真相の一端が明らかになるラストの暴力性は鬼畜度高し。その鬼畜な恐怖を感じ取れない鈍感人間も結構いるんだろうなぁと思うとそれも怖いのである意味お得な映画です。気分的にはかなり凹みますが。

『REVENGE リベンジ』

荒野の金持ち別荘に呼ばれたイケイケな感じの女がろくでなし金持ち男どもに弄ばれた末に崖から突き落とされて後はただ死を待つばかりの串刺し状態に陥るもテメェら絶対ぶっ殺すの一念で奇跡的な超復活、恨みパワーでろくでなし金持ち男衆を一人ずつ荒野に沈めていく痛快なリベンジ・スリラー。主人公がこの女の人なので観てる側的にはそうだやれやれやっちまえ! という気持ちになるが殺されるろくでなし金持ち男衆の目から見ればどう考えても死んでるはずの女が幽霊みたいに現れて殺しにかかってくるのでこの状況はホラーそのもの。幽霊の側から見た(一種の)幽霊映画という逆転の発想が面白く、ヒリついたサスペンス演出とゴア描写はフレンチ・スプラッターの最良の上澄み、荒野を密室に見立てた脚本も見事な佳作である。

『透明人間』

従来は透明になる側(おそらく例外なく男)を主人公に設定していた透明人間映画だが、この元祖『透明人間』リブート作では透明になった男に脅かされる彼の元妻を主人公に据え、透明になることの恐怖よりも透明になられることの恐怖を描いた、こちらも逆転の発想が光る一作。フェミニズムの要素をふんだんに取り入れた脚本は透明人間を同情の余地が微塵もない徹底したモラハラストーカークズ夫として造形することで「いやそんな奴なら透明にならなくても普通に怖くない…?」感が出てしまっているような気もするが、とまれ明確な善悪二元論の構図を取ることで正しいことを言っているのに周囲に信じてもらえない透明人間被害者の恐怖や孤独が絶望的なまでに観る者に迫ってくるし、そのぶん透明人間被害者が反撃に転ずる『プレデター2』ばりの終盤の展開にはカタルシスがあってよいのです。

『ファナティック ハリウッドの狂愛者』

ジョン・トラボルタが仕事はできないし勉強もできないし空気も常識も距離感も読めないが愛嬌はあるので憎めない熱狂的BC級ホラー映画ファンを演じるもうひとつの『ジョーカー』。しかしその切実さは『ジョーカー』の比ではない。『ジョーカー』は実に完成された芸術的な映画であったがこちら『ファナティック』はショボイ展開、ショボイ撮影、ショボイ演出、熱狂的なBC級ホラー映画ファンを主役に立てた映画は完成度までBC級になってしまったというわけで、そのBC級映像世界の中で興奮するとヨダレを垂らしながらまくし立てる空回り熱演を披露したトラボルタは見事ラジー賞最低男優賞ノミネート(受賞は『華氏119』のドナルド・トランプに敗れて逃す)。『ジョーカー』でアカデミー男優賞を受賞したホアキン・フェニックスとは対照的だが、しかしBC級ホラー映画を題材にしたこの映画とトラボルタにとってはむしろ名誉なことで、映画の中でも外でもバカにされるトラボルタの悲壮感が『ジョーカー』の到達できなかったホンモノっぽさを醸し出しているのである。泣けます。

『ベター・ウォッチ・アウト:クリスマスの侵略者』

これは最悪! 胸糞悪いクリスマス映画ランキング今のところ一位の座に輝くダークな『ホームアローン』、あるいはクリスマス版『ファニーゲーム』で、内容に関してはちょっとした捻りがあるので詳述は控えたいが、せっかくのクリスマスだから気分の悪くなるものが観たいなぁというどうかしている人なら満足すること間違いなし! ふざけた残酷描写と舐め腐ったキャラ造形、粘着質の演出も見事な厭ホラです。

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オカルトこわい

『ブレアウィッチ』

今や伝説的な超低予算映画『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』のリブートとかいう無謀企画にその後『ゴジラVSコング』の監督に抜擢されるアダム・ウィンガードが挑む。その結果は…個人的にはかなり怖くてイイんじゃないかと思うが世評的には散々のようだ。とはいえ幽霊映画的な恐怖演出や幻惑的な視覚トリックはさすがにオリジナルよりも洗練されており、そのことでファウンド・フッテージの味わいを損ねてしまっている面もあるにせよ、それ自体は悪いものではない。ドローン映像の挿入など大して意味の無い無駄なところも多いが、短編ホラーゲーム『P.T.』を思わせる異次元屋敷シークエンスの絶望感などは素晴らしかったと思う。

『ウィッチ』

瀆神の嫌疑をかけられ町を追放された一家の親父が「ぜんぶ魔女のせい!」と思い込んで家族をぶっ壊していくオカルト史劇家族ドラマ。良い悪いはともかくとして(良いわけはないのだが)システマティックに洗練されたヨーロッパの魔女狩りと異なりアメリカの魔女狩りは貧窮の底に落ちた弱者が別の弱者を踏みつけて上に這い上がろうとするような惨さがあり、アメリカの魔女恐怖を素材そのままの形でお届けするこの映画ではその惨さがストレートに体感できる。現代ではウィッチ・フェミニズムなるフェミニズムの一流派も存在するがその理由もこの映画を観ればわかるのではないかと思う。主演アニャ・テイラー=ジョイはこれが出世作で、どこか人間離れした異貌は魔女の説得力絶大。

『ヘレディタリー/継承』

気鋭の映画会社A24が得意とする家族ホラー。ある悲惨な事故によって平凡平和なアメリカンファミリーの家族関係にヒビが入り、徐々に狂気が家を浸食していく。精神の脆くなった人々が無機質なドールハウスや正体不明の壁飾りなどのオブジェに彩られた異様な空間に置かれて狂っていく構図は監督アリ・アスターの次作『ミッドサマー』と共通するもの。重々しく捻れたムード、何気ないのに空気の張り詰めた会話、具体的に見せないことでその光景を観客に想像させる恐怖描写、精神の解放としての狂気に身を委ねるトニ・コレットの演技など、イヤァな感じの怖さでいっぱい。

『サスペリア』(2018)

イタリアン・ホラーの巨匠ダリオ・アルジェントの代表作にしてホラー映画のマスターピース『サスペリア』の超大胆リメイク。徹底して表面的な映像や音楽の快楽を追求したオリジナルに対して『君の名前で僕を呼んで』の監督ルカ・グァダニーノのリメイク版はどこまでも渦を巻く思考の快楽で魅せる。アルジェントが構築した騙し絵的な迷宮世界は幻惑的な多重構造の物語に変換され、考えれば考えるだけ謎が深まる脳髄の迷宮が現出。謎謎謎また謎の連続に翻弄されながら捻れる関節、爆発する頭部、淫靡で瀆神的で生命力溢れるモダンダンスなどなどの怪シーンを浴び続ける2時間半はホラーにも関わらずなにやら思考と魂の浄化をもたらしてくれるかもしれない。

『悪魔祓い、聖なる儀式』

バチカンの公認エクソシスト神父に密着したまさかのリアル・オカルト・ドキュメンタリー。エクソシストといえばフィクションの中の職業というイメージが強いがこの神父は実際に日々悪魔祓いの儀式を執り行っており、その対象には映画さながらにうなり声を上げ暴れ回る人間もいるのだから驚かされるが、もっと驚かされるのは携帯電話を使った現代的な悪魔祓いや後継者不足問題が描かれる点で、その非現実的なお仕事内容と職業エクソシストの現実の強烈なギャップにはそこらのフェイク・ドキュメンタリーなど太刀打ちできない。おそらく悪魔憑きとは別の問題を抱えている人々をあくまで「悪魔のせい」としてしまうことで問題解決から遠ざけてしまい、それを善行だと信じているリアルエクソシストは悪魔よりも恐ろしく、滑稽で、少しだけ切ない。

『サバハ』

稗田礼二郎シリーズとかカーナッキシリーズが好きな人にはたまらなくぶっ刺さりそうな怪異ハンターもののNetflix配信映画。冒頭からして手入れの行き届いていない犬舎と曇天に浮かぶ巨大な胎児(のイメージ)というおどろおどろしさだが、これは韓国映画なのでおどろおどろしさとユーモアのブレンドが上手く、三枚目の怪異ハンター神父と助手の謎解き道中はコメディ的に楽しめる。そこにコリアン・ノワール的なエグみと二転三転四転するミステリアスな展開が加わって一級品のオカルト・エンターテインメントとなっているので、視聴環境があれば必見。

『ヘルボーイ』

やりたい放題映画『ドゥームズデイ』のニール・マーシャルによる『ヘルボーイ』リブート作は文字通り地獄の蓋が開くパニック編。地獄の底から現れる悪魔の群れは造形はキモカッコイイし情け無用で人類を蹂躙していくので結構壮観。そのわりには散漫かつ盛り上がりに欠くストーリー展開でキャラクターの魅力も薄く、なんとなく編集段階で色々切られたようなブツ切り感もあるが、軽口とブラックジョークと一回転してギャグになるバイオレンス&ゴア、キッチュなガジェットやグロテスクな怪物たちを惜しげも無く投入するアナーキーなノリがハマればきっと面白い。

『カウントダウン』

遊び半分で呪いのアプリをインストールしたら死へのカウントダウンが始まった…という『ファイナル・デスティネーション』系統の一本。設定こそ凡庸だがJホラー的な間を作る恐怖演出やシネスコを活かしたシンメトリックな構図、ベタだが的確な音響効果や静かな序盤から転げ落ちるようにテンポが加速していくダイナミックな展開など、各要素が丹念に作り込まれているのでホラー映画としての完成度はかなり高い。あまり身構えて観るとそこそこよく出来た低予算ホラーでしかないかもしれないが、なんとなく観ると予想以上に面白くて驚くタイプの拾いもの映画。

『ドクター・スリープ』

ホラー映画史上に屹立する孤高の映画『シャイニング』まさかの直接続編。完全に無謀な事故企画を引き受けたのはNetflixドラマ『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』で既に自分なりの『シャイニング』を完成させていた当代随一のモダンホラー監督マイク・フラナガンで、オリジナル版、テレビ映画版、原作版と三種類の『シャイニング』を消化しつつオカルト・ファンタジーとして一本の続編にまとめ上げたその手腕は見事。ホラー映画として観るとあまり怖くはないのだが恐怖の克服が原作版『シャイニング』および『ドクター・スリープ』のテーマということもあり、その怖くなさもある程度は意図的に導入されているので巧い。怖い映像をあえて怖くない演出で撮るという離れ業を平然とやっている映画なのです。

『テルマ』

原作クレジットは無いが内容的にはほとんどノルウェー版の『キャリー』もしくは『ファイアスターター』(映画版は『炎の少女チャーリー』)。思春期少女の性の目覚めをサイコキネシス等の超能力に置き換えたもので、シナリオにあまり目新しさはないがシュルレアリスティックな超能力描写やビザールな雰囲気が面白い。『獣は月夜に夢を見る』や『RAW 少女のめざめ』など2010年代は思春期少女がヤバイ能力に目覚めるホラーがヨーロッパでプチブームになっていたらしく、これもその一つ。

『リグレッション』

人間にとっての恐怖とは何か、どのように形作られるか、ということの一つの明瞭な模範解答であり、その恐怖を描いたメタホラーの傑作。イーサン・ホーク演じる田舎の刑事が悪魔崇拝者の関与が濃厚な事件を追う内にオカルティズムの迷宮に飲まれていくという筋立てで、ある意味では2010年代を代表するオカルト映画である『死霊館』シリーズのB面とも言えるが、迷宮の中に留まり続ける『死霊館』シリーズと違って迷宮を突破した先の光景を見せてくれるのがこの映画の素晴らしいところ。悪魔崇拝の影に隠れたどん詰まり人間たちの悲哀は、それが少しも恐ろしくはないだけに、かえって救いようがなく恐ろしいのである。

(そのうち後編へ続く…)

【ママー!これ買ってー!】


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50本の中からあえて1本選ぶなら特に理由はないがこれで。

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2 Comments
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匿名さん
匿名さん
2021年10月22日 6:55 AM

無気力レンタルビデオ屋さんはいつも文量に満ち満ちているのですが、今回は特に読み応えがありました。
読んで見てまた読み返しに来ます。