サイキックバトル映画『ドクター・スリープ』感想文

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あの『シャイニング』の続編とかあり得ないだろうとつい思ってしまうのはキューブリック版『シャイニング』を念頭に置いているからで、原作自体は何年も前も出ているし、スティーヴン・キングの小説版『シャイニング』は別に続編に続いても全然おかしくない話なので、なんだかキューブリック版『シャイニング』の功罪を考えさせられてしまう。

ぼくは小説から『シャイニング』に入ってその後キューブリック版→キング脚本&ミック・ギャリス監督のTV映画版と観た人なので思い入れがあるのは原作とその(可能な限り)忠実なTV映画版の方。キューブリック版が一本の映画として優れているというのはわかるし美学炸裂な絵作りは少なくとも当時の水準では比肩するものがなかろうとは思うが、思うのだが、当たり前な気もするが原作版『シャイニング』はお話が面白いというお話なのでそのお話の部分をざっくり斬っちゃったキューブリック版に俺が観たかった『シャイニング』はほぼほぼなかったんである。

キューブリックの『シャイニング』とキングの『シャイニング』の相違を如実に物語るエピソードといえば有名なキューブリックの電話がある。無神論者のキューブリックがある日キングに電話をかけて「神を信じるか」と訊ねるとキングは「もちろん」の即答、それに対してキューブリックは「私は神を信じない」と言って電話を切ってしまった。

どこまで信じていいのかよくわからないエピソードではあるがさもありなんで、『シャイニング』を含むキングの作品世界は誘惑する純粋な悪と誘惑されやすい弱々しい善の黙示録的な闘争がベースにあるが、『時計じかけのオレンジ』に顕著なようにその単純な二項対立を真っ向から否定するのがキューブリックなのであるから、そもそも噛み合うわけがなかったんである。

というわけでキューブリック版『シャイニング』は原作版『シャイニング』の大前提からして捨ててしまう。オーバールック・ホテルの亡霊たちは原作ではアル中と癇癪持ちを克服して善人になろうと苦闘している教師ジャック・トランスを誘惑する純粋な悪で、従ってその息子ダニーの目を通してトランスの内面の葛藤にスポットが当たるが、キリスト教的善悪二元論の成立しないキューブリック版ではそこに葛藤は生じないし、むしろホテルの亡霊は狂気の内に欲望を解き放つ解放者としての顔さえ見せる。

作家の映画としては面白いが、端的に言ってそこには娯楽映画的な面白いドラマがないわけである。ドラマの核は葛藤にあり、とはよく言う。

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加えてキューブリック版ではタイトルにもなってる超能力=シャイニングの要素まで大胆に削られてしまった。そのシャイニングが関係してくるオチも容赦なく変更されたので、率直に言って『シャイニング』である意味が全然わからないのがキューブリック版なんである。にも関わらずそのビジュアルセンスからキューブリック版のイメージが『シャイニング』のイメージになってしまったので…なんかややこしいことになってるんである。

以上踏まえた上ではっきり言っておくと、『ドクター・スリープ』はスティーヴン・キングがキングの『シャイニング』の続編として書いた物語であり、映画版『ドクター・スリープ』は第一にその映像化であり、キングの『シャイニング』はホラーというよりもキリスト教的な善悪の闘争劇を下地に家族ドラマと超能力をミックスしたヒューマニスティックなサイキック・スリラーであり、『ドクター・スリープ』もその延長線上にある物語であり、ようするに、この映画は「あの『シャイニング』の続編」と聞いて多くの人が想像するようなやつじゃたぶんないです。

なんか超自然的な力を持った悪い奴らがおる。そいつらがシャイニング持ちの善人キッズたちを狙っておる。こりゃいかんということで大人になったジャック・トランスの息子ダン・トランスはシャイニング・キッズと共にシャイニングで戦う。こう、文字に起こすとすごいバカみたいなのだが、でもそれが元々の『シャイニング』世界だからしょうがないね。しょうがない。文句があったらキングに電話して「私は神を信じない」とか本人に直接言ってほしい。ぼくはこういうバカみたいなアイディアが楽しくてキングを読む人なので文句など言えない。

文字に起こすとバカみたいではあるが映像で観ると案外バカっぽく見えない。これは地味にすごいことなんじゃないかと思った。たとえば、キングの超能力描写はバカになるか異様になるかのギリギリのラインを攻めるところに妙味があり、携帯電話の毒電波で人々が携帯ゾンビになる(なんだそれは!)『セル』では進化した携帯ゾンビの群れが宙を飛んで空中ゾンビハイウェイを形成したりするが(なんだそれは!!)、こんなものは色んな意味で映像化できないので映画版『セル』ではなかったことにされてしまった。

『ドクター・スリープ』の超能力描写も一歩間違えばキワモノで、悪い奴らの中にネイティブ・アメリカンみたいな人がいたのでネイティブの通過儀礼であるビジョン・クエストをモチーフにしたのだろうが、これがどういうものかというと座って意識を集中させると幽体離脱して空を飛んでシャイニング電波をサーチしたり相手の精神に入り込んで視界ジャックできたりする。

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これを、ちゃんと、正面から、逃げ道を作らずに、異様でおそろしい感じに、監督のマイク・フラナガンは映像化しているのだからその生真面目さに感動すら覚えてしまう。そこに『ドリーム・キャッチャー』とか『デッド・ゾーン』とか過去の超能力系キング原作映画のオマージュまで入れてくるのだからフラナガンはガチの本気である。

もうひとつフラナガンの本気が見えたのはやはりキューブリック版と原作版&TV映画版を接続したところで、これが巧い。映画の後半は舞台がオーバールック・ホテルに移るのだがそのホテルがなんとまったく怖くない。なんならジョークのようでさえある。むしろちょっと和んじゃう。
それダメなんじゃないかと思いそうになるが幽霊屋敷に対するこのアプローチはフラナガンがNetflixホラードラマ『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』で試みたものであった、と気付けば怖くなさの理由も見えてくる。

オーバールック・ホテルの事件はダンの中でトラウマになっていた。それは思い出したくも近づきたくもないが忘れられもしない場所で、ホテルを出ても憑いてきたらしいホテルの亡霊たちはハロランに言われたとおり頭の中の封印箱にしまいこんでもう出ないと自分に言い聞かせてきたが、しまったところで亡霊だから死にはしない。封印箱の中の亡霊はトラウマのドストレートなメタファーになっているわけだ。

その元凶であるホテルに戻ることは即ちトラウマとの対決である。ホテルが怖く見えないのは大人になったダンがトラウマ化した子供時代の恐怖を大人の視線で上塗りしようとしているからに他ならない。
『ドクター・スリープ』のタイトルはホスピスで働き出したダンが自発的に臨終間際の老人をシャイニングで落ち着かせ、安らかな死に導くようになったことに由来する。ダンは他者の死の恐怖の癒やしを通して自らの抱える恐怖を無意識的に癒そうとしていたわけで、ここに至ってキューブリック版『シャイニング』とキング版『シャイニング』とギャリス版『シャイニング』、そして『ドクター・スリープ』は一つのテーマで一つの物語として結ばれる。

それは恐怖の克服であった。ジャック・トランスを狂気に駆り立てた断酒の失敗と妻子への暴力と戯曲が書けないことの恐怖、ウェンディ・トランスが苛まれていた息子の理解できない奇妙な行動に対する恐怖、成人したダン・トランスの自分もいつか父親のような暴力アル中になってしまうんじゃないかという恐怖とホテルで体験した恐怖、それら諸々の恐怖を精算しようとしたのが映画版『ドクター・スリープ』なんである。悪い奴らの行動動機が死への恐怖だったこともそのためなんである。

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シナリオの論理を優先した映画なので言いたいことはわかるがもうちょいホテル怖く描けよとかは確かに思うが、複数の人物の物語を混線することなくザッピングして飽きさせないストーリーテリングは見事だし、じっくり間を取った会話には最近のメジャー大作らしからぬ色気を帯びた緊張感が漂うし、先に書いた異様な超能力バトルの良さもある、幽霊はあんま怖くないが急なバイオレンスには驚かされて、なによりラストが。キューブリック版、キング版、ギャリス版と様々な『シャイニング』があったからこそのカタルシスが素晴らしかった。

ほんの9年前まで典型的なJホラーフォロワーの超々低予算自主映画みたいのを撮っていた新人監督がいつの間にかこんなところまで来てしまったんだからハリウッドというのは何が起こるかわからないところです。
あ、それからデンゼル・ワシントンみたいなシャイニング少女、余裕かました微笑がかっこ良かったです。ダン役ユアン・マクレガーは良い感じに落ちぶれてました。でもジャック・ニコルソンとかシェリー・デュバルの似てない代役の人はどうなのよ。強引に、キューブリック版とギャリス版の間を取ったと推察するけどさ。

追記
クレジット上はシャーリィ・ジャクスンが原作になっているが、キングがジャクスンから影響を受けているのもあり、実質的に『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』はキューブリック版とキング版とギャリス版を消化したマイク・フラナガン版の『シャイニング』といえる作品になっている。
『ドクター・スリープ』では原作がそうなってるので『シャイニング』のサイキック要素をフィーチャーしているが、『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』ではホラー面をフィーチャー。『ドクター・スリープ』も面白いですが怖い『シャイニング』が観たい人は『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』を観るとよいです。

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今出てる版の表紙も悪くないと思いますが最初に読んだのはこっちなのでこっちが好き。

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