日本SFの臨界点映画『CUBE 一度入ったら、最後』感想文

《推定睡眠時間:0分》

ほらもうこういう映画だとさ、オモシロツッコミ感想みたいのを書こうとする人とかいっぱいいるじゃないですか。恥ずかしいけれどもうん俺もその一人。一人だけどねこれは思いましたよ、俺の筆力ではこの映画を映画以上にツッコミで面白くするのは無理だ。わきまえてますよ俺は。自分の身の程をわきまえてるんです。だからできもしないツッコミ感想芸なんかせずに素直に言おうじゃないか。日本版『CUBE』最高。今年一番観終わってエキサイトした映画だった。

それは単純に翻案の方向性が俺の想定を遙かに超えるダメさっていうか、これ要するに日本のテレビドラマの演出と作劇なんですけど、そっち方向に振り切れていてまさかそれをこともあろうにあの『CUBE』のリメイクで最初から最後まで本気でやりきるとは思わなかったし、えーとね、待って下さいよ、今いろいろ脳内を整理してますからね…いやとにかくすごいんだけどさ、なんか、「もう時間がない! 急いで!」とか「大人たちはズルい!」とか「もっと早くからこうすべきだったんだ…」とかっていう台詞が…これ大意じゃなくて俺が聴き取った台詞そのままだからね? これを登場人物がそのまま言って…っていうか今時テレビドラマでもその台詞回しある?

いやいや、いいんだいいんだ、そんなことは些末なことで、つまりとにかくハイパーに日本の一昔前のテレビドラマ感ですげぇっていうのと、あとこれはヴィンチェ・ナタリが監督したオリジナルはこの人はミニマル美学の人であるから余計な情報も展開も人物も映像もなくもちろん余計なエンディングテーマ曲などもなく90分でサッと終わりますけどリメイク版はいろいろ追加要素を入れて108分にまで肥大してエンディング曲が全然映画のトーンに合ってねぇ星野源の映画をイメージした新曲で…脇道に逸れるな! 逸れていたら感想が2000字では終わらない! 夜が明ける! それはイヤ!

すごいなと思ったのはさ、いや全部すごい映画なんですけど、俺は新作映画のネタバレでPV小銭を稼ぐような下賤な人間ではないので(ときどきそこまで落ちぶれますが)作品名は言わないですけど、中盤ぐらいになって急に全然別の超有名ヒット作のラストシーンのオマージュが入ってきて、しかもそこから『CUBE』っていうか『CUBE』的な舞台設定でそのオマージュした映画みたいな展開をやるんだよね。びっくりしたよ。まずそれは『CUBE』のリメイクとしてどうなのかと思ったし、そのオマージュされた映画っていうのはかなりの大作洋画だから絵面がゴージャスで、えー、そのですねなんというかですね映像のすごさで見せるタイプの映画なんですけど、それと似たような展開をさ、『CUBE』の舞台設定でやっても単に絵面が貧相になるだけじゃない…? っていうか、そもそも『CUBE』のリメイクであえてそれをやる意味が真剣にわかんなくない? いやだからすげぇんだよこの映画本当にガチで。全然わかんないもん諸々。

それでそういうことをなんか詰め込んじゃったらこれもすげぇなと思ったんですけど、オリジナルの『CUBE』って数学問題みたいに構成が整った映画で、なんか劇中に出てくるキューブの謎を解く計算式は実は間違いっていうやらかしも後から指摘されたりしてますけど、でも構成自体はずっと論理的で、いくつかのルールっていうのが観客に提示されるわけじゃないですか。あ今更ですけどもうこれ完全にオリジナルの『CUBE』観てる人に向けて書いてる感想なんで観てない人は観てね『CUBE』素晴らしい映画ですから。で、そのいくつかのルールに則って物語も進みますよね。そこから逸脱はしない。

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でもこのリメイク版はですね、越えてくる。作り手が自分で設定して観客にこの世界はこういうルールで動いてますよーって提示したルールをさ、途中で何の説明もなく越えてくるし、それでこっちがエッて思ってると登場人物が全員それスルーするんだよね。いやいいのか!? そこはお前たちにとってそれはもう命がかかってるわけですからめちゃくちゃかなり重要なルールではないのか!? 『CUBE』には毀誉褒貶激しい二本の続編がありますけれども俺はどっちも好きで、それは出来不出来はともかくとしてその作品の中でCUBEに設定したルールをちゃんと守っていて、そのルールの中で登場人物が足掻くっていうストーリー作りをしてたからなんですけど、そういう『CUBE』の面白さの核になる部分をそんな簡単に正式なリメイク作で動かしちゃっていいのかよっていう…そうそうこの正式なリメイクっていう言葉ね!

これ宣伝がひたすら推してるんですけど(※正確には「公認リメイク」)、リメイクって普通「正式リメイク」以外になくない? 「非公式リメイク」があるとしたらそれリメイクじゃないよね? 模倣作とか二番煎じとかそういう感じじゃない? 「ヴィンチェンゾ・ナタリ公認」って当たり前じゃんオリジナルの監督で著作権者なんだからナタリは。なんかもう怖いよね、それが宣伝文句として通用すると思ってる感覚が。宣伝といえばこれはツイッター宣伝もヤバくて登場人物のアカウントをわざわざ作って半年くらいステルスマーケティングで回してるんですけど、これはね見ると結構ダイレクトに世相を斬ってたりしてびっくりする。あと笑う。炎上してアカウント消えるかもしれないからそこまで想像して笑う。俺はこの映画をみんなに観て欲しいのでその宣伝ツイートを下に挙げておこう。

ただこのツイッター運用自体はなかなかよくできている。自前のツイートだけじゃなくて普通にリアルアカウントのRTとかしてる(ここがまた炎上しそうだな~ポイントなのだが)からリアルだし、ツイートの傾向でキャラクターの性格とか背景が分かるようになっていて、映画の中では開示されなかった謎がこのアカウントのツイートを見ていくとちょっと解けたりもする。かつての『ブレアウィッチ・プロジェクト』とかゲーム『SIREN』のステルスオンライン宣伝を彷彿とさせるネット活用で、もし映画の出来が良ければ素直に感心していたのではないかと思う。問題は映画の出来があまりにもアレなので宣伝だけ上滑りしてなんかヤベェ感じになっていることである。半年っていうかアカウント開設日見たら一年前だったので一年間もこんなことをしていた宣伝さんのためにも炎上しないことを祈る。

…そんな方向に逸れたくはないんだ! 逸れたくはないけどでもぉ! あまりにもぉ! ネタ性が高すぎてかつネタ数が多すぎてぇ! ぼくもうどうしたらいいかわからないんですよぉ! 泣き言を言わず映画に戻ろう。二本の続編を含めて『CUBE』はセットデザインが魅力の一つのシリーズであった。一作目はあえて言えば巨大な時計の内部みたいなデザインになっていて、壁面の模様などはマルセル・デュシャンの通称「大ガラス」がネタ元なのではないかと思ったりしているが、それはともかく人の手ではどうにもならない巨大な機構の中に取り込まれてしまった人間たちっていうイメージをその美しいセットは喚起する。よく「社会の歯車」とか言いますけどまさにそういう感じ。

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『CUBE2』はどうかというとこれは一作目と違って真っ白な空間で、超現実的なデザイン。これは俺の感覚ですけど現実性を欠いた抽象的な思考の中に閉じ込められてしまった人間たちっていうのをイメージさせる。一作目が自分ではどうにもできない社会のシステムに閉じ込められた人間たちの無力を描くとすれば、二作目は社会や人生に嫌気が差して脳内迷宮へ逃避する人間たちの無力を描く…といえば牽強付会だが、なんであれ何かをイメージさせる統一感と誘引力を持ったセットデザインにはなっていた。

シリーズ3作目でプリクエルに当たる『CUBE ZERO』は舞台がプロトCUBEっていう設定なのでデザインは無骨で前二作のように洗練されてない。公開当時はSF版のカフカの『城』としてとくにセットデザインには注意を払わずに観たが、今の視点で見直せばあれはソ連の官僚制をイメージしたデザインとストーリーだったんじゃないだろうか。このようにシリーズを通して観れば、後付けとはいえ『CUBE』シリーズはそのデザインを通して現代社会の人間疎外の有り様を寓話的に語ってきたシリーズと言ってもあながち的外れでもないわけで(と思いたい)、したがってセットデザインは台詞よりも雄弁に物語を語る重要な舞台装置になるのだが、日本版キューブのセットはどうかといえば書き割りでした。

書き割りといっても本当の書き割りではなくてちゃんとCUBEのセット組んでるんですけど、そのデザインはとくに何を主張するでもなく、登場人物の感情が高ぶると部屋の色も赤くなっていく等の演出があったりするぐらいなので、役者の演技を引き立たせるための書き割りっていう以上の役割は果たさないんですよね。これはカメラレンズとかカメラポジションの影響も多少はあるのかもしれないが、どうもこの日本式CUBEのセットはオリジナルとその二本の続編のCUBEよりも一回りぐらい小さい。だから必然、カメラは役者の芝居ばかりフレームに収めることになって、おそらくそれはこの作品が明確に日本のテレビドラマ的な発想で作られていることを意味する。

だからその意味では実は完成されちゃった映画ではあるんですよね。つまりテレビドラマのスペシャル版として。たとえば『世にも奇妙な物語』の一編として。そうして観れば数々の「今時そんな台詞言う!?」とかも含めて用意周到、これ以上に手を加えようがないくらいに日本のテレビドラマとして作り込まれた映画だとさえ言えて、問題は、えー、ここ非常に重要なところですが、重要なので今時太字になどしてしまいますが、なんで『CUBE』のリメイクのしかも映画でそれやろうと思ったの!?

もうね、これに尽きるんですよ。すべてが。SNS宣伝だって別に『CUBE』の世界観とは関係ないしね。繰り返しになるけど一応また言っとく。あまりにも日本のテレビドラマだったので面白かったですよ。俺は『CUBE』を観に行ったと思ったのに映画館の席に着いたら『世にも奇妙な物語』が始まったわけだからそれはびっくりするしびっくり得点で面白くなっちゃうでしょ。それにかなり強引に好意的に捉えればさ、『CUBE』を日本でリメイクしたらどうなるかっていうことの回答として正しくはあるよな。

あの書き割りセットデザインだって空虚な日本社会そのものと言えなくもない。フラクタルなんで曼荼羅をモチーフにしてるんじゃないか説も脳内に漂ってますが、そういう模様を背景にして、欧米製CUBEよりも絶対に狭い小ぶりCUBEの中で、とくに特徴の無いつまらない日本人同士がいがみ合う…こりゃ日本そのものではないですか。仮に『CUBE』を人間疎外を描くシリーズだとするなら日本の人間疎外は確かにこういうセットデザインでしかあり得ないのかなと思うし、節操がなくて表面的でベタな台詞と感情と演技をパッチワークするだけの下らないストーリーも、それを作り手がどこまで意識的にやっていたかはともかくとして結果的には日本人が閉じ込められているCUBEの形をこれ以上ないくらい明瞭に表していたように思う。

大失敗することで逆説的に大成功を収める映画というのも世の中には存在する。その数少ない作例がこの日本版『CUBE』だ。こんな映画体験は『DUNE』以上にそうそうできるものではないので、これを読んでいるみなさんはきっと大人でしょうから自分の行動にはしっかりと自分で責任を持ち、たとえつまらなくても決して「もしかして面白いかも?」的な期待を多少は持たせたかもしれない俺を恨みなどせず、日本版『CUBE』を観に行っていただきたい。日本映画の臨界点が、ここにはある。

※柄本時生が肉塊役として冒頭に出てきてその後も死体出演を続けるのは配役の妙で面白かった。他の全員はいつものアレ的な芝居をするだけなのでとくに感想なし。

【ママー!これ買ってー!】


キューブ (字幕版)[Amazonビデオ]
キューブ (吹き替え版)[Amazonビデオ]

アマプラで『CUBE』を検索するとなんか色々出てくるのだが2021年10月現在この字幕版は配信レンタル299円で吹き替え版は無料枠に入ってる。俺の世代的には『CUBE』を観たことのない映画好きというのはちょっと想像ができないくらいなのだが、もし観たことがない人がいればたぶんきっとやはり必見。
※などと書くとなんだアフィ販促かと思われそうで心外なのでNetflixにも入ってるからそっちは字幕版も吹き替え版も無料で観れると付記しておく。

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4 Comments
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りゅぬぁってゃ
りゅぬぁってゃ
2021年10月24日 1:20 PM

インド映画でリメイクして欲しかった。単なる変な好奇心ですが…。

りゅぬぁってゃ
りゅぬぁってゃ
Reply to  さわだ
2021年10月26日 12:04 AM

韓国映画のインドリメイクが相次いだ時期があったので、その流れで見たかっただけです。(何故かNetflixで独占配信してます)

どうも「パクられる前にリメイクの権利を売るビジネス」があるみたいです。