《推定睡眠時間:10分》
アメリカのような国土が広く人口密度の低い国はともかく日本など人口密度の狭い国では戦後の経済成長と都市化を支える要として高層集合住宅が重宝され韓国もまたかつては華々しい団地ラッシュがあったというところから話が始まるのが少し前の韓国映画大作『コンクリート・ユートピア』だったので、これこれの団地黄金期が経済成長期と共に過ぎ去った後の日本で団地の「あの感じ」を扱った『DOOR』や『仄暗い水の底から』といったホラー映画が生まれたように、韓国にもマンションや団地に対する期待と不安の入り混じった印象というものがあるらしい、というこの『層間騒音』である。
たしか予告編かポスターでスリラーと謳っていたはずなので騒音問題が流血沙汰に発展するヒトコワもの? と思っていたがファーストシーンで早くも幽霊出現、『呪怨』の伽椰子みたいなガラガラ喉音を鳴らしてマンション住民に襲いかかっていたのでこれは純然たるホラーであった。でこのガラガラ幽霊に襲われた人の姉が主人公。最近騒音がどうのとやたら言うようになって心配していたが、その妹がある日失踪してしまったので、これは事件ではと直感して妹の行方を探るため妹の住んでいたマンションの一室へと引っ越してくる。
しかしこのマンションはちょっと変だ。半地下の広い物置場は不法投棄物で溢れていて、通りかかると団地の子どもが窓から中をジーッと見つめていたりするし、静かに暮らしているつもりだが下の階に住む会話の通じない男が「静かにしてください…お願いします…さもないと…ぶつぶつ…」とクレームを言ってきたりする。自治会の人は何かを知っている気配だが聞くと口をもごもごさせてどこかへ言ってしまうし、例の妹の部屋には床に1箇所だけ奇妙に腐敗しカビの生えた箇所がある。いったいこのマンションにはどんな魔が棲んでいるというのか。そして妹は見つかるのだろうか…。
騒音ネタということこの映画の幽霊は音で攻めてくる。深夜にも関わらずドンドンと床を踏みつける音がするから眠れないし例のガラガラ喉音がどこからともなく、しかし確実に自分のすぐ近くから聞こえてくる。こんな環境で暮らしてたらそら頭もどうかしてくるよな、ということで下の階の男とかは幽霊騒音に狂って音の主を殺すために包丁を持って廊下を徘徊するようになる。隣に住んでいるのが誰かも知らない中で幽霊が音響攻撃を仕掛けてくるので音に狂わされた人間たちは疑心暗鬼となってお互いに敵意と殺意を向けるようになるのだ。幽霊も怖いが住民も怖いというこの逃げ場の無さ。
最近の韓国ホラーでは幽霊の代わりに悪魔がスーパーナチュラルな恐怖の対象となるケースが増えてきたが、悪魔というのは絶対悪だから恐怖は感じさせたとしても不安感はあまり感じさせないし、絶対悪が存在するということはその逆の絶対善=神も存在するということだから救いもある。けれども幽霊の場合は不幸な目に遭って怨霊化していることも多いから単純に悪と言えないし、そのために幽霊に触れた人は絶対の救いもまた信じることができなくなってしまう。幽霊物語の感じさせるこうした不安さを、現代の集合住宅という匿名の孤立した人々が密集する場はおそらく助長することだろう。誰にも頼れず誰も信じられず縋る信仰もない。最近よく言われるフォーク・ホラー(田舎ホラー)が因習村のスラングで呼ばれるような閉鎖的なコミュニティの恐怖を描くものだとしたら、この映画なんかはその反対に人は存在してもコミュニティが存在しない都市空間の恐怖を描く都会ホラーと言えるんじゃないだろうか。
主人公の難聴という設定を生かして無音と騒音のギャップで怖がらせる恐怖演出もベタかもしれないが良く出来ていて怖かったし、誰が狂っているかわからない殺伐としたマンションの空気も怖い、ラストシーンの穏やかな絶望感も怖くてかなりイイ幽霊ホラーだと思うのだが、なんか夏が終わっちゃったからとかもあるのかずいぶん小規模な劇場公開になってしまった。もったいない、これは団地やマンション暮らしを一度でもしたことがある人なら大抵肌で知っているあのイヤァな感じを増幅して追体験できる優れたホラーですよ!