《推定睡眠時間:5分》
日本史に昔から興味がないというのもあって時代劇というのは数ある映画ジャンルの中でもとくに俺が苦手とするところである。まず時代背景がわからない。寛永何年みたいなことを言われてもそれは西暦だといつなの……のレベル。社会もわからない。いったいこの人たちはどういう暮らしをしてて(トイレにはトイレットペーパーはあるの?)どんな商売をしているのだろう。そしてこれが致命的だが言葉がわからない。なんでござるなんでそうろうなになにともうせばなになにのごとし。意味不明である。
もっとも最近では『武士の家計簿』あたりをおそらく嚆矢として台詞を現代語にし、日本史に疎い観客でも理解できるように劇中で官職とか生活とか社会背景を説明してくれる軽妙なタッチのライト時代劇というようなものも増えて、基本的にこうした作品はコメディなのでなんとなく時代劇を観るぞという気分で臨むと肩透かしを食らうことも多いが、とはいえ俺のような日本史オンチにはありがたいことである。
しかしこの『黒牢城』はそういうものではなく本格寄りの時代劇。時は戦国末期(のはず)、織田信長の家臣であった(家臣だよね? なんか別のポジション?)荒木村重は残虐な信長に反旗を翻し有岡城に籠城するが、情勢は膠着し信長を討つための突破の糸口は見えない。そんな中、信長側に付いていた策士(ということしかわからず肩書き不明)黒田官兵衛が荒木に開城を進言するために有岡城を訪れるが、荒木はその要求を突っぱねて黒田を城内に監禁する。有岡城で手口も下手人もわからない奇怪な殺人事件が起こったのはそんな時だった……というストーリーを細部に間違いはあれどかろうじて理解できたのは同じ時期を描いた北野武の『首』を以前に観ていたためであった。『首』を観ていなかったら何の話だか最初からわからなかったと思うので、コント調でわかりやすく同時代を描いてくれた『首』と北野武には感謝しかない。
それにしても本格時代劇であるから言葉がわからない。状況はまぁなんとなくわかった(『首』を観てたから)。しかし……武将だのなんだのが城の中で話している内容が、そりゃまぁまったくわからないわけではないとしても、やはり難しくてわからない。わからなくて困ってしまったので後でみんなも困ってたんじゃないかなと思ってネットで軽く感想を検索してみたらそんなこと言ってる人はいなかったので俺が思っている以上に日本の人たちは若い人も含めて日本史が好きだしござる言葉とか戦国専門用語を理解できるらしい。そうか……やっぱり若い頃にもっとちゃんと勉強しとけばよかったね。『信長の野望』とかで。
言葉がわからないといってもクローズドサークルなら雰囲気とかノリでわかるでしょ、と束の間思ったりもしたのだが、予告編から俺がクローズドサークルの連続殺人ミステリーだと勝手に思っていたこの映画、実は四章構成のオムニバスのような作りであり、予告編に出てくる殺人というのは最初の一件、以降春、夏、秋とそれぞれ別の事件が城内で起きて、その謎を幽閉された黒田官兵衛が各章ごとに解いていくというものであった。このような構成になっているのはこの映画の主眼が謎解きではないからのようだ。映画は荒木村重が籠城を初めてから開城するまでを描き、その折々で起こる怪事件というのはどちらかと言えば観客の興味を惹くためのオマケのようなもの、最終的には木村村重や家臣たちの心情の変化であるとか生き様にスポットライトが当たるので、そのへんが本格時代劇たる所以である。
というわけで半分ぐらいわかってない。そもそも最初の被害者もどこの誰だかわかっていないのである。その事件は解決したといって次の事件に行ってもその事件はもっとわからない。なにやら戦国時代特有の戦慣習に関するミステリーのようなのだが、詳細は不明である。3番目の事件はもう少しわかりやすいがそれはあくまでも殺された状況とかそういう話で、これも結局殺されたのが誰なのかわかってない。4番目の事件は犯人はお前だと黒田官兵衛が謎を解いてくれてもその犯人が誰だかわかってない。半分どころではなく壊滅的なわからなさである。
もっともこれは俺の日本史・時代劇知識が極端に乏しいことだけに由来するものではないようだ。いや別に映画に責任転嫁をするわけではないのだが、約2時間20分という長尺であっても描かれる事件が4つ、それも連続殺人ではなくそれぞれ別の事件とくれば、やはり個々の事件の詳細を説明的なショットや回想などを交えて詳細に描写することは難しいだろう。しかもこの映画の場合は4つの事件の背景としての荒木村重の謀反が本丸とあって、怪事件や謎解きばかりに時間を割いてもいられない。したがって個々の事件の描写は最低限のものであり、観客の日本史・時代劇知識を前提としているために、俺のようなアホにはよくわからない映画となっているのだ。
その点でいちばん困ったのは武将ではない人たちがほとんど出てこないことであった。俺ぐらい日本史と時代劇の知識がないとそもそも籠城というのは城だけ閉じるのかとか、それとも城下町も一緒に閉じるのかとか、まずそれさえわからないのだが、それぐらい知ってるでしょという映画なので籠城の全景ショットがなく、お城に武将が閉じ籠もっているのはわかるが武将以外の農民とか商人(商人いるよね? いる? この時代……)がどこでどうしているのかがわからない。にもかかわらずある人物が犯行動機として民が云々と言うので、え、民なんて今まで出てこなかったじゃん、どこにいるの……と、一番盛り上がるはずのはずのところで置いてけぼりにされてしまった。たしかにこれは俺の頭が悪すぎるせいでもあるが、しかしカメラがほとんどお城の中から出ないで台詞があるのも9割武将とくれば、それはさすがにもう少し籠城の全体像が俯瞰できて、民の顔が見えるような説明的なショットであるとか台詞をいくらか入れた方が良かったんじゃないか……と思ってしまう。
まぁ全体として、俺にはようわからんかったけど日本史とか時代劇が好きな人なら楽しめる映画なんじゃないだろうか。荒木村重というのは冒頭のテロップを信じるならばなぜ信長に反旗を翻したか記録が残っていないためによくわからないミステリィな武将らしい。日本史や時代劇に詳しい人ならその歴史の穴を埋めるところに楽しみを見出すこともできるだろう。なかなか渋い時代劇である。