不気味で爽快ホラーお得セットA映画『パッセンジャー』(2026) 感想文

《推定睡眠時間:15分》

副題もなく『パッセンジャー』とはまた随分シンプルなタイトル、数年前には同名のハリウッドSF映画もあったし映画データベースで検索すれば更に何件もヒットするのだが、邦題はともかく原題が『PASSENGER』であることにはそれなりに意味があり、これはエンドロール曲がイギー・ポップ「パッセンジャー」のスージー&ザ・バンシーズによるカバーなのであった。このスジバン版「パッセンジャー」はこの曲のカバーとしてはベストなんじゃないかと個人的には思う名カバー、ポストパンク・バンドの名曲カバーシリーズのコンピレーションを作るとすればデッド・オア・アライブの「That’s The Way (I Like It)」なんかと一緒に確実に収録されるに違いない(デッド・オア・アライブはポストパンクなのか? という議論はおいておこう!)

さてさてパッセンジャー=乗客(慣用的に足手まといの意味もあるそうな)の映画ということで道路脇に通り過ぎても通り過ぎても正体不明の同じ男が立っている予告編を見て連想したのは『-less』とか『デス・クローン』とかいう映画であった。タクシー運転手がさっき乗せたはずの客を振り返ったらそこに客の姿はなくその正体は幽霊で……という怪談話があるようにアメリカにも「消えるヒッチハイカー」という同種の都市伝説があるが、おそらくそのあたりをモチーフにした『-less』と『デス・クローン』は真っ暗な田舎道を走っていたらなぜか同じ道がループして抜け出せなくなってオマケに同じ姿の女幽霊的な何かが執拗についてくる、とかなんかそんな感じの映画だったはずで、車で田舎道に入ったら怪異に襲われた系のホラーでいえば『デス・ロード 染血』というのもあり、やはりアメリカ車社会、車を走らせていたら怖いことが起こる映画というのは結構ポピュラーらしい。

予告編から同じ道ループものかなと思わせつつそんなことはなかったこの『パッセンジャー』ではあるが、とはいえこれもまたそうしたアメリカのクルマ都市伝説から着想を得ている気配は濃厚だ。キャンピングカーを改造してノマド生活を送ることにした若い夫婦(生活費はどうやって捻出しているのだろうか……?)が夜道で暴走の末に森にツッコんで運転手死亡の事故車と遭遇、それ以来二人の行く先々にはなにやら怪しい影がチラつくようになり、やがて夫婦はノマドたちの間で語り継がれるおそろしい噂話を知る……とそういうお話であるから、都市伝説ホラーの一種と見なしてもいいかもしれない。

この映画の監督がアンドレ・ウーヴレダルというのは適任という以外に何一つ言葉のないナイス人選だろう。なにしろウーヴレダルといったら2010年の出世作『トロール・ハンター』から現在に至るまでのすべての監督作が伝承や神話を題材にしたホラー/ファンタジーという妖怪博士のような人である。そういうのが多いとかではなく全て(『パッセンジャー』を入れれば5本)が伝承・神話ものなのだから、これまでこの手の映画の達人といえばギレルモ・デル・トロだったが、芸域を広げてモンスターもの以外の映画も撮るようになったデル・トロに変わって今やウーヴレダルが伝承ネタ映画なら任せろの監督なのだ。

ところでデル・トロとウーヴレダルの作風を比較するとデル・トロがモンスターを見せることに重きを置いているのに対してウーヴレダルはモンスターが人々に及ぼす影響であるとかモンスターが現れる前兆や気配であるとか、そっちらへんに重きを置く。典型的なのは魔女伝説ネタの『ジェーン・ドゥの解剖』で、これなどはモンスターが動かない死体である。その死体の解剖中に怪奇現象が起こり始めるという筋立てで、知らない間になんだかヤバイことに巻き込まれていて気付いたらもう引き返せなくなっている……というその雰囲気の怖さ面白さが評判となって、「まるでスタンド攻撃を食らっているかのような」とかネットでは形容されたものであった。

『パッセンジャー』で主人公夫妻に取り憑く何かもまたスタンド攻撃のように二人を追い詰めていくのであった。白眉は夜の駐車場のシーンである。これはちょっとしたパーキングエリアかよってぐらい広い駐車場なのだが、主人公がそこに停めた自車に戻ろうとするとなぜか近づいている気があまりしない。最初は夜だし広い駐車場だし気のせいかなと思うが一歩また一歩と近づいていくうちに疑念は確信に変わっていく。停めたはずの自車が自分から遠ざかっている! だから?と言われればそれまでかもしれないが、このね命の危機には全然直結しないけどなんか気持ち悪い怪奇現象っていうのが実にいーんですよ。さっきまでなんでもない日常の世界にいたはずなのに気がついたら常識の通用しない異空間に迷い込んでいた、というこの怖さは日本の幽霊ホラーとか妖怪物語にも一脈相通ずるものだろう。

とはいえこういう地味にイヤな怪奇攻撃は途中までで、敵もついにしびれを切らしたのか中盤以降は物理で主人公夫妻に襲いかかるパワープレイ。なんだ結局そうなるのかやっぱアメリカだなという気もしないでもないが、敵がパワープレイならこっちもパワープレイでやってやんよ! と開き直った夫妻のパワー反撃っぷりはサム・ライミの『スペル』なんかを思わせるところで、敵を倒すために車ごと教会に突っ込むダイナミック礼拝には笑ってしまったし、聖人さまに助けを乞いながらガンガン聖人像に車をぶつける不敬の末に最後は教会大爆破! と、80年代筋肉映画のようなパワー決着でサイコー。妙に陰気でしみったれたホラーが謎に多い最近のアメリカ映画界にあってこういう景気の良い終わり方は珍しい気がするが、このへんもまたウーヴレダルらしいところで、最初は雰囲気で怖がらせるホラーをやりつつ最後は善と悪がパワー(と信仰)でダイナミックに決着をつけるからたとえバッドエンドでも後腐れ無く爽やか、というのがウーヴレダルの伝承・神話ホラーなんである。

いやぁ、面白いっすね。不気味な雰囲気の都市伝説ホラーとして始まって最終的には筋肉(的な)決着。しかも正体不明の敵の謎を解いて知恵でもって抵抗するミステリー展開まであり、ラーメンに餃子とミニチャーハンが付いてくるようなこれはホラーのお得セットAじゃあないか。そしてラストに流れるのが例のスジバン版「パッセンジャー」ってなわけで、それはもう爽快な気分で映画館を後に出来るに違いないネ!

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