超普通に面白い映画『見えない目撃者』感想文(ネタバレなし)

《推定見逃し時間:5分(トイレ)》

本年度この死体描写がすごい筆頭候補。すごいというか丁寧。丁寧というか執拗か。こんなに堂々と損傷した死体を映画館のスクリーンで観たのは久々だ。まるで『オールナイトロング』。腕は切れてるは目は抉られてるは腐って変色してるわのウゲェ感。むごい殺され方をした被害者たちを仄めかしなんか一切しない直球の死体描写で見せる。殺害&切断場面でわざわざ下品で禍々しいクロースアップを採用するくらいなのでとにかく死体に妥協がない。

オリジナルは韓国映画『ブラインド』でこれはその後中国でもリメイクされているらしいが(邦題はそちらも『見えない目撃者』)、どちらも予告編なんか観る限りでは残酷描写を売りにした映画ではないっぽいからこの死体フェチはたぶん日本リメイク版のオリジナル要素だろう。
なんか死体描写に一家言ある人が作ってるのだろうか。ラスト近くには『ゾンビ』の顔となったマチェットゾンビ(脳天にマチェットぶっ刺されて死ぬ)オマージュと思しき場面も用意され、作り手のホラー趣味を感じさせるのだった。

ぼくは観てませんがこの監督は『リトル・フォレスト』というロハスっぽい平和な映画を監督した人らしいので人間いかに平和そうに見えても心の中ではどんな残酷なことを考えているかわからない。シリアルキラーなんてだいたいそんなものだろうからある意味、これ以上ない適任なのかもしれない。

お話。弟を乗せた車で事故ってしまい弟は死亡、自身も視力を失ってしまった新米警官のなつめ(吉岡里帆)は事故の罪悪感から職を辞して半隠遁生活に入ってしまう。
それから数年、すっかり盲人生活に慣れたなつめは夜道でスケボー少年(高杉真宙)と怪しげカーの交通事故に遭遇する。怪しげカーに近づくと中からは助けを求める若い女の叫び声。拉致監禁だ! 元警官のカンで直感するなつめだったが怪しげカーはそのままどこかへ去ってしまう。

警察学校で教わった知識では拉致監禁被害者の生存確率は事件後72時間とかでグッと下がってしまうという。こういうことなんで捜査してもらえませんかと警察に掛け合うなつめだったが担当した二人の刑事(田口トモロヲと大倉孝二)は盲人の目撃者なんて信用できませんねぇ的な態度を隠そうともしない。

このままでは被害者が死んでしまう。怪しげカーの交通事故が弟の死亡事故の記憶を蘇らせてしまったのか、もう誰一人自分のせいで死んでほしくないなつめは件の事故に遭ったスケボー少年と共に独自捜査を始めるのだったが。

シリアルキラーVS盲目の女目撃者の設定から思い出したのはミラ・ジョヴォヴィッチ主演の『フェイシズ』という映画で、そっちは目が見えないわけではないが事故の後遺症で相貌失認になってしまった殺人目撃者のミラジョボが犯人のシリアルキラーに狙われる。相貌失認なので人の顔が区別できない。見たはずの殺人鬼がすぐそこに居るのに気付けない、というところでサスペンスを生んでいた。

これもそういう路線だろうと思っていた『見えない目撃者』だったが意外や盲目設定がサスペンス装置として働くのは映画の最後の方だけで、それまではわりとオーソドックスな犯人を捜せ型ものがたり。
オーソドックスといってもそこはコリアン・ノワールのリメイクなので飛び道具に頼らない地道な捜査過程を社会の闇を適度に折り込みつつ人間の再生を描きつつ軽いユーモアを交えつつ、の構成が巧い。

犯人がわかってからの見せ場の作り方はだいぶかなり相当に強引だったような気もするが、まそれも味といえば味、頑なに走らず頑なにすぐ殺さないマイペース殺人鬼とのスラッシャー様式美すら感じるまどろっこしいバトルは名作殺人鬼ゲー『クロックタワー』のようで面白くなってきてしまうのだった。

死体良し、シナリオよし、それに役者も良し。途中までは犯人がわからないシナリオなので田口トモロヲとか酒向芳とか松田美由紀とかいかにも人を殺してそうな目をしている(※個人の見解です)人ばかりのキャスティングが効いてくる。物語の背景になるのは家出少女の売春ということで大人連中がみんな殺人鬼に見えるというのは重要なポイント。ファッションヘルス店長のほっしゃん。まで笑える感じの一切ない酷い大人なので(盲導犬連れたなつめに犬ダメなんで外出してくれますかとか平然と言うんだよこいつが)徹底していて良い。

シリアルキラーは生育環境にだいたい問題ありというのがテレビとかでよくやるシリアルキラーの基礎知識。実際にそうかどうかは知らないがともかく世の中的にはそういうことになっているので、シリアルキラーの物語はやがて大人たちの償いの物語へと変わってくる。
そのへんシナリオ的には今ひとつ掘り下げが弱かったと思ったが、腹の読めない刑事の田口トモロヲがなつめたちと関わる中での心境の変化を見事に演じてカバーしていた。カバーしていたのは田口トモロヲだけじゃないがそこはネタバレ領域、見てのお楽しみというもの。

大人の側もよかったし子どもサイド代表の高杉真宙もよかったですね。大人不信が染みついてるので刑事なんかから酷い扱いを受けてもとくに怒りを覚えることすらなく、という。『ギャングース』とか『十二人の死にたい子どもたち』とか大人不信映画ばかり出ている人はさすがに強い。

売春女子高生の過度に悲惨にしたりドラマティックにしないナチュラルな描写も良い。その親たちをあえて(かどうかは知らない)画面に出さない抑制も良い。殺人鬼の空虚な眼差しもたいへん良い。殺人鬼の手にしたマチェットがチラッと画面に映り込んだりするような、死体の直接さとは対照的にあまりハッキリ見せない何気ないホラー演出も怖くて良い。吉岡里帆の盲人キャラをあえて強調しない盲人芝居(これは演出の良さでもあるが)も良いので基本的に全部良かった。スマホカメラとか点字ブロックを使った盲人アクションはさすがに無理あるだろと思うが盛り上がるからいい。

別に傑作とか名作とかそういう話ではないけれどもこれぐらい普通に面白いサスペンス映画は今の日本映画では希少種なので、映画館で観られてよかったなあとしみじみしてしまうなこれは。良いサスペンス、良い死体をありがとう、作った人。

追記:中盤に出てくる事件関係者の名前が諸般の事情からギリギリのブラックジョークになってしまっているので、映画の内容とは別の水準でサスペンスがあった。

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長い長いチェイスシーンは『チェイサー』のオマージュだったのかもしれない。

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