その記号を転倒させろ映画『ファーストラヴ』感想文

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今フィルモグラフィーを見てて気付いたが俺が勝手にそう呼んでいる堤幸彦の「現代にっぽん家族三部作」、すなわち『人魚の眠る家』、『望み』、そして本作『ファーストラヴ』ですが、どれも脚本家としてクレジットされているのが女の人。なるほど確かにという感じで振り返ってみればどの作品も原作ありきとはいえ(いささかステレオタイプだとしても)家族の崩壊に直面した妻や母親やあるいは娘の葛藤や苦悩が描かれていた。

堤幸彦は穏健保守の映画監督である。堤幸彦の映画に思想なんてあるの!? とお思いの方もいらっしゃるでしょうがとこのブログでは堤の新作が公開されるたびに書いているのでそこはもう割愛するが堤幸彦は穏健保守の映画監督なんですはい。で、そういう人がまぁ雇われ仕事かもしれないが日本の家族をテーマに三本映画を続けて撮って(「現代にっぽん家族三部作」の間に撮られた『十二人の死にたい子供たち』も実は家族テーマのミステリーである)、その全てでこれも別に堤が決めたわけでもなかろうが女性が脚本を担当した。

これは大変に意義のあることなんじゃないかと思いましたよ。ことに三部作の最終章に当たるのかそれとも次の『Truth(仮題)』とかいう映画もまた家族ものなのかは知らないがそれはともかくとしてこの『ファーストラヴ』は剛速球のフェミニズム映画。出来不出来の前に保守といえば(口だけ)暴れん坊でかつ単に愛国コスプレをしたいだけの無思慮で無分別なオッサンという嘆息全開の現代日本にあって保守から出てきたフェミニズム映画というのはこれかなり偉くないですか。

ちょうど森某の女性差別発言に対する抗議活動に浅薄保守がブーブー文句を言っているときに公開という偶然のジャストタイミングも含めてさすが堤幸彦としか言いようがないし、あとその女性脚本家の名前が浅野妙子というのですが、堤幸彦の出世作のテレビドラマ『ケイゾク』に多少なりとも影響を与えたであろう飯田譲治のサイコなテレビドラマ『沙粧妙子 最後の事件』はタイトルロールが浅野温子であったし、ある意味『沙粧妙子』も現代日本に生きる女の苦難を描いた物語であったから切っても切れない因果の糸が…あれなんか変な方向入ってるね!? さっきまでかなり政治的かつ真面目な話をしていたのに急に変な方向入ったね!?

まぁでもシリアスドラマが突然ギャグに転調しかと思ったら猟奇に転調しかと思ったら…みたいな色んなジャンルのチャンポンが典型的な堤作品なのでオマージュとして理解してくれ。本当は筆が迷っただけだけどな。

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で内容。板尾創路演じる高名な画家が娘の芳根京子に刺し殺されたっぽい事件が起きます。そしたら捕まった芳根京子、警察に動機を問われて「動機はあなたたちで探してください」とか供述します。わ~なんか猟奇殺人鬼みたいでかっこい~。興味を惹かれた臨床心理士の北川景子はこいつネタに本一冊書いたろかというわけで芳根京子に面会を申し込む。芳根京子の弁護人は偶然にも夫・窪塚洋介の弟で北川景子(の役)とはちょっとした因縁のある中村倫也ってことでなにやら不穏な空気も立ちこめるが、そんな中で北川景子は芳根京子の素顔に迫っていくのであった。果たして芳根京子の動機とは…そして北川景子と中村倫也の因縁とは…。

ぶっちゃけミステリーとしては家族三部作の中でいちばんつまらなかったのではないかと思う。家族三部作の全てに共通しているので恐らくこれはあえてやっているのだろうがお馴染みのドローンカメラが下降して舞台となる建物に近づいていく冒頭ショットはカメラが窓にぬーっと近づくとその向こうに板尾の死体、というなかなかギョッとさせるもので、このへん面白いのだが全体として見れば回想ベースのお話ということもあって基本的に低温、あまり盛り上がるところはない。

その盛り上がらなさもテーマに対する誠実さの表われなのだろうか。展開とか演出の面ではさほど面白くないがテーマ的にはやはり今見ておく映画という感があり、その点では三部作で一番刺激的だったかもしれない。まぁフェミニズムですよ。変化球なし、忖度なし、躊躇なしのフェミニズム映画。日本型の家族の中で、家という閉じた場の中で、男がどれだけ無自覚的にそこでの立場が弱い娘とか妻を精神的にぶっ叩いているかっていう話でしたね。

サスペンス的に面白いのは北川景子が芳根京子との接見を重ねる中で芳根の本音を探るというよりは彼女の境遇に自身を重ね合わせて、むしろ自身のトラウマ的過去を掘り起こしていくというところ。芳根に過度に感情移入する北川となかなか本音を覗かせない芳根の仕切り越しの邂逅は、観察する者とされる者のあやうい均衡が徐々に崩れ出すと(この可哀想な少女は本当は北川を操っているんじゃないだろうか…?)と怖くなる。突出した名演とは思わないが複雑な過去を持つ若い殺人者という難役を芳根京子は様々なペルソナを代わる代わる付け替えてよく演じていたと思う。

こうした二人の関係性を表現する演出はなかなかいぶし銀な感じである。面会室の透明な仕切りに反射した北川景子の顔が仕切りの向こうの芳根と重なるというのはその絵的な表現で、感情を爆発させた芳根がウワーっと仕切りを突き破ろうとしてできない…というのはおそらく(芳根がドキッ! 男だらけの採用面接! に失敗した直後に犯行に及んでいることから)女性の社会進出や出世を阻む制度や意識上の障壁を意味する「ガラスの天井」を意図したものであろうから、仕切りを使った比喩的な演出と見るべきだろう。

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あんまり盛り上がらないのだがそういうところはよくできているのだ。今更言うまでもないが堤幸彦はベタなものをネタにする「ハズし」の演出を好む監督で、とくに前作『望み』はモデルハウスのような家の中で記号的な役割を演じる家族とその関係性の崩壊のドラマとしてステロタイプと記号性が強く打ち出されていたが、『ファーストラヴ』でも北川景子のマネキン的な風貌を活用して、これを芳根京子の父親によってマネキン化されていた過去と一種の騙し絵を成すように重ね合わせているように見える。

この記号性というのがフェミニズム映画として重要である。北川景子と芳根京子は接見を通してお互いに記号の「らしさ」から解放されていくのだが、それは男が権力を握る環境に適応するために二人が身につけた生存戦略としての「女らしさ」で、こうして二人がらしさから解放される一方、中村倫也は男らしさをわざとらしくアピールしたり、法廷で芳根京子に威圧的に接する男性検察官は判で押したような記号としての検察官であったりするのだ。この映画の中では裁判もまた記号のゲームに過ぎないが、実際そんなもんだろうと思うので裁判シーンはいやにリアルだったというのは結構唸らされるところである。

記号とそこからのズレはジェンダーロールからの解放を主題とする物語にあって高度な批評性を持つ。これが明確に意図してなされた演出であろうことは北川景子と芳根京子の最初の接見の場面を見ればよくわかる。そこで芳根京子は「動機はあなたたちで探してください」発言の真意というか、真意は話さなくとも少し意外な答えを話すのだが、それが具体的に何を意味する言葉だったのかは映画を最後まで観れば理解できるようになっていて、かなりギリでネタバレにならないように本質的なところだけ書くとこれは要するに「私がどう思っているかあなたたちも考えてください」みたいなことなのである。妻なら妻、娘なら娘、というような記号ではなく独自の思考力を持った生きた人間なのだと男たちに弱々しく反旗を翻す犯行声明なのだ。

だから、一抹の希望を残す「記号的な」ラストもまたどこか疑わしさを帯びる。家族三部作の他の作品のトーンっていうか堤幸彦作品の全般的な傾向からすればそこはまぁ素直にささやかなハッピーエンドとして撮っているんだろうと思うが、そのキレイに収まった感じがなんか居心地悪いんだよね。俺はそこすげーよかったと思った。結局は芳根京子の話がどこまで本当だったのか誰にもわからないわけだからそこには保身のための嘘も幾分混ざっていたかもしれない。芳根京子の母親のエピソード等々置き去りのまま解決しない問題も多い。

しかしそれはそれとして時間は無情にも流れていくのだから何が真実なのか何が正しいことなのかよくわからんまま生きていくしかない。これは堤の家族三部作みんなそんな感じですね。記号的な幸せ家族がその記号性によって災難に見舞われてその災難の中で生きた関係へと家族関係の見直しを迫られる。三部作に共通するのは「家」を舞台に事件が起こるということだが、家は不動に見えるからそこに住む家族にも不動不変の幻想を与える。そこで家族は各々の役割毎に分化された硬直した記号になるのだが、家の不動というのも幻想でしかないことは三部作の一作目『人魚の住む家』で既に示されていたし、硬直した記号は時間と共に変質する以外にないのである。

このへん、堤幸彦が東日本大震災のドキュメンタリーに長く関わる中で得た知見というか悟りなのだろうか。そうと思えば未解決のエピソードもしこりを残すラストも「普通の映画ならこうする」というような日本映画の記号に対する反抗だったのかもしれない。彩度の浅い色彩設計と無機的な都市風景が醸し出す冷めたムード、ふと見上げた空の豊かさと自然の荘厳、突然の転調と静かにフェードアウトしていく結末、あと板尾創路の存在感。よくできた映画だったな、これは。

【ママー!これ買ってー!】


トリック劇場版

この頃に堤がやってた記号遊びがまさか時を経てジェンダーロール転覆の武器に転ずるなんて…時代も変わったし堤も変わったよ! でももっかい『トリック』みたいなバカなやつも観たいよね。『トリック』路線の堤バカドラマ『RANMARU』は大爆死したみたいですが…。

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